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人材育成の現場で見聞きしたあれやこれやを徒然なるままに。

「プライベートも仕事の勉強をすべきですか?」という問い。(私の場合)

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オルタナティブブログで同一テーマで一部盛り上がっているようなので、少し懐かしさも手伝って、私も参加してみる。

元は、斎藤さんの投稿のようであるが、それに白川さんもご自分のお考えを述べていらっしゃるととらえている。(順番合ってる?)

さて、似たような話を20年ほど前、研修会場で耳にしたことがある。
ざっとこんな会話だった。(20年前なので、脳内でいろいろ脚色している可能性はあるが)

30代のITエンジニアが4人くらいで会話していた。4人とも男性で、同期同士のようだた。休憩時間でのことだったと思う。
(研修は、「OJTトレーナー研修」だったはずで、その年入社の新入社員を指導するOJTトレーナーに任命されたばかりの2-30代が集まっていた)

A:「え?お前、土日にも勉強してんの?」

B:「うん、土日両方じゃなくて、どちらかを勉強のために充てているんだ」

C:「え?マジ?なんで、"会社のために"勉強なんかしてんの?」

B:「平日だけだと最新知識とか技術とか追いつかなくて」

D:「えええー、それでプライベート犠牲にして"会社のために"勉強してんの?社畜じゃん」

B:「いやぁ、自分でやりたくてやってるから。それに面白いし」


休憩時間での雑談だったし、研修のテーマと直接関係ある話題でもなかったし、この会話に介入することはなかったのだが、強く私の記憶に残り、その後、このエピソードをたびたびコラムとか本とかVoicyとかで紹介してきた。

当時、私は、40代で、10歳ほど年若い30代前半の彼らが、「勤務時間以外に"会社"のための勉強をするのは、"社畜"だ」と言っていたことに、「おいおい、大丈夫か?」という気持ちになった。(ちょうど"社畜"という言葉がはやっていたころだったはず)

いくつか感じたことがある。

●勉強、学びというのは、必ずしも"会社のため"のものではない。結果的には会社のため、現在の勤務先の業務に役立つものになるかもしれないが、それとは別に自分自身の能力全体の向上につながるもので、それは、キャリアサバイバル力を上げるのにも役立つはずだ

●勉強を"会社のため"ととらえること自体が実は、"社畜"の発想なんじゃないか。(あえて、"社畜"という言葉を使うのであれば)


20年ほど前といえば、まだ、キャリア自律とか「大人の学びはとても大事」という雰囲気は社会に広がっていなかったと思うが、私は30代前半で「大きな会社から部門売却が発表され、会社に残るか新会社に移籍するか迫られる」という経験をしており、「ああ、自分の人生、自分のキャリアを守るのは自分だけだ」と強く実感していたし、移籍の際の何かの面接で「自分の売りは何か」を問われた記憶もある。

なので、「勉強は会社のため」なんかではなく、結果的に「会社にも役立つ」かもしれないが、自分の身を守る最大の資産だという感覚が非常に強かった。

彼らは、まもなく55歳くらいになるのではないかと思う。役職がついていれば、役職定年といった年ごろだろう。

Bさんは、きっとずーっと学び続けて、自分なりの何かをたくさん蓄積しているんじゃないか。そのほかの方たちは、65歳まで働く10年間、戦う自らの武器、資産を育てておくことはできただろうか。ひとごとながら、時々、そんなことを思う。

以前、ITメディアにこんな記事を寄せていたのを検索で発見した(ググるって便利)。

"尊敬され続ける上司"であるために必要なこと

部下から見て、「この上司は成長しているなぁー」と認知すると、その上司からのコーチングなど内省支援が部下に有効に働いて、部下も成長する、といった研究を紹介している。

Bさんは、きっと、部下から「50代になっても学び続けていてすげーな」と思われ、「私も学ばなきゃ」と部下にも刺激を与える存在になっているんじゃないだろうか。

学ぶって、別に会社のためなんかじゃなくて、自分の人生を、自分のキャリアをよりよくするために役立つ資源を育てることなんだと、そんな風に私は思っている。

そして、学び続けることは、より自由になれることだと以前ある人が教えてくれた。そのこともここに掲載しておきたい。

詳しくは、Voicyで話したので、併せてお聴きください。(ついでにチャンネルフォローもありがたいです!これも59歳で音声配信を学び、立ち上げた取り組みなのです)

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