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日本や日本人って何だろう。改めて「海外」を考えるヒントを身近な話題から

マイケル・サンデル教授 震災を語る

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連休中に再放送を観た感想であるが、本放送は4/16頃だったようだ。本ブログでも何度か書いたマイケル・サンデル教授の「正義」ネタだが、震災と日本人の対応について各国の学生が何をどう感じたかを日中米3箇所からインターネット3元中継で討論するという試みをNHKがTV番組化したものであった。

  NHKのサイト本放送はこちら
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日本からの参加者は、東大、早稲田、慶応などの大学生とゲストが4名。
ゲストのメンバーは、

  • 高橋ジョージ(歌手・俳優、東北出身、一般的な大人の代表?)、
  • 高畑淳子(女優、典型的な家庭の主婦代表?)、
  • 石田依良(作家、有識者的な位置づけ)、
  • ジャパネットたかた社長(個人で5億円寄付、ビジネスマン代表)

という顔ぶれであった。中でも、ジャパネットたかた社長がグローバルな視点をもって回答していたのが、非常に興味深かった。

中国からの参加者は、上海復旦大学から学生8名
米国からの参加者は、ハーバード大学から学生8名。一応、人種・性別などに配慮したサンプリングがなされている模様。

大きな論点は以下の3つ

  • 1) 日本人が見せた「震災後の規律ある対応」について、どう思うか?
  • 2) 対放射能作業のような危険な作業を、どのような人物にアサインするべきか、その判断基準は(スキル、年齢、家族の有無など)? 今回のような危機に対する任務を、報酬によるインセンティブで危険な任務の担当者を募集することの是非
  • 3) それでも原発を推進すべきか、この際「生活水準を下げてでも脱原発に舵を切るべきか」

1)について:
自己犠牲の精神については、中国の学生も日本人と同じ感覚を持っており、「特に珍しいものではない」とのこと。儒教教育エリアに共通の感覚なのだろうという感じがした。
やはり、幼少時の教育というものは、個人の価値観や文化的に共通なコミュニティの形成にあたって重要なのであろう。

また、「最後は国や政府(現政権への信頼ではなく「お上」という意味)を信じている」という東洋の文化と、「自分で解決しなければならない個人主義」欧米文化の相違であるという意見も、正しそうに感じた。

コミュニティの範囲を、「国」にまで広げられるか否かについても、日本人は単一民族なので自然な発想として「国=コミュニティ」となるが、欧米人は多民族国家であるため同一民族の居住区が地域的に集中することなどから狭い範囲のコミュニティにしかならないという議論があり、非常に合理的に感じられた。

この話で思い出したのが、「道州制よりも今こそ廃県置藩を」という、榊原英資氏の最近の著書「日本をもう一度やり直しませんか」で述べられている見解である。

単一民族で道州制など不要。3階層ではなく、国と基礎自治体(市町村)の2階層で十分。その代わり、基礎自治体を合併して大型化させ300くらいにすると、ちょうど昔の藩に相当する

という意見なのであるが、個人的には実感に合っていると感じさせられた。

例えば、今回の震災における風評被害問題に関しても、出荷停止の農産物の対象範囲を福島産とか茨城産ではなく、「水戸産」とか「相馬産」など市町村の複合体で定義したほうが、「無事な地域を道連れにしてしまう」リスクが低下したであろう。

参考:昔の藩の名前と地図はこちら

「都道府県では粗すぎるが今の市町村では細かすぎる」という物事の方が、「県より道州」という物事よりも増えてきているような気がする。IT化が進んだ今なら、中央政府が300の基礎自治体と直接コミュニケーションしていくことも不可能ではないように感じる。

2)について
危険な任務に対して高額報酬でインセンティブを付与することを否定する意見が多かったのは、個人的に意外であった。

「金銭をインセンティブにすると、結果的に経済的弱者が危険な任務に狩り出される」というのがその論拠であったが、私自身は「拒否権がある限り問題なかろう。むしろ、スキルなどの判断基準から選定され、任務を強制されるほうが問題ではないか」と感じた。

私自身は、危機への対応になるほどスキルやモチベーションが重要になることには同意できるが、「雇用する側が任務の重要性や危険性を認識している」というサインとして、金銭的そのものによるモチベーションではなく心情的なモチベーションを醸成するためにも、なんらかの高額報酬の提示は必要だろうと考えている。実際、自衛隊などで放射能関連の作業などに「危険手当」のようなものは出ているらしいが、手当てを目当てに志願するというよりは、「志願してくれた心意気に対する御礼」のような意味合いであろうと考える。

時間の関係なのか、あまり深い議論にならなかったのは少々残念。

3)について:
日本は、脱原発 >> 原発継続、
中国は、脱原発≒原発継続
という結果に対して、米国の学生が一人も「脱原発依存」に賛成しなかったのが驚き
であった。

「失敗を恐れず常に前向きの米国人気質らしい」という印象を強く持ったが、「スリーマイル事故の後であればこんな反応にはならなかったのに」と考えると、やはり当事者意識が薄いのかとも感じた。。さらには、「脱石油≒反イスラム」のような刷り込みが、9.11以降の米国の若者世代に出来てしまっているのではないかという一抹の不安を感じた。

ビンラディン射殺に関する報道と米国一般大衆の対応を観た感想も同じなのだが、「米国の誇る多様性はどこかへ消えてしまったのか?」と感じざるを得ない、複雑な思いになった。むしろ、中国の学生の方が、地球規模でエネルギー問題を考えないと、「日本発の災害で隣国である中国まで被害を受けかねない」と、グローバルな視点を持っていたことにちょっと驚き。

総評

  • 今回は、欧州人の意見がなかったのが残念。
  • 欧州の中で、原発推進と脱原発に分かれるフランスとドイツが、フランス側のドイツ国境そばにある原発について、どのような見解を持って論争するのかを見てみたかった。
  • 強い利害関係の対立の中でも、コンセンサスを作ったり妥協をして物事を進めていく欧州人の懐深さに学ぶところがありそうな気がする。
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