オルタナティブ・ブログ > こんなところにも、グローバリゼーション2.0 >

日本や日本人って何だろう。改めて「海外」を考えるヒントを身近な話題から

歴代のサッカー日本代表監督に見られたリーダーシップを、SNS的ネットワーク論で分類してみる

»

お題「リーダーシップ」につられて、誰かが書きそうだけどまだ書かれていない「サッカー日本代表監督」についての話を書きます。

と言っても、ありきたりの話では申し訳ないので、前回につづいて「日本人文化論、SNS的コミュニティ論」に関連した「BrokerとClosure」という考え方に則って、説明をしてみたい。

前回の話を読み返すのが面倒な方のために、単純な説明をすると

  • Broker: イノベーションが得意。外の世界をよく知っているオープンネットワークのハブ型人種。外国人監督、海外移籍組の選手
  • Closure : 内部のとりまとめが上手く実行力に長ける。画一的文化に立脚したクローズドネットワークの人種。日本人監督、国内組

という理解をしてもらえると良いでしょう。

まず、今回の岡田監督のリーダーシップ・スタイルであるが、彼自身が日本人であることも踏まえ、これは間違いなくClosure型であるといえるだろう

「個の力では劣っていても、組織的守備では勝った」「1+1を3にできるチーム」などと言うコメントが、その証左に見える。やはり、日本人の文化的特徴はClosure型=組織力であるようだ。

一方、攻撃面では、Creativity・Innovationが求められるのが、サッカーというスポーツの本質であるような気がする。サッカー用語では「ファンタジスタ」と呼ばれる、時に常識・セオリーを超えた奇想天外な発想のプレーを行うプレイヤーの出現が期待される。

今回の日本代表チームで言えば、「本田や松井」のプレーは、そのようなcreativityを感じさせてくれた。日本チームの攻撃を担った彼らは、やはり、「海外組」なのである。

「攻撃は海外・異文化組によるイノベーション、守備は日本文化に根ざした組織的実行」というのが、どうやら当面の定番になりそうだ。

思えば、4年前に外人監督としてイビチャ・オシム氏が招聘されたのは、招聘した日本サッカー協会の視点からすると、海外の水準を知っておりBroker型のマネジメントによるinnovationを期待してのものだっただろう。
その彼が、「日本人にしかできないサッカーで日本化を図る」「考えて走れ」という日本人のClosure文化的な体質を看破したsuggestionを出したのは、今振り返ってみて、「なんと的を得たものだったのだろう」という気がしてならない。日本人の強みがClosure型文化にあると言うなら、そこを活かして居直ったのがこのsuggestionだったと思う。

今回のW杯日本戦に関するTV解説でも、「中村俊輔が入ると、周囲のメンバーが彼をrespectしすぎてボールを彼に集めすぎる」など、組織的体質に根ざしたコメントしていたのが、非常に興味深い。

そのオシム氏が2年前に急病で倒れて岡田監督を指名したサッカー協会の判断は、残り2年間という時間を見据えて、Closure型の実行力を重視したものであっただろう。
もしここで別の外人監督を呼んできて、チームの作り直し=innovationのやり直しなどを行っていたら、今回の成績はなかったと感じる。

そして、最近の報道では、次期日本代表監督は若手世代のオリンピック代表監督も兼任になるらしい。組織のリーダーとして、若手育成・組織の若返りも期待されているからとのことだ。
候補に挙がっているのは、若手育成に定評のある外人監督数名である。

一方、岡田監督は、「自身の続投には否定的である」とのこと。
恐らく、Innovation、Creativityが要求される攻撃力の整備や人材育成(抜擢ではなく)は、「自分の性に合わない」と察知されているのではないだろうか。。

実際、一人のサッカーファンとして、残念ながら少なくとも最初の2年間は外人監督でなければ、4年後のW杯ブラジル大会を見据えたinnovationを引き起こすことはできないと感じる。

では、もっと過去の代表監督はどうであったのだろうか?

1) ハンス・オフト (1992-1994)

初めての外国人監督。

アイ・コンタクト、タスク、ディシプリンなど、サッカーに組織論的な説明を持ち込んだという意味では、間違いなくinnovatorであったと思う。彼のおかげで、野球だけでなくサッカーの監督業が、会社の組織論に対する例え話として頻繁に用いられるようになったと感じられる。

「あと数秒でW杯(1994年米国大会)予選突破」に迫った「ドーハの悲劇」の監督であるが、経歴を見ると日本の実業団チームのコーチ・監督経験も長く、Closureとしての性格も持ち合わせていたと考えられる。

2) ファルカン (1994-1995)、加茂 周(1995-1997)

ブラジルの有名選手であったファルカンを監督に据えたものの、創造力あふれるブラジル選手を前提にした戦術がフィットせず、満足な成績をあげられずに解任される。

その後、日本サッカー協会は「日本人でなければコミュニケーションが採れない」 として、加茂周監督を代表監督に指名した。まさに、コミュニケーション論・マネジメント論の観点から日本人を指名しているのである。

今思えば、実行力の伴わない外国人innovatorが巻き起こした悲劇。その反省から、innovationよりも実行力を重視して「日本人監督」となった流れである。

しかし、予選途中で「世界の壁」を知らない限界からか連敗が続き、そこをショック療法で乗り切るべく解任された。その後、臨時監督(代行)で就任したのが、今回と同じ岡田武史監督である。

外資系の会社で、本社からの外国人マネジメントと現場を知る日本人マネジメントの交代が相次ぎ、最後に現場重視で日本人マネジャーが内部昇格したようなケースを彷彿させられた。


3) フィリップ・トルシェ(1998-2002)

彼も、BrokerとClosureの2つの側面を上手く使い分けたタイプと思われる。

「フラット3」というキャッチフレーズで、innovatorっぽく新しいコンセプトを導入した。
攻撃面では、稲本、小野、中田英寿、という海外組を上手く使いこなすBrokerであった。

一方、本大会のメンバー人選では、「中村俊輔がいるとベンチが暗くなるので外した」と言ったらしいが、本番での実行力と言うclosureを意識したものだと解釈できる。

日韓W杯の本番直前に選手だけでミーティングさせて、「システム重視かマン・ツー・マンの対人マークに切り替えるか」を自分たちの意思で決めさせたのも、Closureとしての指導力であろう。


4) ジーコ(2002-2006)

彼は、ドイツ大会本番中に、Closure型への転換に失敗した例という気がする。

日本における鹿島アントラーズの基礎を築くなど、日本人や日本文化を理解してブラジルサッカーを日本流にアレンジして適合させるという点では、Brokerによるinnovationの実現者であったと思われる。しかし、今振り返れば、「日本に会う外人を探すのは上手いものの、日本人を世界レベルに引き上げるまでの実行力はなかった」という気もする。

特に、韓国代表(2002年日韓大会)、オーストラリア代表(2006年ドイツ大会)を率いて日本の前に立ちはだかったフース・ヒティング監督が、それぞれの国の文化を活かしたClosure型のoperationに長けているように見えるのとは対照的に感じられる。

ちなみにちょっと余談であるが、このドイツ大会の初戦で、1対0のリードから3対1に大逆転されヒディング監督率いるオーストラリアにボコボコにされたときのデフェンスの選手が、今回のPKをはずした駒野。4年前には彼がオーストラリアのゴールに攻め込みペナルティエリア内で押し倒されたが、審判の誤審で反則によるPKをもらえなかった
それが、数分後の大逆転での大敗につながったという歴史がある。つくづく運のない惜しい人だと思う。何回冬季オリンピックに出て期待されても、なかなかメダルをもらえない上村愛子と同じくらい気の毒に思う。

 

参考:2006年ド イツ大会 日本・オーストラリア戦についての論評 

過去の歴代監督を見ても、成功者はBrokerとClosureの両面を、局面毎に上手く使い分けるのが一つの資質であるという気がする。


Comment(0)