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IT業界のコメントマニアが始めるブログ。いつまで続くのか?

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※例によって印籠を出しておきます(こればっかりだな)。

ITmedia でも取り上げられていましたが、Google のブック検索における和解が日本の書籍にも影響することが話題になっています。詳しくは、福井氏の解説や栗原氏のまとめにおまかせしますが、それでもなお気になる点があります(個人ブログではダラダラ書いていたのですが)。ここでは、とくに賛否には触れずにコメントしてみます(タイトルの“疑問点”は“問題点”という意味ではありません、念のため)。

まず分かりにくいのが、なぜ米国の和解が日本の書籍にまで影響するのか、ということです。一応、「フェアユースの合意だから」と伝えられてはいるのですが、そうであればオプトアウトであれ、オプトインであれ、個々の著作者の意思に関係するのはおかしい気がします。意思表明しても「著作物の一部を検索用に使う」ことを避けられるとは限らない(単に訴訟の可能性を残せるだけ)という意味では、この目的をフェアユースの範囲として認められるかもしれません。しかし、(著作権が切れていない)著作物を絶版だからといって全体を販売するといったことが禁止の意思表明をしない限り可能になる(んですよね?)というのは、フェアユースの範囲になりえない気がします。この和解の影響が日本の書籍に及ぶのはベルヌ条約のため、と説明されていますが、ベルヌ条約は著作権表記や登録制のような方式主義に頼らず著作物を保護するものです。保護期間が切れていないのに、意思表明しなければ(検索用ではなく)著作物自身として使われてしまうというのは、ベルヌ条約に反するのではないでしょうか。そもそも「表示使用」という言葉の定義が、FAQ の説明用語の説明で一致していないのも気になるところです。

また、フェアユースということであるなら、特定の一社だけに認められるものでもないでしょう。ある会社だけが使用を認められるというのであれば、それはフェアユースではなく、使用許諾であり、意思表示が示されない他国の著作物には影響しないはずです。版権レジストリを構築するための費用を提供したとはいえ、フェアユースかどうかの判断を、そのレジストリに頼るのであれば、他の業者・組織も実費(あるいは無料)で使用できるようにすべきではないでしょうか。実際には、現在の和解サイトでアカウントを登録することで、書籍の状況を把握することはできるのですが、本来の使い方ではないですし、「収益の63%を支払う」ということがフェアユースの条件となっているなら、支払い先を知る必要があります(あるいはどこかにまとめて支払い、自動的に分配されるとか)。

もうひとつは絶版の定義です。和解サイトには、以下のように説明されています。

書籍は、問題の時点でその書籍の権利保持者または権利保持者が制定した代理人が米国内における1つ以上の通例の取引経路において新書として本を販売している時、その書籍は市販されているとみなされます。

つまり、米国内で流通していないものは市販されていない(=絶版、Out-Of-Print)とみなされるわけです。おそらく、ほとんどの日本の書籍が該当するでしょう。私も10年くらい前の著書(当然、絶版)があるので、実際にアカウントを取得して検索してみましたが、日本で普通に販売中の書籍がリストアップされます。たとえ利用が米国内に限定されており、販売中の日本からアクセスが禁じられているにせよ、これらについてまで手続きを踏んで意思表示しなければ、絶版の著作物として扱われてしまうわけです(ですよね?)。(amazon を使えば CD を並行輸入できるにも関わらず)日本の iTunes Store に楽曲がないのはおかしい、というような考えをお持ちの方はともかく、多くの日本の著作者の人々に受け入れられそうな気がしません。

もっとも、実際の影響はそれほどないとは思います。なにしろ、スキャンするためには「米国で流通していない日本の書籍」を入手する必要があります。日本の図書館にでも読み取り装置を持ち込むなら別ですが、米国での和解ですから、協力する図書館も米国内だけでしょう。何かのきっかけで米国の図書館に置かれているようなもの以外は、スキャン対象にはならないと予想できます。実際、和解サイトで検索できるもののうち、スキャン済となっている書籍はわずかです(ゼロではない)。また、著者に代わって出版社が申請することもできるようですから、特に著者からの意思表示がなければ、出版社が著者の意思を「デフォルトで禁止」とみなして、まとめて禁止指定してしまえばよいわけです。ただし、仕組みの上では、意思表示しない限り、日本だけで販売されている書籍は絶版とみなされ、使われてしまう(可能性がある)わけです。

また、絶版については、もう一つ気になる点があります。書籍は、ハードカバーで出されたものが、後から文庫(あるいはペーパーバック)で出るというケースが少なくありません。ハードカバー版が流通しなくなれば、これは絶版ということになりそうです(不思議なことに販売中の "Harry Potter" のような著名な書籍ですら、リストアップされます)。同一の著作が複数の本に記載されていても支払いは1回だけとなっていますが、体裁の変更や改訂版といったものをどのように扱うのかは、はっきりしません。星新一氏のように膨大な短編を書かれていて、それらが複数の書籍に分散しているような場合、著者側の責任として除外指定をしなければならないとしたら、相当苦労しそうです。とくに、検索システムは4文字以上の入力が必要であり「星新一」だけでは検索できないのと、他の著者との合作のようなものではすべての著者名が記載されているとは限らないためです。

まあ、あくまで素人が思いつく程度のことですから、説明文を読み飛ばしていたり、勘違いしている可能性はあります。以前にも書いたとおり、私は著作権保護により孤児作品が生まれてしまうことは問題だと思っており、孤児作品は著作権の保護期間延長に反対する、ほぼ唯一の理由です。しかし、このブック検索が孤児ではない著作物を孤児扱いしてしまうのではないかという疑問が(今のところ)ぬぐえません。そもそも、FAQ だけでもけっこう長い上に、契約書の本文は英語で、とても正確に把握し切れている自信はありません。これを理解することを、すべての著作者に要求するというのは、嫌がらせ不親切ではないかという気がしないでもないのですが、どなたか、この疑問点を、わかりやすく解説してくださる専門家の方はいらっしゃらないでしょうか。

ところで、「収益の63%が分配される」という件について、出版社を通じた一般的な印税率(10%)よりも高いことを理由に“魅力的”とおっしゃる方がいるようです。公園で歌って、ギターケースに入るお金が100%自分のものになる、ということを“魅力的”と感じるアーティストは少ないのではないでしょうか。また、通常の出版社の営業努力や出版部数の確約に意味を見出せないのであれば、いつともしれないスキャンを待つまでもなく、自らオンラインで販売したり、アフィリエイトを設定すれば100%に近い収益を得ることも可能です。あるいは、文芸社で自費出版すれば、売上の60%が還元されるという仕組みもあるようです。比率だけで魅力を感じてしまうという感覚は、ちょっと理解しがたいところです。

mohno

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平成元年にIT業界に入って以来、開発ツールに関わり、主にマーケティング中心に活動してきました。現在はフリーランス。

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