星降る夜空
むかし、むかしの話です。私は、東京小金井にある、中央大学附属高等学校に行ってました。昔は男子校で、山岳部があり、その部員でした。冬になると高校の山岳部としてはめずらしく、冬山に合宿に行きます。12月は毎年必ず、西穂高岳でした。
ベースは、西穂山荘の前にテントを張って、冬山でのテント生活の訓練。山荘の前の坂をちょっと50mほど下ったところなのですが、先生がたとOBは山荘に泊まって酒盛りです。山荘は、西穂高岳から南に伸びる、稜線のすぐそばです。だから、晴れると、景色は最高です。
たしか2年生の時。12月20日すぎは、大陸性高気圧が張り出し、乾燥してとても寒い状況でした。夜中の12時ごろ、どうしてもトイレに行きたくなりました。トイレは、おしっこの方はともかく、うんちの方は山荘の周りを汚すので、山荘のトイレを借りています。温い羽毛シェラフからでて、いそいで山荘へ。先輩が晩飯時に、
「西穂山荘の新しいトイレは、昔からよく人が死んでた場所に作られているので、お札が張ってある個室は、使わない方がいいぞ。」
と脅してくれてました。トイレに入ると、一番端の個室は板が打ち付けられています。あ、あそこだ。と、別の個室に入り、昔ながらのポットンだけど、凍っているのであまりにおいがしません。終わって、出ようとドアの内側を見たら、お札が張ってありました。「わー。外にも張っといてくれえ〜。」
まあ、お化けも出ずに、すっきりとして、暖かい山荘を出て、マイナス10℃の外を歩いて、テントに向かいます。少し歩くと坂で山荘の明かりも見えなくなります。
ふと見上げると、満天の星。乾いた高気圧と放射冷却のおかげで、穂高や上高地付近の空には、湿気がまったくなく、空全体に雲ひとつありません。月はすでに沈み、太陽系の惑星も見えません。だから、本当に星だらけ。
天の川が、圧倒的な広がりで空の端から端まで伸びています。梓川をはさんだ反対側の六百山や霞沢岳が星明かりで、黒くくっきりと見る事が出来ます。上高地の山荘も皆明かりを消しているので、梓川も鈍く光ります。
星に目の焦点を合わせようとしても、遠いのか、近いのかわからず、星が目に引っ付くような感じです。しかも、目の中に入ってくる空の全体に、信じられないぐらいの星の数。驚きすぎて、寒さを覚えていません。
すると、焦点の合っていない景色のそこここに、すーっと線が走ります。流れ星。見ていると、一つではなく、少し経つと別のところに流れ星が。ほんの一瞬。何分外に立っているのか、わかりませんが、足が動きません。
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生きてきて、とんでもなく美しい景色を幾つか見る機会がありましたが、この時の感動は一生忘れる事ができません。もう一度、見る事ができないだろうか、と思います。しかし、冬山をやる体力は、今はありませんし、いっしょに登ってくれる仲間が必要ですが、昔の仲間は、私と同じだけ年を取ってしまいました。ロッキングチェア・クライマーにでも、なりますか。