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金融向けプラットフォームは、新生IBMの「選択と集中」なのか

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日本IBMが、金融機関のDX推進をサポートするためのフレームワークとプラットフォームを発表しました。

日本IBM、金融向け「デジタルサービス・プラットフォーム」を発表

金融業界で共通する機能をIBMがプラットフォームとして提供することで、DXを推進するということです。

金融業界のデジタル変革(DX)を推進する「オープン・ソーシング戦略フレームワーク」と、これに基づく「デジタルサービス・プラットフォーム(DSP)」を発表した。金融業界共通の要件に基づく機能などを同社が担うことで、金融機関がデジタルビジネスに注力できるよう支援するという。

ただ、金融機関が顧客向けのサービスを提供するため「だけ」のものでは無いようです。

フロントサービスは、金融機関が顧客に開発・提供するアプリケーションや銀行間あるいはFintech企業との連携サービスなどになる。

ということで、IBMはこのクラウドでB2Bの連携も視野に入れているようです。さらにこちらの記事にもあるように、

IBM DSPの機能はさまざまだ。銀行が顧客向けに提供する受付サービスの他、第三社が開発したアプリケーションやサービスを銀行が自行の「サービス」として顧客に提供できるようにする。

銀行が外部にサービスを提供することも考えているようで、これはサービスの「外販」に繋がるのかも知れません。

「サービス」というのは、DXのキーワードです。「すべての企業がIT化し、サービスを提供する」のがDXの本質だからです。DSPは、金融業界のDXを進めるためのソリューションとして、具体的な方向性を指し示したものと言えるでしょう。

job_ginkouin.png新生IBMの戦略を占う第一歩

そもそもこれは、昨年米IBMから発表されていたものです。

IBM、金融サービス向けパブリッククラウド構築でバンク・オブ・アメリカと連携

米IBMの4月の発表では、その続報が出ています。

IBM、クラウド事業責任者に元バンク・オブ・アメリカCTOを起用

「連携」と言っておいて、その責任者を半年後に引き抜いているわけで、IBMとバンカメとの仲がどうなっているのか気になりますが、この金融業界向けソリューションは、4月に会長に就任したクリシュナ氏の目玉戦略であることは間違いなさそうです。

今回の発表には、Red Hat買収後の新生IBMのキーワードが詰まっています。まず、Red Hat買収で手に入れたコンテナ技術。そしてIBMが長く取り組んでいるAI技術。さらに、IBMが圧倒的な強さを誇る金融業界向けのソリューションということです。コンテナとAIを軸に生まれ変わろうとしているIBMにとって、得意分野である金融業界に焦点を絞ってサービスを出してきた、というのは戦略としては理にかなっているといえるでしょう。

業種別クラウドへの布石となるか?

このニュースに関連して、

日本IBM社長が会見で垣間見せた「パブリッククラウド戦略」

という記事が出ていたのですが、内容はこの記事を書いた松岡氏がIBM社長の山口氏に「今後はパブリッククラウドを業界別に作り込んでいくのか」と聞いたところ、返ってきた答えが

「パブリッククラウドを業界別に作り込んでいくかは分からない」

だった、ということです。しかし、「分からない」というのは完全否定ではありません。この後松岡氏も

Amazon Web Servuces(AWS)やMicrosoft Azureといったメガパブリッククラウドと同じ土俵ではなく、特定の領域ごとにIBMのパブリッククラウド「IBM Cloud」を生かしていこうという考えのようだ。

と書いています。可能性はあるし、その気もあるだろう、ということですね。

なぜそう考えのるかというと、上のコメントにもあるように、IBMはもうAWS/Azure/GCPといったメガパブリッククラウドには、規模の点でも技術の面でも追いつけないところにまで来てしまっていると思えるからです。

IBMがSoftlayerを買収したころは、まだIaaSという同じ土俵でAWSに対抗しようという気持ちもあったと思いますが、今ではもう難しいでしょう。一昔前は皆が等しく「パブリッククラウドプロバイダー」を目指していましたが、先頭集団についていけなかった企業が第2集団を形成しつつあるという状況なのだと思います。つまり、クラウドプロバイダーは今後、大規模にIaaS/PaaSを提供するメガパブリッククラウドと、自社の強みを活かして専門化する第2グループに分かれていく、ということではないでしょうか。

第2グループには、OracleやSAP、IBMといったところが含まれます。Oracleは言うまでもなくDB、SAPはERPを核として、その周辺に様々なサービスを追加し、提供しようとしています。IBMが核とするのはAIとOpenShift、そしてこれまで培ったSI/コンサル能力ということになり、その手始めとして取り組んだのが、得意分野でもある金融系で、これがうまくいけば、ほかの業種に広げてくるのは自然な方向性と思えます。

不安もあるが・・

しかし一方で、タイミングが悪いことに、IBMクラウドの障害が起きていました。

2020年6月10日に発生しましたIBM Cloudのネットワーク障害に関するご報告

これがあった翌週に新しいクラウドソリューションの発表をする、というのもなかなか大変そうです。まあ、だいぶ前から決まっていたのでしょうから、止められないでしょうけれど。

以前も書いたように、クラウドそのものの可用性は高くありませんが、金融向けを謳う以上、信頼性は普通のクラウドよりも高くないといけないでしょう。クラウド自身の可用性を上げられないとしても、ソリューションとしては冗長化やマルチリージョンなどで対応しておくべきです。

ただ、今回の障害では全リージョンが影響をうけたようで、IBM自身のWebも死んでいたようです(これも格好悪い)。外部の広告サーバーが悪さをしたようです【2020.7.9修正:広告サーバーでなく、ルート広告の誤りでした。詳しくは上記IBMからのご報告をご覧下さい。】が、それに引きずられて全体が障害を起こすというのは、いかにもよろしくないですね。金融プラットフォームそのものをマルチクラウドに載せないといけない、という冗談のような(しかし考えるべき)状況になるのかも知れません。

冒頭の記事中で、信頼性について山口氏はこう言っています。

「われわれが安全性や堅牢性などを確保してパブリッククラウドとして金融のお客さまに提供する大きな取り組みになる。相当に準備し開発を進めており、(Boville氏の着任で)さらに堅牢なサービスに仕上がっていくのではないかと期待している」

「ないかと」「期待している」とまあ、あまりすっきりしない言い回しですが、1週間前にまさにそのクラウドが障害を起こしていたのでこうならざるを得ないのでしょう。しかしまあ、本当に今後はしっかりして頂きたいですね。

 

「?」をそのままにしておかないために

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