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AIの発展がもたらす「予測」の民主化と「正解」のコモディティ化

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誰でも「正解」を出せる時代に、あなたは何を売るのか

AIの進化がもたらす最大の経済的インパクトは、「予測(Prediction)」のコストが劇的に下がることです。

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これまで、未来を予測し、最適な判断を下すには、膨大な知識と経験が必要でした。医師が病気を診断し、アナリストが株価を予測し、経営者が市場の動向を読む。これらはすべて、限られた情報から正解を導き出す「予測」の作業であり、高度な専門職の専売特許でした。

しかし、AIはこの「予測」を民主化します。

膨大なデータを学習したAIは、人間よりも早く、安く、正確に「確率的に正しい答え(最適解)」を提示します。これはつまり、「正解を出すこと」自体の市場価値が、限りなくゼロに近づいていく(コモディティ化する)ことを意味します。

かつては「物知り(知識量)」であることや、「計算が速い(処理能力)」ことが賢さの指標であり、出世の条件でした。しかし、AI前提社会において、「正解を知っている」だけでは、もはや何の差別化にもなりません。スマートフォンの検索ボタンを押せば、誰でもアインシュタイン並みの知識と、スーパーコンピュータ並みの計算力にアクセスできるからです。

では、誰もが「正解」を安価に手に入れられる時代に、人間は何を売ればいいのでしょうか。

その答えは、AIには決して生成できない「納得」や「物語」、そして「責任」にあります。

AIは過去の膨大なデータから「最適解」を導き出すことはできますが、その数字やロジックに「意味」を与え、人々の心を動かすことはできません。

具体的には、以下の3つの領域において、人間はAIに対して圧倒的な優位性を持ち続けます。そして、その優位性の根源にあるのは、逆説的ですが、AIにはない「身体性(Embodiment)」です。

  1. 文脈(コンテキスト)を読む力と、身体に根ざした「社会性」:
    AIは言葉を確率的に処理することはできますが、人間のように「空気を読む」ことは苦手です。なぜなら、人間の社会性とは、単なる情報のやり取りではなく、身体性に基づいた「共同志向性(Shared Intentionality)」だからです。
    発達心理学者のマイケル・トマセロは、著書『ヒトはなぜ協力するのか』において、人間には他者と注意や意図を共有し、協力し合う独自の能力があると指摘しています。これは「あなたも私と同じように感じ、考えている」という身体的な共感が前提にあります。身体を持たないAIは、この前提を共有できないため、真の意味での社会的な文脈を理解することはできません。
  2. 共感とホスピタリティ:
    哲学者のメルロ=ポンティが『知覚の現象学』で論じたように、私たちの意識や他者認識は、世界に物理的に存在する「身体」を通して行われます。私たちが他者の痛みに共感できるのは、自分自身も傷つきうる身体を持っているからです。
    このことは脳科学の分野でも、「ミラーニューロン」の発見によって裏付けられています。私たちが他者が泣いているのを見て悲しくなったり、怪我をしているのを見て痛そうだと感じたりするのは、脳内の神経細胞がまるで自分自身のことのように反応(発火)し、相手の状態をシミュレーションしているからです。これが「共感」の正体です。
    身体を持たないAIには、この生物学的な共鳴現象は起きません。AIが示す「共感のような言葉」は高度な計算結果に過ぎず、人間同士のような「感覚の共有」ではないのです。医療、介護、教育などの現場で、人が人に寄り添うことに価値があるのは、同じ「死すべき運命(mortal)」と「身体の脆さ」を共有している者同士の、魂の触れ合いがあるからです。
  3. 「0から1」を生み出す意思(内発的動機):
    AIは「1を100にする(効率化・最適化)」のは得意ですが、「何もないところから問いを立てる(0から1)」のは苦手です。「こんな世界を作りたい」「これを表現したい」という内発的な動機や情熱は、生きている身体から湧き上がる欲求や欠落感、あるいは好奇心から生まれるものだからです。
    ノーベル化学賞受賞者の野依良治氏は、科学技術振興機構(JST)のコラムにおいて、次のように述べています。
    「人間にしかできないこともある。個人の好奇心、想像力、経験に基づく直観、研究者同士の共感や信頼関係などを紡いで、多様な人間らしい創造が生まれる」
    (出典:JST CRDS「野依良治の視点」第63回)*3

正解(最適解)はAIが出せますが、その正解を人々が受け入れ、行動に移すための「腹落ち(納得解)」を作るのは、依然として人間の仕事なのです。

AIが生み出す「新しい地図」を読み解く:会計士から配管工へ

「知識のコストがゼロになる」という変化は、これまでの職業のヒエラルキーをひっくり返すような、地殻変動を引き起こしています。

これまで私たちは、「ホワイトカラー(頭脳労働)こそが高付加価値であり、ブルーカラー(肉体労働)は単純作業だ」という固定観念を持っていました。しかし、AI前提の社会では、この常識が崩れ去りつつあります。

その兆候は、すでに世界で現れ始めています。

2024年の日本経済新聞(12月3日付)は、米国における衝撃的なキャリアチェンジのトレンドを報じています。それは、「会計士から配管工への転身」です。

記事によれば、カリフォルニア大学バークレー校という名門大学を出て会計士として働いていた男性が、職業訓練校で学び直し、配管工に転身したといいます。その結果、収入は会計士時代の3倍に増え、仕事の満足度も向上しました。

彼が語った言葉は、AI時代の新しい地図を象徴しています。

「会計業務はAIでもできるけど、配管工は人間にしかできない。会計士時代に培った交渉力も生きる」

なぜ、このような逆転現象が起きるのでしょうか。

それは、AIが得意とする領域と、苦手とする領域が、私たちの直感とは異なるからです。

AIは、計算、分析、パターン認識といった「デジタル空間で完結する論理的作業」においては人間を凌駕します。そのため、会計士やプログラマーといったホワイトカラーの仕事の一部は、急速にAIに代替され、その価値を低減させています。

一方で、配管の修理や空調整備といった仕事は、毎回異なる現場の状況を目で見て判断し、複雑な身体操作を行い、物理的な世界に働きかける必要があります。これは「モラベックのパラドックス」として知られる現象です。すなわち、高度な論理的思考よりも、人間が1歳児レベルで習得するような「知覚」や「運動」の方が、AIやロボットにとっては遥かに計算コストが高く、再現が難しいという逆説です。

ハイブリッドな価値:現場の「身体性」× オフィスの「知性」

しかし、ここで重要なのは、単に「肉体労働に戻ればいい」という単純な話ではないということです。

先ほどの元会計士の配管工が成功している理由は、単にパイプを繋ぐ技術があるからだけではありません。「会計士時代に培った交渉力」という、高度なコミュニケーションスキル(人間的知性)を、現場の仕事(身体的スキル)と掛け合わせているからです。

AI前提社会の新しい地図は、以下のような構造になります。

  1. AIの支配領域: デジタル空間で完結する、定型的かつ論理的な業務。ここでは「正解」がコモディティ化し、人間の価値は暴落する。
  2. 人間の聖域(身体性): 物理空間での複雑な作業や、五感を使った判断が必要な業務(高度な配管工、看護、料理人など)。AIによる代替が難しく、価値が見直される。
  3. 人間の聖域(意味づけ): 人の感情を動かし、納得を生み出し、責任を取る業務(交渉、マネジメント、リーダーシップ)。

これからの時代に求められるのは、この「身体性」や「意味づけ」といった人間ならではの強みを、AIの能力と組み合わせることです。

知識や計算はAIに任せ(コストゼロ)、人間は現場での「経験」や「勘」、そして相手の心に響く「交渉」といった、泥臭くも人間的なスキルに全力を注ぐ。

そうすることで、ホワイトカラーの知性とブルーカラーのたくましさを兼ね備えた、新しい時代のプロフェッショナルが生まれます。

「AIで雇用創出は望み薄」という悲観的な見方もありますが、それは「古い地図(ホワイトカラー至上主義)」にしがみついているからに過ぎません。

新しい地図の上では、オフィスを飛び出し、現実世界の手触りを感じながら、AIをパートナーとして問題を解決する。そんな「思考する現場人」こそが、最も高く評価される時代が来るのです。

AIは究極の「一般」を目指し、人間は究極の「特別」を目指す:共進化への道

第I部を締めくくるにあたり、これからの時代における人間とAIの関係性を一言で表すならば、それは「AIは究極の"一般"を目指し、人間は究極の"特別"を目指す」という分業と融合です。

AIの進化の方向性は、「一般化(Generalization)」にあります。インターネットや書籍などの膨大なデータを学習し、そこから共通の法則や汎用的なパターンを見つけ出すこと。それによって、いつでもどこでも、誰に対しても、平均的に高い品質の答え(QCD:Quality, Cost, Delivery)を提供することです。

AIは膨大なデータから規則や特徴を抽出し、「究極の一般」を導き出すことで、パターン化や一般化が可能な知的作業の生産性を飛躍的に高めます。これにより、AIは知的作業の「量的限界」を解消してくれます。

しかし、AIだけでは、誰もが同じ「正解」にたどり着いてしまうため、差別化は困難になります。ここで決定的に重要になるのが、人間の役割です。

人間が目指すべきは、AIとは真逆の「特別(Special)」です。

観察、対話、共感を通じ、目の前にいるその企業、あるいはその独特な状況における「独自性」や「希少性」を見出すこと。身体を持たず、感情を持たないAIには、この「一回性(二度と同じ状況はないという感覚)」を感じ取ることは困難です。

この両者が、それぞれに異なる役割を果たすとき、イノベーションが生まれます。

  • AIの役割: 既存の知とパターンを集約し、「既存を超越したコストパフォーマンス」を実現する(量的限界の解消と一般化)。
  • 人間の役割: 現実世界の手触りや感情に寄り添い、独自性や希少性を見出すことで、まだ言語化されていない「創造的価値」を創出する(独創性の発揮と特別化)。

この二つを対立させるのではなく、両立させること。

AIに「一般」を任せて効率化し、浮いたリソースで人間が徹底的に「特別」を追求する。あるいは、AIが出した「一般解」に、人間が独自の「特別」な文脈を加えてカスタマイズする。

そうすることで、私たちは自らの知性を拡張し、それぞれ単独では実現し得ない知性の発展へとつなげることができるのです。

これこそが、AIと人間の「共進化(Co-evolution)」です。

AIを使うか、使われるかという小さな議論を超えて、互いの強みを最大限に活かし合う「拡張知性」として共に進化していく。その先にこそ、AI前提社会の真の豊かさが待っています。

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