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なぜ、日本のスーパーヒーローは変身するのか?

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ウルトラマン・シリーズ、仮面ライダー・シリーズ、秘密戦隊ゴレンジャーなど、日本のスーパーヒーローたちは、普段は普通のひと(う〜む、ふつーか、っつうと、ちょっと変なひとだったりするけど)なのに、いったん、変身用の変身アイテムを使うと、超人になってしまうのだ。

変身アイテムというと、ウルトラマンのベーターカプセル(シュワッチ)、ウルトラセブンのウルトラアイ(ジュワッ)、仮面ライダーの変身ベルト・タイフーン(とーっ)などなど。ウルトラマンたちなんか、身長170〜180cm の人が、変身アイテムを使うと、突然、50mもの巨大な超人になっちゃう(ウルトラセブンは人間等身大にもなれる)。

アメリカン・コミックスなどのスーパーヒーローたちは、ちょっと違う。スーパーマン、スパイダーマン、Xメン、ファンタスティック4などは、もともと超人なのだが、活躍するとき(悪人をやっつけるとき)はコスチュームに身を包み、自分の普段の生活がばれないようにするだけだ。スパイダーマンなど、普通の服を着ていても、壁を上れるし、手首からはクモの糸がでる。スーパーマンなんて、眼鏡を外して、「S」の字のスーツを身につけるだけ。眼鏡外しても、クラーク・ケント、ばればれじゃん、と言ってはいけない。

バットマンは、一応普通の人間で、バットスーツに身を包むと、弾丸をはね返したりする。しかし、むちゃくちゃ、良いとこのボンチだし、財産はありあまってるし、「バットマン・ビギンズ(渡辺謙が格好悪い死に方をするやつ!)」にあるように、マーシャルアーツで鍛え抜いているので、まあ、普通の人、ではない。

つまり、アメリカのヒーローは変身しないし、最初から強い!超人ハルクや「ジキル博士とハイド氏」は異なるが、格好良いスーパーヒーローとは言いがたい。

どうして、日本のヒーローとアメリカのヒーローはこのように異なるのだろうか。日本人はアメリカ人に比べ、変身願望が強いのだろうか。具体的な裏付けには乏しいが、いくつか原因が考えられるだろう。

まず宗教的な観点では、アニミズム、シャーマニズムの存在があるだろう。超自然的な存在がトランス状態になったときに乗り移り、特殊な能力を発揮する。このようなものの発展形態として、演劇における「面」の存在があるのではないか。能においては、鏡の間で能役者が面を付け、役になりきる。通常、シテが面を着けるのだが、この鏡の間は能舞台の一部になっているのだ。五色の揚げ幕のすぐ奥に鏡の間があり、シテが面を付けるのも能のうちなのだ。面をつけて役に入り込んでいくのは、まさに変身である。

では、ヨーロッパでは、変身ものはないのかというと、ちゃんとある。シャーマニズムではないが、古代ギリシャでは、ゼウスはスパルタ王の妻、レダに恋をし、白鳥になって密通してしまう。西洋絵画では、この物語をモチーフに使っている。たしか、古代ギリシャの演劇ではお面を使っていたはずだ。文学にはカフカの「変身」がある。「変身」そのものであるが、これは不条理や実存主義文学であり、ヒーローというには、ほど遠い。

変身願望という意味合いにおいては、普段はふつうのひと。そしていざとなったら、超人になって正義の味方になる、というのは日本人的に気持ちがいい。普段から、強くて、他の人とは違って、お金持ちで、というひとを日本人はヒーロー視しないだろう。日本人のある種不思議な平等感、特別なひとをあまり認めたがらない性質も関係しているのかもしれない。だから、日本では偉大なリーダーが出てこないのかもしれない。

あ。ちなみにアメリカン・コミックスで、スーパーヒーローはマントを付けていると指摘するひともいるが、マントをしたヒーローはバットマンとスーパーマンぐらいだ。マントをしたらスーパーヒーロー、というのは間違い。

Comment(8)

コメント

戸川 リュウジ

こんばんわ
はじめまして。

>変身願望という意味合いにおいては、普段はふつうのひと。そしていざとなったら、超人になって正義の味方になる、というのは日本人的に気持ちがいい。普段から、強くて、他の人とは違って、お金持ちで、というひとを日本人はヒーロー視しないだろう。日本人のある種不思議な平等感、特別なひとをあまり認めたがらない性質も関係しているのかもしれない。だから、日本では偉大なリーダーが出てこないのかもしれない。

 僕は子供の頃から「変身モノ」が大好きです。今でも「仮面ライダー電王」だけは欠かさず観ています。(うちの子もはまってます)
単純にかっこいいですよね。特に「電王」の主人公は「史上最弱ライダー」と言われるほど、普段は運の悪い、体力もない、優柔不断、いわゆる「ヘタレ」です。そんな彼が変身してから敵をバッシバッシやっつけるのを観ると快感!!!です。だからより惹かれてしまうんです。僕も「ヘタレ」なもので。「電王」を観ていると、日本のHEROモノはドンドン変身前後のgapを際立たせているような気がします。とことん弱っちいHERO。今求められているHEROは今どきの若い子の等身大であるように感じます。これは良いことなのか、どうなのか。


僕:「行くぞ!ショッカー。キーック。"グキッ"(自分の身体から鈍い音が…)」
【トガワ的教訓】
「HEROを演じる時は準備体操をしておくと良い」

戸川さんに激しく同意です。


「電王」は「ロードオブザリング」の主人公に匹敵するくらいのいくじなしだと私は思いました。
彼が主役であるがために彼の取り巻きは自らの命を引き換えに主人公を守るのです。


これを現実社会にOverwrapしたら泣けますよー。
自分もいじめられっこでした。まさにHERO願望。

とおりすがり

ウルトラマンに関して言えば、スタートレック(TOS)における転送機や、TNGで船体分離が僅か数回しか使われなかったのと同じ理由では。そう、つまり予算です。
特撮にはお金がかかるので、3分以上戦ったり、毎回のように着陸シーンや船体分離シーンが登場するとお金が足りなくなるのです。最近ではCGのおかげで特撮も低コストでできるようになり、VOYでは着陸シーンやBORGの大艦隊なども出るようになりました。
他の戦隊ヒーローでも、同じく予算が原因かもしれません。

コミックでは「鉄腕バーディー」が「もともと超人」のパターンですね。変身なしでもバーディーの超人的な力を使うこともできます。
変身しない「バビル2世」「マーズ」(「ゴッドマーズ」ではない)「新造人間キャシャーン」、変身する「デビルマン」「妖怪人間ベム」「イナズマン」「ジェネレイターガウル」なども「もともと超人」であはりますが、一体どちらに分類すべきでしょうか?

とおりすがり

>マーシャルアーツで鍛え抜いているので、まあ、普通の人、ではない。
タツノコ系だと「ガッチャマン」と「破裏拳ポリマー」がこのパターンと思います。

あと「サイボーグ009」も変身しないヒーローですね。

Quest

時代劇の世界でも、ある意味「変身」と言えるものがあるのではないかと思います。
越後のちりめん問屋の隠居 ⇒ 前の副将軍 水戸光圀
遊び人の金さん ⇒ 北町奉行 遠山左衛門尉景元
徳田新之助 ⇒ 八代将軍 徳川吉宗
まぁ、チョット違うのは、これらは最初に力(権力)を持っていて
それを隠すために「逆変身」(変装?)をしているんですけど。^^;

戸川リュージさん、トラパパさん、とおりすがりさん、Questさん、コメントありがとございます。う〜ん、みなさん、お好きですねえ。
 
> 仮面ライダー電王
この番組、たぶん、日曜日朝8時ごろですよね。テレビみないからなあ。こんど田舎に帰った時に見よっと。史上最弱で不運なヒーローですか。

> ウルトラマンは3分
実はウルトラセブンも戦っている時間って、3-5分みたいですね。実写版はやはり予算ですね。
 
> バビル2世
このブログを書いた後、ずーっとバビル2世のアニソン(アニメーション・ソング)が頭の中でぐるぐると回っていました。横山光輝の傑作のひとつ。許せ、バビル2世!シモベの中では、ロデムが変身してましたね。
 
横山光輝といえば鉄人28号や伊賀の影丸で、変身しないヒーローが多いですね。サリーちゃんは魔法では変身するけど・・・。
 
> サイボーグ009
変身できるのは007でしたっけ。話がずれますけど、仙台から石巻までつながる、仙石線には009のまんががペイントされた電車が走っています。かみさんの実家がその沿線にあり、たまに使っているのですが、それに乗るたびに「009は、まだ僕の中で生きているな」と感じます。石巻には「石ノ森章太郎萬画館」があります。
 
こう見てくると、アニメーションもののヒーローは変身せず、実写版のヒーローでは変身するものが多いと言えそうですね。とおりすがりさんのご指摘のように、予算の関係上変身させていたのかもしれません。
 
でも、水戸黄門の例にあるように、日本人はもともと変身して最後に正義が勝つ、そんなストーリーが好きなんじゃあないかな。日本ではヒーローは隣にいる普通のひとが(もしくは自分が)正義を通すために立ち上がり、超人となって悪を倒してほしいのでしょう。
 
ちなみにQuestさんの例ですが、変身アイテムは、水戸黄門が「印籠」東山の金さんは「桜吹雪の入れ墨」、暴れん坊将軍は、「余の顔を見忘れたか!」っすかね。

とおりすがり

「仮面の忍者赤影」「月光仮面」も「元から超人」タイプでは。「レインボーマン」はどっちでしょう?アレは変身しますが、自力でですよね。
ポリマーやガッチャマンと同じタツノコでも、テッカマンやムテキングは元は普通の人間で、完全に「変身する」タイプですね。タイムボカンシリーズはどちらかというと「着替え」と思います。

やはり「変身する」というストーリーは、「戦隊物」と「ウルトラシリーズ」の影響が大きいのではないでしょうか。

とおりすがりさん、コメントありがとうございます。
 
赤影は、荒唐無稽というと失礼にあたるけど、荒唐無稽で楽しかったですね。なにしろ赤い仮面の額のところから光線が出たり。私の年代だと、青影の「だいじょ〜ぶ」が刷れ込まれていますので、なにげに、突然、「だいじょ〜ぶ」と言うのはその影響です。

ガッチャマンって普通の人間のはずなのに、科学忍法火の鳥をやってる最中って、いったいあのコックピットの中はどうなっているのだろう、なんで死なないんだろうって、不思議ですよね。
 
タイムボカンシリーズは、ヒーローというか。全体がギャグっつーか。「ぶたもおだてりゃ、木に登る。ぶー」など、名台詞も豊富ですね。

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