「工数削減」から「工数喪失」へ!システムインテグレーション崩壊の本質
昨日、IBM主催のSI事業者向けBlumixセミナー(正式には「IBMクラウド・イノベーション・セミナー」)で講演の機会を頂いた。SIビジネスの現状と未来、それにどう向き合うべきか、そして、PaaSのような開発の常識を変えるしくみとどうむきあうべきかがテーマだ。そこでお伝えしたこと、さらには限られた時間の中で、お伝えしきれなかったことを改めて整理する。
「システムインテグレーション崩壊」。昨年上梓した拙著でも述べているが、今後ともアプリケーション開発の需要がなくなることはない。むしろ、ITは、私たちの日常やビジネスに深く関わり、その必要性と価値は益々高めるだろう。当然、アプリケーションを含むITの需要も拡大する。しかし、そこに関わるビジネスの作法、つまりは、工数を提供し対価を得る収益モデルが難しくなる。これが、「システムインテグレーション崩壊」の本質だ。
ITの歴史を振り返れば、常に開発生産性向上を追求してきた。メインフレーム全盛の1980年代、「2000年を越える頃には、プログラマーの数は、世界人口を突破する」という調査レポートも出されていたが、ミドルウェアの登場やパッケージのカスタマイズ、標準化や開発手法などの進化もあり、世界人口の突破は免れた。しかし、開発需要はその後も拡大を続け、生産性の向上を凌ぐ勢いで、工数需要の拡大基調が続いてきた。一時的な景気の変動に影響はされたものの、この傾向はこれまでも続いている。
しかし、ここに来てこの流れが大きく変わり始めている。それは、クラウドや人工知能の登場だ。かつての「工数削減」だけではなく、工数そのもの、つまり人手の介在をなくしてしまおうという動きだ。「工数喪失」ということになる。つまり、これまで人手を尽くして行ってきたインフラの構築や運用、アプリケーションの開発をクラウドや人工知能が置き換えようという動きだ。ITの需要は今後とも拡大するが、それ以上の速さで「工数喪失」がすすむだろう。そうなれば、工数需要は減少する。
また、ユーザー企業のITに求める期待も変わり始めている。かつては、生産性の向上、期間短縮、コスト削減といった「合理化」の手段として期待されていた。しかし、多くの企業でその目的は達しつつある。いま新たにITに期待されているのは、競争力の強化や差別化の手段として、ITを活用してゆこうというものだ。ITを前提としたビジネス・モデル、これまでの常識を非常識に変えてしまうサービスの創出、そんな期待へと重心を移しはじめている。
IoTやビッグデータ、モバイルやウエアラブル、人工知能やロボットは、決して合理化だけのための手段ではない。まさに、ビジネスのあり方を根本的に変えようとしている。
このようなITとのあたらしいかかわりは、何を持って成功かを予め決められない。つまり、かつての合理化のように目標設定やKPIの設定ができないことを意味している。そうなれば、手段は手探りになり、試行錯誤を繰り返す必要がある。ビジネス環境の不確実性、ビジネス・スピードの加速と共に、成功の基準は、すぐに変わってしまう。このような状況で、これまで同様の要件定義からはじめて、見積もりを取り、作業を外注するなどという時間的な余裕などない。まずは限られた情報から実際に動くデジタル・モックアップを作り、経営者や事業部門の現場に見せて「ダメだし」をいち早くもらう。そして、それを直ちに作り直してまた「ダメだし」をしてもらう。そういう繰り返しを重ねて、完成度を継続的に高めてゆく必要がある。また、そうやって作り上げたものは、直ちに本番環境に移して、サービスを改善する。
このような開発と運用が、同時に進行するシステムに対応するためには、アジャイル開発やDevOps、その基盤としてクラウドは、もはや前提と考えなくてはならない。
また、生産年齢人口の減少も工数を前提とするビジネスの成長を成り立たなくさせる。我が国は、2015年から2020年にかけて、生産年齢(15歳〜64歳)が341万人減少する。この間の総人口の減少350万人を上回る勢いだ。加えて、かつて駅前の一等地に必ずあった「電算機専門学校」や「情報処理専門学校」が、介護や医療の専門学校に名称を変えている。少子高齢化とともに、IT業界への若者人材の供給が、先細る傾向にある。人の数が売上や利益を左右する収益モデルを続ける限り、このような状況は、将来の成長を難しくする。
工数需要の減少、ITに求められる価値の変化、生産年齢人口の減少は、「システムインテグレーション崩壊」を明確に示唆している。このようなビジネス環境の「常識の変化」すなわち「パラダイム・シフト」にどう対処するかを考えるならば、次の3つの要件を満たさなくてはならない。
- 「工数提供の対価」から「ビジネス価値(スピード・変革・差別化)提供の対価」へ、ビジネスにおける顧客提供価値を変える
- 開発や運用に関わる従来の既成概念を捨て、アジャイルやDevOpsを志向したビジネス・モデルの創出をめざす
- 「何でもできます」、「何でもやります」のコモディティへの対応ではなく、専門性を明確にし、その分野での一番をめざす
これらひとつひとつについては、以下のブログにまとめているので、興味があればご参照頂きたい。
PaaSの位置づけは、特に上記2番目を実現する上で有効な手段となるだろう。これは、ひとつひとつの案件規模は縮小するが、回転数を上げることができる。専門領域への集中と繰り返しによるノウハウの蓄積、サブスクリプションや成果報酬といった新たな収益のあげ方と組み合わせることで、利益率の向上につながるだろう。また、スピードを「売り」にすることで「ビジネス価値の遡及」を進め、経営者や事業部門にとっての魅力を向上できる。このようにすることで、ITを「コスト」から「投資」へと意識付け、ITビジネスに求める価値を変えてゆくことができる。
「パブリックIaaSは、オンプレミスでサーバーを持つより安い」。この考え方が絶対の真実とは言えないが、そんな意識がユーザー企業にも浸透しはじめ、オンプレミスからパブリックIaaSへの基幹業務システムのシフトが増え始めている。しかし、PaaSにはこのようなわかりやすい言葉が見つからない。それは、単なる開発スピードや生産性の改善ではないからだ。ビジネスのスピードとIT対応のスピードの同期化であったり、競争力や差別化の手段としてであったり、これまでのITに求められる価値の転換を前提とする。これをユーザー企業もSI事業者も受け入れなければ、PaaSの需要拡大は難しいだろう。
ただ、時代は明らかにこの方向に向かっている。世の中が変わってしまってから対処していては、ビジネス・チャンスを逸することになるかもしれない。既に起こっている未来に、いち早く対応する。そのための手段として、BluemixのようなPaaSにいち早くチャレンジし、ノウハウを蓄積しておくことは、ポストSIビジネスのためにも必要なことではないだろうか。
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- WebスケールITについて解説。
- クラウドサービス事業者のポジショニング。
- クラウドサービス事業者の強みと機会。
- コンバージド・システムとハイパー・コンバージド・システムの比較。
- IoTとビッグデータ」とCyber-Physical systemsとの関係。
ビジネス戦略編(51ページ)では、SI事業者の課題とそれに対処する戦略を新たな考察を踏まえ刷新いたしました。
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>> ITビジネス・プレゼンテーション・ライブラリー/LiBRA
こんな方に読んでいただきたい!
- IT部門ではないけれど、ITの最新トレンドを自分の業務や事業戦略・施策に活かしたい。
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目次
- 第0章 最新ITトレンドの全体像を把握する
- 第1章 クラウドコンピューティング
- 第2章 モバイルとウェアラブル
- 第3章 ITインフラ
- 第4章 IoTとビッグデータ
- 第5章 スマートマシン