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ITの技術や方向性考え方について別の選択肢を追求します

BTGとATG

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Before TV GameとAfter TV Game の略です。1983年に任天堂さんが出されたファミリーコンピュータが、日本や世界を圧巻し、普通にテレビゲームを家で楽しめるようになった、その記念すべき年が1983年です。平野さんの「思考実験」にすごく多くの方々がコメントやTBをされたので、いままで、ずっと温めていたこのアイデアを投稿してしまおうという気になりました。 

私自身は、テレビゲームが酷い事件を引き起こすのだとは思っていません。そんな原因になるものは人類が始まってからずっと持ち続けています。大昔は語り部の物語に始まり、近代になってからは小説、映画、ラジオ、テレビ、そして新しいメディアとしてテレビゲームが娯楽のメディアとして仲間入りをしただけです。歳がばれますが、高倉健さんの仁侠映画を見た後は、肩で風を切って歩いてしまうように、疑似体験や仮想体験ができるのは、人間の特性のひとつであり、それ自身は娯楽性が高く、人間の満足度、幸福感、を高める上では重要でしょう。

ただし、テレビゲームの特性としては、遊んでいる人間側の反応に応じて、仮想体験が変化できるところにあると思います。こういった環境は人類にとって初めてなので、相手が変化する疑似体験・仮想体験が深層心理にどう影響するのか、ということについては興味がありますね。

娯楽のメディアとしての先輩格である映画についていえば、アメリカ合衆国ではX-Rating、イギリスではX-Certificate、フランスでもX-Clasificationという名前で、性的、暴力的内容のもののレーティングをしています。ゲームも同様なのでしょうね。ちなみに、ダスティン・ホフマンの主演している素晴らしい映画「真夜中のカーボーイ」もX-Ratingなのです。ラストシーンは、涙ボロボロになるほどの映画なのに。。。。たぶん日本のレンタルビデオ屋さんでは、子供でも手の届く棚においてあるでしょうし、子供が借りることができると思います。

ほら、Amazonでも売ってました。

どちらかというと、映画もテレビもテレビゲームもこのレーティングをすることが必要なのでは?

それよりも私個人は、仮想体験にコンピュータが入ってくることの、心理学的な変化に興味があります (と2度も書いてしまいました)。

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