デジタル・トランスフォーメーション 1/5・いまなぜ注目されるのか
「デジタル・トランスフォーメーション(Digital TransformationまたはDX)」については、様々な定義や解釈があります。あらためてそれらを見直し、DXの本質と、その実現に向けた具体的な施策について整理します。
デジタル・トランスフォーメーションが注目される背景にある「不確実性の増大」
「デジタル・トランスフォーメーション」が注目されるようになった、背景について、まずは整理しておきましょう。
米コロンビア大学ビジネス・スクール教授、リタ・マグレイスは、自著「The End of Competitive Advantage(邦訳:競争優位の終焉)」中で、ビジネスにおける2つの基本的な想定が、大きく変わってしまったと論じています。
ひとつは「業界という枠組みが存在する」ということです。かつて業界は変化の少ない競争要因に支配されており、その動向を見極め、適切な戦略を構築できれば、長期安定的なビジネス・モデルを描けるという考え方が常識でした。業界が囲い込む市場はある程度予測可能であり、それに基づき5年計画を立案すれば、修正はあるにしても、計画を遂行できると考えられてきたのです。
もうひとつは、「一旦確立された競争優位は継続する」というものです。ある業界で確固たる地位を築けば、業績は維持されます。その競争優位性を中心に据えて従業員を育て、組織に配置すれば良かったのです。ひとつの優位性が持続する世界では当然ながらその枠組みの中で仕事の効率を上げ、コストを削る一方で、既存の優位性を維持できる人材が昇進します。このような観点から人材を振り向ける事業構造は好業績をもたらしました。この優位性を中心に置いて、組織や業務プロセスを常に最適化すれば事業の成長と持続は保証されていたのです。
この2つの基本想定がもはや成り立たなくなってしまったというのです。事実、業界を越えた異業種の企業が、業界の既存の競争原理を破壊しています。例えば、Uberはタクシーやレンタカー業界を破壊し、airbnbはホテルや旅館業界を破壊しつつあります。NetflixやSpotifyはレンタル・ビデオ業界やエンターテイメント産業を破壊しつつあります。それもあっという間のことです。
「市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける」
そうしなければ、企業のもつ競争優位性が、あっという間に消えてしまうこのような市場の特性を「ハイパーコンペティション」として紹介しています。いまビジネスは、このような状況に置かれているのです。
業界に突如として現れる破壊者たち、予測不可能な市場環境、めまぐるしく変わる顧客ニーズの変化など、ビジネス環境は、これまでになく不確実性が高まっています。このような環境にあっても事業を継続させなくては、企業の存続はあり得ません。
しかし、不確実性の高い世の中で「長期計画的にPDCAサイクルを回す」といった従来のやり方では、成長はおろか、生き残ることさえできなくなりました。ビジネス・チャンスは長居することはなく、激しく変化する時代にあってチャンスを掴むにはタイミングを逃さないスピードが必要です。顧客ニーズもどんどん変わり、状況に応じ変化する顧客やニーズへの対応スピードが企業の価値を左右します。競合もまた入れ代わり立ち代わりやって来ます。決断と行動が遅れると致命的な結果を招きかねません。
そこで、その時々の最善を直ちに見極め迅速に意志決定を下し、行動を変化させなくてはなりません。つまり「圧倒的なビジネス・スピード」を手に入れるしかないのです。そのためには、ビジネス・プロセスをデジタル化して現場をリアルタイムに「見える化」し、データに基づいて的確、迅速に「判断」し、直ちに「行動」できる仕組みを持つことです。そうすれば、「顧客満足を維持し、競合他社を凌駕し続ける」ことができます。
また、セルフ・マネージメントできるプロフェッショナル同士の高い信頼関係を前提とした自律した小規模なチームの複合体によって組織を運営してゆくことも大切なるでしょう。そのようなチームは「対人関係においてリスクのある行動をしてもこのチームでは安全であるという、チームに共有された信念」すなわち「心理的安全性」が担保された組織でなくてはなりません。そういう組織であればこそ、大幅な権限委譲が可能となり、「見える化−判断−行動」のサイクルを高速に動かし、俊敏に変化し続けることができます。
デジタル・トランスフォーメーションとは、デジタル技術を使って既存を改善することや、デジタル技術を使って新しい事業を立ち上げることではありません。本質的に、あるいは根本的に、「圧倒的なビジネス・スピード」を駆使できる企業の文化や風土へと変革することを意味する言葉なのです。
そんなデジタル・トランスフォーメーションについて、さらに、詳しく見てゆくことにしましょう。
*** 明日に続く