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6Gにおける統合センシング通信(ISAC: Integrated Sensing and Communications)

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ABIリサーチは2025年9月2日、6Gにおける統合センシング通信(ISAC: Integrated Sensing and Communications)の進展について見解を発表しました。

6G Integrated Sensing and Communications Offers Mobile Operators a Unique Chance to Redefine Networks

ISACは通信ネットワークにレーダー機能を持たせ、環境をセンシングしつつ情報伝達を行うという革新的な概念です。これにより移動通信事業者(MNO)は「単なるデータパイプ」から脱却し、新たな市場価値を創出できる可能性が示されています。

現在、中国をはじめとした地域で商用トライアルが進行し、低高度空域の利用などへの関心が高まりつつあります。一方で、5Gとの互換性を欠き、1基地局あたり数万ドル規模のコストが必要になるなど課題も大きいといいます。それでも、標準化団体による仕様策定やベンダー各社の研究開発が加速しており、エコシステム形成に向けた熱気は確実に高まっています。

今回は、ISACの技術的特徴、移動体通信事業者にとっての戦略的意義、商用化に伴うリスクと投資判断、そして将来展望について取り上げます。

ISACがもたらす技術的転換

ISACの最大の特長は、通信基地局そのものがレーダー機能を持ち、電波の反射や位相変化を通じて周辺環境を高精度に把握できる点にあります。これにより、従来は専用システムが必要だった位置測位や環境センシングが、通信インフラを介して提供可能になります。

応用分野としては、自動運転車両の安全運行、ドローンの飛行管理、スマートシティにおける群衆流動解析、防災監視などが挙げられます。通信とセンシングを統合することで、従来の「データ伝送」から「知覚と連携」へとネットワークの役割が拡張され、産業横断的なサービス提供が現実味を帯びてきました。

しかし技術課題は少なくありません。高精度センシングには広帯域と低遅延が不可欠であり、アンテナ設計や周波数利用の最適化が求められます。また、既存5Gとの互換性がないため、新たなハードウェア導入が不可避であり、これが商用化の大きな障壁となっています。

移動体通信事業者にとっての戦略的意義

ABIリサーチのディミトリス・マブラーキス氏は「ISACはMNOにとって、接続性の枠を超える絶好の機会」と強調しています。これまで通信事業者はデータトラフィック提供を中心としたビジネスモデルに依存してきましたが、ISACを活用すれば「位置情報ブローカー」として企業や自治体に新たな付加価値を提供できるといいます。

具体的には、物流企業に対しては貨物追跡や倉庫管理、自治体に対しては防犯や交通制御、製造業に対しては工場内での設備モニタリングなど、幅広い産業領域で新サービスの展開が見込まれます。加えて、ネットワークAPIを通じた外部サービス連携が進めば、プラットフォーム事業としての可能性も広がります。

このように、ISACは通信事業者にとって持続的な成長のための新たな収益源であり、既存の通信料モデルに依存しないビジネス構造への移行を後押しする技術となる可能性もあります。

商用化に立ちはだかるコストとリスク

一方で、ISACの実用化には相応の投資が求められます。完全なISAC対応無線機は既存の5Gインフラと互換性がなく、1基地局あたり5万〜10万ドルのアップグレードコストが必要になるとABIリサーチは指摘しています。数万規模の基地局を運用する大手MNOにとっては、数千億円規模の投資負担につながる計算です。

また、現段階では商用需要が限定的であり、ROI(投資利益率)の見通しも不透明です。中国でのトライアルでは低高度空域での利用に一定の関心が見られるものの、国際的に統一されたユースケースや事業モデルはまだ確立されていません。

このため、多くのMNOは全面導入を見送る一方で、限定的な商用試験や産学連携での技術検証を進める戦略を取っています。コスト削減とスケールメリットの実現には時間を要するため、短期的にはR&D段階に留まる可能性が高いと考えられます。

ベンダーと標準化団体の動き

ISACの普及には、ベンダー各社と標準化団体の取り組みが重要です。現在、ETSIや3GPPがISACを6G標準の一部として検討しており、周波数割り当てや信号処理方式の最適化に向けた議論が進んでいます。

同時に、通信機器メーカーは特許出願を加速させ、センシングと通信の融合技術に関する知的財産の確保を進めています。こうした動きは将来的なライセンスビジネスにもつながり、エコシステムの競争構造を形作る基盤になるでしょう。

初期段階では中国や韓国が先行する一方で、欧米や日本でもR&D投資が拡大しており、グローバルな競争環境が形成されつつあります。とりわけ、日本の通信事業者はスマートシティや自動運転の社会実装を背景に、産業応用のユースケース探索で存在感を発揮できる可能性があります。

今後の展望

ISACは、6G時代の通信ネットワークに「知覚」という新たな次元を加える技術であり、従来の通信事業の在り方を根本から揺さぶる可能性を秘めています。商用化にはコストや需要の不確実性といった課題が残るものの、標準化の進展とエコシステム形成が重要となります。

今後は、通信事業者がどのように投資リスクを抑えながら試験導入を進め、具体的なユースケースを確立できるかが焦点になります。公共インフラや産業向けの利用が先行し、その後消費者向けアプリケーションへと拡大していくシナリオも想定されます。

また、AIやクラウドとの連携によって、センシングデータを分析・活用するプラットフォーム型サービスが登場する可能性もあります。これは技術革新にとどまらず、通信事業者が都市開発、防災、交通、セキュリティなど社会的課題解決に貢献する新たな役割を担う契機となるのかもしれません。

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