「大人の学び」3つのステップ・AI時代を生き抜くために
古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、「無知の知」を説きました。自分が何を知らないかを自覚することから、真の探求は始まるというのです。変化の激しい現代、特にAIが社会のあり方を根本から変えようとしている今、私たち大人にこそ、この「学び続ける姿勢」が問われています。
今回は、大人の学びを3つのステップに分け、AI時代を生き抜くために、私たちが今どこにいて、どこを目指すべきなのかを考えてみたいと思います。
ステップ1:素人 - まずは型を身につける「守」の段階
ここで言う「守」とは、日本の芸道や武道における師弟関係のあり方を示した「守破離(しゅはり)」という言葉に由来します。その原典は、室町時代の能楽師である世阿弥が著した伝書『花鏡』にあるとされています。
「守破離」とは、修行における3つの段階を示したものです。
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守(しゅ): 師匠の教え、型、技を忠実に守り、正しく身につける段階。
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破(は): 師から教わった型を基礎としながらも、自分に合ったより良い技へと発展させていく段階。
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離(り): 型から離れ、独自の新しいものを生み出し、新たな境地を切り開く段階。
社会に出て誰もが最初に立つのが「素人」、すなわちこの「守」の段階です。企業の収益の大部分は日々のルーチンワークによって支えられていますが、これはまさにビジネスにおける「型」と言えるでしょう。まずは、この基本的な型を徹底的に身につけることが何よりも大切です。
この「守」の段階をおろそかにして、いきなり我流で進めようとしても、それは単なる「形無し」に過ぎません。しっかりとした土台がなければ、その後の「破」や「離」といった応用や創造のステージに進むことはできないのです。
「このままではまずい」という危機感が、私たちを学びへと突き動かします。必死に知識やスキルを吸収し、2〜3年かけて「型」を完全に自分のものにする。そうして初めて、私たちは「一人前」という称号を手にし、次のステップへと進むためのスタートラインに立つことができるのです。
ステップ2:ベテラン - 成長と停滞の分岐点
次の段階が、新しい仕事にも対処できる「ベテラン」です。
ルーチンワークを覚えるまでは、一つひとつの手順を「これで合っているだろうか?」と常に「意識」する必要があります。しかし、その段階を超えると、多くの業務を「無意識」にこなせるようになります。そうなって初めて、新しい課題に取り組むための精神的な余裕が生まれるのです。
基本的な業務を確実にこなし、その応用も利かせられる。経験を積むことで、対応できる仕事の幅も広がり、まさに「ベテラン」の本領が発揮されます。
しかし、残念なことに、多くの人がこの段階で満足し、「学び止め」をしてしまうという大きな落とし穴があります。
一人前と認められ、応用も利くため、給与分の働きはできています。しかし、世の中の変化に関心を持たず、過去の成功体験だけに頼るようになってしまうのです。特に、AIの進化は凄まじく、かつて「ベテランの勘」が頼りだった業務も、データ解析によってAIが得意とする領域に変わりつつあります。旧来のやり方に固執することは、自らの価値を少しずつ蝕んでいく行為に他なりません。
そうなると、変化を求められる場面では抵抗勢力となり、年を重ねるごとに「役に立たないおじさん」や「働かないおじさん」と見なされてしまう危険性があります。これは、彼らがこれまで会社に貢献してきたことを否定するものではありません。しかし、自分の存在意義が揺らぐことを恐れるあまり、変化することに抵抗して、新しい学びを拒絶してしまうのです。
このような方々には、職場と家庭という2つの世界しか持っていないという共通点が見られることがあります。まさに「井の中の蛙、大海を知らず」。外の世界の価値観や知恵に触れる機会がなければ、自分を客観的に見ることはできず、学びの必要性を感じることもありません。人生100年時代、定年後に「社会的引きこもり」になってしまう悲劇も、決して他人事ではないのです。
ステップ3:プロ - 変化を創造する「破」と「離」の段階
「ベテラン」の先にあるのが、真の「プロフェッショナル」の段階です。
プロフェッショナルとは、現状に満足することなく、常に自身の成長領域を見つけ出し、主体的に学び続ける姿勢を持つ人たちです。彼らは世の中の変化を敏感に察知し、現状を批判的に捉えることができます。
ただし、それは単なる評論家や文句を言うだけの姿勢とは一線を画します。学び続けていない人の批判は浅くなりがちですが、プロは自らが見出した課題に対し、責任を持って解決しようと行動します。だからこそ、その言葉には人を動かす力が宿るのです。
また、プロフェッショナルの多くは、社内だけでなく、社外にも豊かな人的ネットワークを持っています。多様な人々との交流が広い視野をもたらし、自分を冷静に評価する物差しを与えてくれます。それが、尽きることのない学びへのモチベーションとなるのです。
AI時代において、このようなプロの価値はますます高まっています。AIを恐れるのではなく、むしろ強力なツールとして使いこなし、AIにはできない課題設定や、新しい価値の創造を担っていく。過去の実績や特定のスキルといった「過去」ではなく、変化に対応し続けることで生まれる「未来への可能性」こそが、これからの時代に評価されるのです。
AI時代を「プロ」として生き抜くために
フランスの小説家ポール・ブールジェは、小説『正午の悪魔』の中で、次のような言葉を残しています。
「自分の考えたとおりに生きなければならない。そうでないと、自分が生きたとおりに考えてしまう」
日々の雑事に流され、学びを止めてしまった結果の自分を、「これが私の人生だ」と受け入れるだけで、本当に良いのでしょうか。
いま、ご自身のいる段階はどこでしょうか。「ベテラン」であることに満足し、学びを止めてはいないでしょうか。
不確実性の高まりと変化の加速、私たちは今そんな時代に生きています。学び続けることの大切さは、今も昔も変わりませんが、その重要性はこれまで以上に高まっていると言えるでしょう。AIはそんな人間の学びを加速してくれる強力な手段となります。なぜなら、AIは膨大な知識の海から必要な情報を瞬時に引き出し、一人ひとりの理解度に合わせた最適な学習パスを示してくれます。これまで専門家でなければアクセスできなかった知見を誰もが手に入れ、アイデアを形にするまでの試行錯誤を高速で繰り返すことを可能にしてくれるのです。AIは、私たちの知的好奇心というエンジンを、かつてないほど強力に駆動させてくれる存在なのです。
古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスが「万物は流転する」と看破したように、この世に変わらないものはありません。これからの時代、「学び、考える」能力は、AIが人間の能力を凌駕していくかもしれません。しかし、私たち人間には、AIにはない「身体」があります。その身体を駆使して「行動する」ことこそが、決定的な差別化要因となるでしょう。例えば、社外の勉強会に足を運んで新たな人脈を築く、学んだ知識を活かして副業や個人のプロジェクトを始めてみる、といった具体的な一歩です。行動することで私たちは世界に直接触れ、そこから感じ、気づきを得ます。複雑な人とのつながり、大局観、そして論理を超えた直感は、生身の行動を通してこそ磨かれるのです。学び、考え、そして何より行動する意志。それこそが100年時代を豊かに生き抜く力となり、「自分の考えたとおりの生き方」を自ら創り上げていくことに繋がるのではないでしょうか。
【募集開始】次期・ITソリューション塾・第50期
次期・ITソリューション塾・第50期(2025年10月8日[水]開講)の募集を始めました。
2008年に開講したITソリューション塾は、18年目を迎えました。その間、4000名を超える皆さんがこの塾で学び、学んだことを活かして、いまや第一線で活躍されています。
次期は、50期の節目でもあり、内容を大幅に見直し、皆さんのビジネスやキャリアを見通すための確かな材料を提供したいと思っています。
次のような皆さんには、お役に立つはずです。
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詳しくはこちらをご覧下さい。
※神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO(やまと)会員の皆さんは、参加費が無料となります。申し込みに際しましては、その旨、通信欄にご記入ください。
期間:2025年10月8日(水)~最終回12月17日(水) 全10回+特別補講
時間:毎週 水曜日18:30~20:30の2時間
方法:オンライン(Zoom)
費用:90,000円(税込み 99,000円)
内容:
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- ITの前提となるクラウド・ネイティブ
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- 既存の常識の書き換え前提を再定義するAI
- コンピューティングの常識を転換する量子コンピュータ
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
- 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
- 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 【特別講師】特別補講 (選人中)
*「すぐに参加を確定できないが、参加の意向はある」という方は、まずはメールでご一報ください。事前に参加枠を確保します。決定致しましたらお知らせください。
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AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
【図解】これ1枚でわかる最新ITトレンド・改訂第5版
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神社の杜のワーキング・プレイス 8MATO
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。