「低速自動走行システムの遠隔支援」で実現する次世代モビリティ
経済産業省は2025年6月5日、「低速自動走行システムの遠隔支援」に関する国際規格ISO 7856の正式発行を公表しました。規格は時速32km以下で走る無人車両を複数台まとめて遠隔支援する技術・運用要件を定義し、日本が議論を主導してきたRoAD to the L4プロジェクトの成果を色濃く反映しています。
高齢化と過疎化に悩む地域で公共交通の維持が難しくなる中、遠隔支援型モビリティは安全性と省エネルギーを両立する新たな移動基盤として期待されています。今回は、規格策定の背景から実装の課題、国内外のビジネスインパクトなどについて取り上げたいと思います。
日本主導の標準化戦略
低速域の自動走行は事故リスクが比較的小さく、導入障壁が低いといわれます。遠隔支援の要件が曖昧なままでは、実証ごとに個別仕様が乱立し、拡大の足かせになります。日本は実証で得た車載カメラの死角検証や通信遅延計測のノウハウを国際会議に持ち込み、コントロールセンターの運用基準も含めた包括的な規格化を主導しました。研究開発の知見を標準として結晶化し、国際的な指針へ昇華させた点は、技術を知財だけでなくルールでも差別化する好例といえます。
地域交通を支える低速自動走行
人口減少と高齢化が進む地方では、バスやタクシーの運転士不足が深刻化しています。低速自動走行システムは、遠隔監視により少人数で複数台を運行でき、運行コストを抑えながら移動を継続させる手段として注目されています。一方、通信インフラが脆弱な地域で安定した品質を確保できるか、高齢者が無人車両を安心して利用できる環境をどう整えるかが今後の焦点です。技術だけでなく地域の交通文化と利用者体験を踏まえた調整が欠かせない段階に入っています。
ISO 7856が示す安全ルール
ISO 7856は、車載カメラの検知範囲や解像度といったハード面に加え、映像と制御信号の往復遅延、パケット損失率、緊急時の退避動作などを詳細に規定しています。遠隔オペレーターが現場状況を即時に把握し、適切な判断を下すための性能基準が明文化されたことで、メーカーは互換性のある部品設計と試験証明が容易になりました。これにより市場参入のハードルが下がり、国内外のサプライヤー間で協調と競争が加速することが見込まれます。
広がるモビリティビジネスチャンス
遠隔支援型モビリティは、通信事業者、クラウド運用会社、地元交通事業者、自治体が連携するプラットフォーム型ビジネスが想定されます。国際共通ルールの整備により、海外都市との相互運行や部品共通化が視野に入り、スタートアップにとってもスケールの機会が広がります。一方、ライセンス管理やサイバーセキュリティ対策に伴うコスト、オペレーター技能の標準化など新たな運営リスクも浮上します。投資判断には市場規模だけでなく、継続的なアップデート体制と地域住民への説明責任が求められます。
乗り越えるべき課題
遠隔支援の通信品質はモバイルネットワークの混雑や災害時の遮断に左右されます。緊急退避動作が遅延すれば安全性は損なわれ、サービスへの信頼も揺らぎます。また、映像データと走行ログは個人情報に準じた扱いが必要で、データ管理の透明性とガバナンスを高めることが不可欠です。さらに、地方自治体が導入コストを賄う持続的な財源モデルをどう確立するかも議論が進んでいません。標準化はスタート地点にすぎず、法制度と社会受容性を高める取り組みが急がれます。
今後の展望
ISO 7856は公共交通の再設計とカーボンニュートラルを同時に進める鍵として注目されています。今後は5G/6Gの冗長化、AIによる異常検知自動化、デジタルツイン活用による運行最適化が進むと考えられます。国際標準を起点に国内事業者が共同で実証を重ね、2028年前後には商用サービスが複数都市で稼働するシナリオも期待されるところです。
出典:経済産業省 2025.6