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IT業界のコメントマニアが始めるブログ。いつまで続くのか?

TVK(テレビ神奈川)が、「ビルボードトップ40」という番組をギネス記録認定をめざして放送初期の映像を探しているそうです(「30年前の番組映像求む ギネス認定へtvk呼びかけ」)。ほんの30年前のことで、すでに民生用のビデオレコーダーがあった時代ですが、テレビ番組を永続的に保存することは考慮されていませんでした。テレビ局が使う放送用のビデオテープが非常に高額だったため、それらは保存に回されず、テープを上書きして使いまわしていたためです。私もよく見ていた NHK の人形劇「プリンプリン物語」では、当時の総集編ですらテープ編集ではなく再演で放送していたそうです(wikipedia より)。このため、古い番組を復活させるために視聴者の保存していたビデオを探す必要があるということです。このように復活したものとしては NHK の少年ドラマシリーズなどがあります。

現在、横浜にある放送ライブラリーでは、テレビ番組のデジタル保存が進められています。ここでも、すべての番組が保存されているわけではありません。また映画については、東京国立近代美術館フィルムセンターで保存しようとしているのですが、非常に限られた作品しか登録されていません。しかも、年代別で検索してみるとポルノ映画のようなものばかりが登録されています(登録の際にいくらかの対価が支払われるため、わずかでも制作費を回収しようとされていると聞いたことがあります)。

今では、テレビ番組や映画はテレビ局や映画会社によって保存されているのだと思いますが、洋画の字幕付き上映用フィルムなどは、上映期間が過ぎると破棄されてしまうものも多いそうです(もちろん、映画館で再び上映する機会が見込めないような作品ということなのでしょうが)。また、フジテレビだと思いますが、資料室で火事が起きて古い映像を再収集するために苦労したという話があったと記憶しています。これが書籍ならば、納本制度があるので国会図書館であらゆる書籍が収集されています(※)。
※ただし、はてな匿名ダイアリーには、納本されていないものも多いという記事がありました。

映像作品も書籍と同じように納本制度を活用できないのでしょうか。実は、国立国会図書館法の第二十四条1項6号には国会図書館に納入すべき出版物として図書や小冊子だけでなく「映画フィルム」が明記されています(ただし、附則で“当面の間”免除されているようです)。少し古い朝日新聞の記事(「映画やテレビ番組、どう保存するか 国際シンポ」)には、以下のように書かれています。

日本ではこれまで3万2千本以上の劇映画が作られているが、戦前の映画は10%も残っていないという。一方、フランス、カナダはすべての映像作品に、韓国は映画のみだが納本制度がある
……
岡島主幹によれば、先進国で映像の法定納本制度が実現していないのは英国と日本のみ。これから日本でこの制度を作るには、プリント代の負担など財政的手当ても必要になる。いずれにせよ、自国の映画やテレビ番組を誰がどう保存すべきかの議論をもっと深めるべきだろう。(古賀太)

先日も取り上げましたが、日本では、テレビ局が音楽の包括契約により、商用楽曲を番組に使いまくっているため、番組を放送以外の目的で使おうとすると個別の権利処理が面倒になるという特殊な事情があります。いっそ包括契約をなくしてしまえば、テレビ局は番組のための独自楽曲を制作しなければならなくなり、それが番組の二次使用を容易にすることにもなります。ただし、ほとんどの番組では単なるコスト増加になるため現実的ではありません(このため何らかの法整備が必要かもしれません)。

ちなみに、作品の永続保存について、保護期間の延長は影響しないでしょう。ほとんどの著作物は保護期間内に失われているためです。作品の保存は、本来「誰かが保存してくれる」という他人頼みのものではなく、積極的に保存するという意思が必要です。

いずれにせよ、日本は「世界最先端のコンテンツ大国の実現を目指して」いるのですから(※)、映像作品についても納本制度を機能させるべきではないでしょうか。もちろん、そうして収集した作品を図書館で書籍を閲覧できるように、すぐ無料で視聴させるような仕組みにしては関係者の理解は得られないでしょう(何より図書館の運営が大変になりそうです)。しかし、後世に作品を残し、利用が必要だと判断された場合にいつでも参照できる仕組みがあることは関係者にとってもメリットがあるのではないでしょうか。
※「世界最先端のコンテンツ大国の実現を目指して」(PDF、知的財産戦略本部)

mohno

日本では CD が高い、と言われることがしばしばあります。たとえば、"Lady Gaga" の "Born This Way" は amazon.com で $11.88 ですが、嵐の "Beautiful World" は amazon.co.jp で 2,680円です。いくら円高要因があるとはいえ、$1=100円で計算しても倍以上です。どうして日本人は CD を買うのに、こんなに高い対価を支払わなければならないのか、というのは当然の疑問です。

■価格と需要

自由経済において価格は需要と供給で決まるのですが、音楽のようなコンテンツの場合、“種類”を増やすためのコストはかかりますが、“供給数”を増やすためのコストは大きくありません。このため、ほぼ価格と需要の関係だけで決まると考えてもよいでしょう。とりあえず流通機構やら仕入れ価格といったものをすっ飛ばして考えますが、一般論として「価格が上がれば需要が下がる」という関係になることは容易に予想できます。

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営利企業にとっては、いかに売上を最大化するかが重要なのですから、できるだけ価格×需要が最大化するように価格を設定しようとします。たとえば、半額にして2倍も3倍も売れるなら、半額にするかもしれません。価格を2倍にしても半分以上売れると見込めるならそうするかもしれません。実際には、個々の作品について個別に価格を設定しているわけではないでしょうが、おおむね業界全体としてはそうした判断に基づいていると考えられます。たとえば、今 CD の価格を半額にして2倍の販売数が見込めるかというと(握手会抽選券と化した AKB48 の CD はともかく)そうした判断は難しいのではないかと思います。

■価格の段階

ソフトウェアではよくあることですが、“商品”のレベルによって複数の価格を設定することがあります。たとえば、初心者向けに機能を限定したものを安価(または無料)にしたり、業務用途に耐えうる機能的なものを高額にするといったことです。たとえば、Windows は Home Premium、Professional、Ultimate などのバージョンがあります。このように段階を設けることで、利用者の裾野を広げた上で、より高い収益を得ることを目指しています。

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また、Adobe の製品では一般向けの Photoshop Elements や Premiere Elements は安く設定されていますが、プロ向けの Photoshop や Premiere は桁違いに高額です。価格差と製品の差のバランスは重要です。安い製品がそれなりの機能を持っていると、もう少し高くてもよいと思うユーザーまで摘み取ってしまい、本当に高い製品の機能を欲しいと思うユーザー数が少なくなり、価格×需要を最大化するために価格設定を上げる要因となります。

■音楽コンテンツの種類

音楽コンテンツは、何も CD だけではありません。テレビで見たりラジオで聴くだけなら無料です。ジャニーズはいっこうに手を出しませんが、パソコン向けの音楽配信や携帯向けの着うたなどもあります。それぞれ目的が違うので単純に「段階」と言うことはできませんが、日本では「セルCD」に近いものとして「レンタルCD」があります。

実のところ、この「レンタルCD」はかなりの価格破壊力を持っています。近所(といっても2駅離れていますが)のツタヤでは、しばしば5枚で1000円というキャンペーンを行っています。自宅に居ながらでも、ネットでレンタルできます。ツタヤDISCASは1枚だと525円ですが、16枚まとめると単価200円で借りられます(送料込み)。楽天レンタルなら新作280円、旧作に至っては50円(今はキャンペーン中で39円)です(送料別)。しかも、音楽配信のように「ジャニーズがない」ということもなければ(在庫がない、ということはありえます)、通常は DRM で嫌な思いをすることもなく楽曲データがリッピングできます。
※価格はスポットレンタルの場合。

今どき、CD を買って、CD のまま聴く人がどれだけいるのでしょう。多くの人がリッピングして携帯プレーヤーなどで聴いているのではないでしょうか。CD という物理メディアを郵送するためには1~2日かかりますが、それを待てれば(かつレンタルの在庫があれば)高くても525円で楽曲データを入手できるのです。音楽配信でアルバムをまるごと購入するのは、アメリカでももっと高額です。たとえば、"Born This Way" でも $7.99 かかりますし、複数のアルバムを買うからとディスカウントされることもありません。
※洋楽は「レンタルCD」を否定しているため、あまりレンタルされることはありません。

元々音楽配信を利用するような人は、握手会抽選券やノベルティ、ジャケットといった「物理CDとしての付加価値」は必要ありません。音楽配信とレンタルCDの「値段の差」は、「CDが届くまで待つ必要がある」程度です。これならレンタルCDを選択する人が多くても不思議はありません。実際、日本レコード協会が発行している「日本のレコード産業」という資料(2011年度版)でも、CD などのオーディオレコードの生産金額は減り続けていますが(4ページ)、貸しレコード使用料・報酬はほぼ横ばいです(22ページ)。

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■レンタルCDの功罪

日本で音楽コンテンツが高いと言われる場合、たいてい「レンタルCD」が無視されています。世界中でレンタルCDが適法とされているのは日本だけです。レンタルCDが適法化された背景には、「(ビニール)レコード時代にカセットテープへの複製は劣化するからレコードの売上げに影響しない」→「法律上、CD はレコードと同じ扱いだから CD もあり」→「デジタルメディアへのダビングでは孫複製を禁止」→「CD-ROM ドライブによる楽曲データのリッピング」という歴史的な経緯がありますが、当初は「返した後もそのまま使える」という前提はありませんでした。

一方、レンタルCDが存在することで、安価に楽曲を入手したいという購入者層が根こそぎ摘み取られてしまっているともいえます。「今すぐ聴きたい」「手元に CD を残したい」「握手会抽選券が欲しい」といった要求がなければ、レンタルCD ですませればよいのです。逆に、「今すぐ聴きたい」「手元に CD を残したい」「握手会抽選券が欲しい」という要求を持つ購入者層に対しては、より高額な値付けをして売上(=価格×需要)を最大化していると言えます。たとえば、レンタルCDをできるだけ拒否している洋楽CDが、概ね邦楽CDよりも安く値付けされていることからも、こうした理由を推察できます。

レンタルCDは、日本でパソコン向けの音楽配信が普及しないことにも影響しているでしょう。携帯はパソコンがなくても楽曲を購入できますし、たとえリッピングした楽曲を携帯に転送しても“聴く”ことができるだけです。iTunes Store などの登場するずっと前から、日本では着メロ/着うた市場ができあがっていました。一方、(CDドライブ付の)パソコンを持っている人にとっては、CD をレンタルしてリッピングする方がずっと安価です。

レンタルCDは、レンタルと言っても「返した後もそのまま使える」という特異な業態です。スイスでは違法にアップロードされた著作物をダウンロードすることも合法化されたようですが、先進国で販売元からユーザーまでの間に違法性が介在することなく、メジャーな商用楽曲を合法に入手できるのは日本だけでしょう。日本の音楽コンテンツの値段を語るときにレンタルCDを無視することはできませんし、他の販売手法に与える影響を認識しておくべきです

mohno

先日のエントリにも書いた通り、(原子力発電のリスクを理由とするのではなく)原子力発電に対する社会的な不安が拭えないという現状は、脱原発を選択する理由になりうると考えています。しかし、脱原発の議論には疑問を感じるものがあります。とくに気になるのが、電力会社の事実上の独占状態をやめて自由化させようという動きです。

自由化して意味があるのは自由競争が機能する場合です。たとえば、タクシーのように自由競争が機能しないのに自由化しても混乱を招くだけです(タクシー自由化を成功事例だと思っている人は、駅前の長い行列を見たことがないのでしょう)。電力の自由化はどうすればよいでしょう。電力会社がそれぞれで利用者にまで電力線を配備するのは非現実的ですから、送電には現状のシステムを使い、発電を独立される発送電分離が検討されているようです。

まず、発電を分散させることが発電コストを抑えることになるかどうかという疑問があります。コンピューターでグリッドと呼ばれる仕組み(分散処理)が意味を持つのは、そこそこのパフォーマンスを持つ安価なコンピューターを組み合わせる方が、すぐれたパフォーマンスを持つ高額なコンピューターを使うよりも全体的なコストが割安になるからです。これに対し、電力において発電能力を分散する方が全体的なコストを安価に抑えられるとは考えにくいです。

また、発電効率や現実性を別にしても、ほんとうに複数の電力会社に競争させるのがよいかという疑問があります(そもそも現状で事故対策や賠償金がのしかかる東京電力を自由競争にさらすことは、賠償金を切り捨てさせることになりかねないのですが、これを言いだすと話が進まないので脇に置いておきます)。

通常の競争下では、利用者は電力が安定的に供給される限り、できるだけ安価な会社を選択するようになるでしょう。発送電が分離されているということは、発電側から利用者までは直接連結されているのでないので、どの電力会社を選ぼうと各利用者にとっての電力の安定度は変わりません。通常は利用者と発電所は離れていますから、利用者は発電所の安全対策など気にならないでしょう。そうなれば電力会社は安定化や事故対策の費用はできるだけ抑えようとするはずです。発送電分離で電力の安定供給に問題が生じかねないという指摘があるのも、このためです。

事故対策の基準を設けておけば大丈夫……といって大丈夫でなかったのが大地震で事故を起こしたのが福島原子力発電所です。原子力発電でなくとも、電力会社が事故が起こしたら利用者も離れてしまうでしょうし、何らかの賠償が必要になったとしても倒産してしまう可能性が高くなります。その場合、必要な賠償は国で負担することになるでしょう。東京電力も「潰してしまえ」という怒りの声にしたがって本当に潰してしまったら、原発事故の賠償はすべて国が負担せざるをえなくなるのと同じです。

かつて、固定電話でも電電公社の民営化とともに通信事業が自由化され、長距離電話サービスへの参入がありました。おかげで通話料は電電公社時代よりずっと安くなりました。携帯電話もキャリアの競争があるからこそ安い料金で通話できるようになりました。電力でも同じような利用者メリットが生まれる可能性はあります。しかし、予想もしなかった事故が起きたばかりです。何もなかった時期ならともかく、この時期にいざというときの責任を負いにくくなる仕組みを導入することが本当に必要なのか、慎重に検討してもらいたいものです。

mohno

サンガツが今後の作品の著作権を放棄」(ナタリー)という報道がありました(公式サイトの発表)。

サンガツが2012年以降の作品について著作権を放棄することを発表した。

彼らが今後どのように作品を発表していくのか具体的には明らかになっていないが、現存するフリーMP3レーベルのようなものは作らず、音源ベースで考えること自体をやめるとのこと。

著作権放棄は今年から5年間行われ、良い感触を得られれば5年後以降も続けるという。

公式サイトを見ると数年に1度というゆっくりとしたペースでアルバムを発表しているようなので、元々レコードの売上げが収入の中心ではなかったのかもしれません。また、「音源ベースで考えるのをやめたい」ということですから、今後、商業(並の)音源を作っていくということでもなさそうです。サンガツにとって何が「良い感触」という判断基準になるのかわかりませんが、5年後のようすを見守ってみたいと思います。

少し振り返ってみると、レディオヘッドが「In Rainbows」をユーザーが決める価格で売り出したのが2007年です(「レディオヘッド「値段はあなた次第」販売、日本でも」(ITmedia))。ユーザーが望むなら無料でもかまわないというもので、かなり話題になりました。しかし、レディオヘッドが同じ方法でアルバムをリリースすることはありませんでした(「レディオヘッド、pay-what-you-wantプロモーションは続けず」(CNet))。前後して、トレント・レズナー率いるナイン・インチ・ネイルズがアルバムを無料でリリースしたりしていました。いずれにせよ、こうした“斬新な試み”が音楽業界のスタンダードとして定着したようすは見られません

最近では「K-POP は著作権をうるさく言わないからヒットした」ということがまことしやかに伝えられるのですが、どうも腑に落ちません。音楽チャートを見ても、著作権にうるさいどころかネット配信すら拒否するジャニーズが台頭しています。そもそも日本にも著作権をうるさく言わないアーティストたちはいます。muzie というサイトには、無料で楽曲を提供しているインディーズアーティストたちがたくさんいます。jamendo で提供される楽曲は、すべてクリエイティブコモンズ(CC)ライセンスが設定されています。しかし、今のところは muzie や jamendo が商業的なヒットにつながるプラットフォームになっているとは言えないようです。

要するに「K-POP が著作権にうるさくない」というのも、K-POP をヒットさせる一つのマーケティングメッセージに過ぎないのではないでしょうか。それで思い出すのが、クリス・アンダーソンの『フリー』です。フリーミアムというビジネスモデルを提唱し、無料化の効用を説いた斬新な内容で話題になりました。コンテンツを無料にして、付加価値で稼ぐともっともらしく説明されていましたし、絶賛していた人も多かったと思います。これに賛同してフリーミアムモデルを取り入れようとした書籍もあったように記憶しています。では、『フリー』の出版元である「NHK出版」は、その後どれだけの書籍でフリーミアムモデルを採用したのでしょう。そう思うと『フリー』は「一匹目のどじょう」にすぎなかった気がします。

さかのぼってソフトウェアの世界でも「オープンソース」が普及し始めた時期がありました。そういう話題に乗ろうという動きがあった現場の近くにいたこともあるのですが、それによって商業的な成功が得られたかというと疑問です。

もちろん、誰かが命を捨てる覚悟で、つまり捨て身でマーケティングに取り組むというのであれば、それを否定するものではありません。誰にも自分で自分の道を決める権利があります。しかし、成功事例の一面だけをとらえて他人に対して命を捨ててでもやれというのは、ただの無責任でしょう。

まあ、「ステマ」と言ってみたかっただけです>タイトル

mohno

電子を“見る”ためには、“光”(光子)をあてる必要があります。しかし、光子をあてることで電子の軌道が変化してしまいます。このように観察すること自体が対象物に影響を与えてしまう場合は、純粋に「客観的な観察」はできないことになります。もっとも、より大きなレベルでは光子が与える影響は極めて小さいので、ほぼ客観的に観察できます。

前回のエントリでは、「不幸の予想は外れても予言者にとってのリスクが小さい」と書きましたが、不幸を予想すること自体がその不幸の可能性を高めてしまうこともあります。たとえば、知名度が高い人が「あの銀行が危ない」と発言すると、実際には健全な経営であっても取り付け騒ぎが起きて危ない状態になることがあります。wikipedia の「取り付け騒ぎ」の項目には、日本での事例が紹介されていますが、予想を公表したことが対象に影響して予想を成立させてしまうということもありえます。

以前見たテレビでは、メールマガジンで企業の株価の上昇や下落予想をメールで伝えるというサービスを提供している人が「株の神様」と呼ばれていました。メルマガ購読者へのインタビューで「本当にメールで伝えられた通りになるから、凄い」と称賛されていたのです。しかし、ある程度の会員数を持つようなら、日頃の取引量が少ない企業について「株価が上がる」「株価が下がる」と伝えることで、その会員が株を買ったり売ったりする力が働くのも当然です。これは純粋に予想を当てているとは言えません。

Winny 開発者逮捕の際、しばしば「これで開発者が萎縮する」と伝えられることがありました。私は「技術は中立だから技術者は責任を負わなくてもよい」とか「表現の自由があるから発言者は責任を負わなくてもよい」という意見には与しませんが、それでも Winny のように著作権侵害を容易にするツールの開発が萎縮される程度であって、一般的な技術利用に影響を与えることはないだろうと考えていました。これで P2P そのものにリスクを感じてしまうような開発者は、どうせたいした力量を持ち合わせていないでしょうから、大勢に影響があるとは思っていませんでした。

しかし、利用者からすれば「Winny も P2P も一緒くた」であり、利用者側で P2P 技術が使われているツールを避ける傾向が見られたという話はあるようです。開発者からすれば使われないものを作るのは無駄ですから、その意味で「開発者が P2P 技術を避ける」という結果を招いたことは事実として存在することかもしれません。しかし、これは「逮捕」によって萎縮したのではなく、P2P という技術の中立性が伝えられず、「開発者が萎縮する(ような技術)だと誤って伝えられてしまったこと」によるものです。

福島原子力発電所の事故について、どんな統計を持ち出したところで「影響がない」と断言はできません。しかし、原爆が投下された広島・長崎や世田谷の民家にあった夜光塗料の缶のことを思うと、有意の影響があるのかは疑問だと思っています。一方、“影響(と言われるもの)が観測される可能性”はあってもおかしくないとも思います。もともと避難生活を余儀なくされて、日々不安を抱えているわけです。その上、危ない、危ないと伝わってくるのですから、心労で体調が悪くなっても不思議はありません。

冷温化が発表されたとはいえ、事故が起きれば長期にわたる対応に迫られることがはっきりしたのですから、費用対効果などに関係なく脱原発を目指してもよいとは思います。石油資源が続く限りは、せいぜい発電コストが高くなったり温室効果ガスの排出が増える程度で、「絶対に替えがきかない」ものではありません。ただし、因果関係を特定することは、本来慎重な調査が必要なもので相関関係だけで因果関係を明言することはできないことは理解しておくべきだと思います。

mohno

とくだん信仰の自由にケチをつけるつもりはないのですが、いわゆる新興宗教の常套手段のひとつに「不幸を予想する」ことがあります。「××年には災いが世界を襲う」「このままではあなたに不幸に見舞われる」といって不安感を煽り、安心できる場所として新興宗教に招き入れるというものです。

一般論として不幸を予想することは、あまりリスクがありません。「不幸に見舞われる」と予想して、実際に不幸に見舞われなかったとしても、せいぜい「やっぱり何もなかった」と思われるだけだからです。もちろん、不幸を回避するために相当の投資をした場合には「必要ない投資だった」という批判が生まれるかもしれません。しかし、それは「投資によって回避できた」と言われるかもしれません。あるいは“予言者”は「私の力で不幸を回避できた」と言うかもしれません。また、たとえ低い確率だったとしても不幸に見舞われることがあれば、その人にとっては「予言者の予想した通りになった」と信頼してしまう理由になるかもしれません。宗教は信用してもらうことが何より重要ですから、新興宗教の勧誘のとっかかりが不幸の予言になるのは当然です。

逆に、安心を予想することにはリスクがあります。「安心です」と予測して、予想通りになったとしても、それを予言者の手柄だと思う人はあまりいません。よほどの事情がなければ、普通の人々は平常は問題なく生きているわけですから、誰かのおかげでそうなっているのだとは思いません(もちろん、神の御心という人もいるでしょうが)。しかし、「安心です」と予想したのに、不幸に見舞われた場合は予言者は大いに非難されることになります。

福島原子力発電所の事故で、東京電力も政府も責任を問われています。東京電力は、たんに予想するだけでなく安心への責任を負う立場ですから、事故が起きてしまった今、責任を問われるのは当然です。しかし、“加害者”とまで呼ぶ風潮はどうかと思います。東京電力にしろ政府にしろ、“後から考えれば”取れる対策はあったかもしれませんし、事故後にベストな対応が取れていたとは言えなかったかもしれません。しかし、この事故の直接的な原因は東日本大地震に他なりません。

今回の大地震は、津波によって1万5千人もの死者を出しました。「大地震が来ることを予想すべきだった」と思う人は、津波に巻き込まれる可能性が少しでもありそうな他の沿岸部に住む人たちにも転居するよう指示すべきだと思っているのでしょうか。あるいは今すぐ膨大な予算をかけてもっと高い防潮堤を建設すべきでしょうか。“田老の防潮堤”は「立派な防潮堤があるから安心して逃げ遅れた」とも伝えられました。東京電力に判断ミスがあったとしたら、それは万全の対策を取っているという自信(過信)があったからかもしれません。

そもそも電力会社が原子力発電に取り組むようになったのはオイルショックなどで多様な資源利用が求められるようになったという時代背景があります。電気料金は総括原価方式計算といって発電にかかる費用に一定の報酬を上乗せして決めるので、「原発の方が儲かる」わけでは本来ありません。火力発電だけを使ったとしてもコストを電気料金に上乗せすればよいのですから、電力会社が困るわけではありません。原発の地元が雇用の確保や交付金といった経済効果に配慮して意外に冷静なのとは対照的に、今、本当に脱原発したいと思っているのは、事故が起きた時のリスクを自ら取らなければいけないことがはっきりした電力会社なのではないかと思います。

コンピューターを使う際にウィルスやセキュリティ対策が必要ですし、戦争による惨事を避けるために防衛力は必要です。不幸の予想が必要ないわけではありません。しかし、原発事故の経緯で声高に不幸や危険を予想する人々を見ていると、勢いよく声を高めていられるのはその警告にリスクがないからではないかと思えてしまうのです。

mohno

gTLD の場合に比べて汎用JP(.jp)の削除は、単純です。.jp ドメインは、.com/.net など他のドメインとは異なり、登録日に関わらず1年後の月末が有効期限に設定されます。そして、この日を過ぎて期限切れになるとSuspended(停止)という状態になります(期限を過ぎて更新される場合もあります)。

JPドメインの whois 情報は、JPRS の whois サービスで確認できます。2012年1月20日現在、aircraft.jp というドメインが失効しているので、これを確認すると次のようになっています。


[登録年月日]                    2008/12/01
[有効期限]                      2012/01/31
[状態]                          Suspended
[最終更新]                      2012/01/01 00:18:25 (JST)

この状態になると1か月後にレジストラから削除され、再登録できるようになります。このドメインの場合は、2008年12月1日に登録され、2011年12月31日が元々の期限です。今年の1月1日未明にSuspended状態になり、1か月が経過した来月の1日(2012年2月1日)の午前1時頃から削除され、再登録できるようになります。

ただし、このようなワード系のドメインについては手作業で登録できない場合があります。gTLD の場合で説明したとおり、人気の高いものは登録競争が起きるためです。ただし、JPドメインは登録費/維持費が高いため、滅多に競争が激しくなることがないのも事実です(“よい名前”であることより過去にサイトが運営されていた残存トラフィックが狙われるケースが散見されます)。来月1日未明には、他にも beginner.jp、bra.jp、cycle.jp、databases.jp といったドメインが削除されますので、興味のある方は登録に挑戦してみてください。

mohno

新たに独自ドメインを登録しようとするとき、ほとんどの人(または企業)は、その時点で登録できるもの、つまり空いているドメインを探そうとします。以前にも取り上げたことがあるのですが、要するに誰も登録していないドメインというのは、あまり人気がない言葉(フレーズ)だということです。たいていは造語やスペルミスなので、その言葉自身を普及させるためのブランディングが必要になります。
※もちろん、"microsoft"(造語)や"google"(スペルミス)のような言葉で成功した例もあります。

人気の高いドメインは、誰かが登録しているものですが、それでも何らかの事情で更新されずに失効することはあります。ここでは、そのようなドメインがどのように削除されるかについて解説します。今回は、gTLD(.com/.netなど)が、どのような順序で削除されていくかについて取り上げます。実際には、人気が高いドメインを手作業で登録できることはまずありません。自分以外が登録しようとしないとわかっているような、個人的に再登録したいというものが、いつ解放されるかの参考としてください。

■レジストラ(ドメイン登録業者)の更新猶予期間

いわゆる「期限切れ」の状態です。おおむね45日以内ですが、この期間はレジストラによって異なります。レジストラによって対応は異なりますが、通常はネームサーバーが無効になり、レジストラの管理下に置かれます。また、ドメインの所有者は、期限切れ状態から更新して期限を延長できます。更新を忘れて自分のサイトにアクセスできなくなり、慌てて手数料を払って更新するといったことが多く、とくにサイト運営中のドメインであれば、期限切れから延長されることは少なくありません。ただし、更新猶予期間はレジストラによってばらつきがあり、数日で次の状態に移行してしまうケースもあります。

なお、gTLD の場合、レジストラ自身が「バックオーダー」(※)と呼ばれるサービスと契約していることがあり、期限切れドメインが削除されることなく別の所有者に移管されてしまう可能性もあります。
※ドメインの失効・削除を待ち、手作業の代わりに再登録に挑戦してくれるサービス。

■登録回復期間

レジストラで失効した状態で、この状態に移行するとレジストリ(.com/.net の場合は VeriSign)で回復することになります。期間は30日です。

http://www.betterwhois.com/ などのサービスでドメインの whois(所有者情報)を調べることができますが、このときドメインのステータスが表示されます。.com/.net の場合は、"Status" という欄が "redemptionPeriod" になっているものが登録回復期間にあることを示します("PENDING DELETE RESTORABLE" と表示される場合もあります)。何年か前までは、更新を忘れて失効してしまったドメインが即座に第三者に再登録されてしまうことがありました。そこで所有者が更新を忘れた場合にも、それに気づいて回復できるように設けられたのがこの期間です。

30日という期間はレジストリで設定されているので、どのレジストラで登録されたものでも一定です。ただし、前述のようにレジストラがバックオーダーサービスと契約している場合があり、このときは回復期間に移行することなく所有者が変更されることもあります(元所有者の回復の権利を保持するため、期限切れしてから30日以内に移管されることはありません)。

レジストラで期限切れした場合と異なり、レジストリでのドメイン回復は手数料が高額になります。通常は、数万円程度かかります(レジストラと大量登録の契約している場合でも250ドル程度はかかります)。このため、登録回復期間に移行した後で回復手続きが行われることは、あまりありません。ほとんどが30日経過すると次の状態に移行します。自分の希望するドメインがこの状態になったら、しばらく注目しておくとよいでしょう。

■削除準備期間

登録回復期間を過ぎると削除、つまりレジストリのデータベースから削除される準備に入ります。ステータスは "pendingDelete" になります。ドメインのこの状態に入ったドメインは回復できないので、削除を待つだけになります。

■削除

削除準備期間が5日経過するとドメインは削除されて、再登録できるようになります。実際には6日後、かつ時差を考慮して更新日(Update)に7日足した午前1:00過ぎ(日本時間)です。一度にすべてのドメインが削除されるわけではなく、1時間前後の時間をかけて徐々に削除されるようです。

たとえば、2012年1月19日現在、ceochat.com というドメインのステータスが pendingDelete になっています。このドメインの更新日(Update)が 2012年1月13日なので、もうすぐ削除され、再登録可能な状態になります。ただし、このような分かりやすいフレーズのドメインは、まず手作業で再登録できないでしょう(おそらく削除された瞬間を確認できることもないと思います)。

mohno

卒業式の国歌斉唱時、全教職員の起立指示 大阪府教委が職務命令」(産経ニュース)などで報じられているとおり、大阪府では学校行事で「君が代」を斉唱する際には教職員が起立することが職務命令となったようです。

まず、私自身は学校行事において「君が代」を歌うことを義務付ける必要を感じません。一方、それが義務付けられることに強い抵抗感はありません。たとえば、選挙において、候補者が君が代斉唱を義務付けするかどうかを他を要因を差し置いて判断材料とすることはないでしょう。

また、君が代に対して特別な思い入れもありません。日章旗や君が代と不幸な歴史が重なり合うことで嫌悪する人々の存在までを否定するわけではありませんが、日本という国で起きた、あるいは起こした歴史は、日章旗や君が代を否定することで忘れられるものではないとも思っています。これが私の立ち位置です。

■君が代は国歌

10年ほど前に国旗国歌法(国旗及び国歌に関する法律)が施行されました。つまり君が代は宗教ではありません。特定の宗教に依存するようなものは国歌として制定されないからです。肯定的にしろ、否定的にしろ、君が代に対して何かしらの信仰を持つ人がいたとしても、それは君が代を宗教とみなす理由になりません。

たとえば、学校で「宇宙の始まりはビッグバン」と教えるとします。「この世の始まりはビッグバンではなく、エル・カンターレが作ったのだ」と教えることに宗教的な意味合いがあるからといって、ビッグバン理論を教えることに宗教色があることにはなりません。あるいは「絵を描くときは画用紙を黄色に塗りなさい」「無理数は存在しない」といった宗教的主張があるからといって、「白い画用紙に絵を描くこと」「無理数を認めること」を宗教ということはできません。お犬様信仰を持つ人がいるからといって、保健所の人が宗教弾圧を行っていると批判されることはありません。

つまり、君が代の斉唱を拒否することに宗教的意味合いがあるとしても、義務付けることが宗教的な意味合いを持つ強制ということにはなりません。もちろん、国旗国歌法そのものが憲法の認める信仰の自由を侵害するという主張はありえます。私は、その主張が認められる可能性はないと思っていますが、その前提に立つなら大阪府ではなく国旗国歌法に対して憲法訴訟を起こすべきでしょう。

ちなみに、アメリカでは硬貨や紙幣に "In God We Trust"(我々は神を信じる)というモットーが刻まれています。「神を信じる」なんて宗教的な意味合いを持っているようにしか見えないのですが、最高裁では宗教的な意味合いがないと判断されました。裁判でも聖書に手を置いて真実のみを語ることを宣誓します。宗教によっては免除されるそうですが、そのような宗教的に見える“儀式”が当然のように行われています。そうしたことに比べれば、「君が代」に宗教的意味合いがないことは、ずっとマシな気がします。

■卒業式は職務

日本国民には信仰の自由が認められているのですから、誰しもエル・カンターレを信じ、画用紙を黄色く塗りつぶし、無理数を否定する考えを持つことができます。しかし、教職員にとって卒業式は職務です。職務の場を、個人的な信仰の発表の場とすべきではありません。教育の内容が教師の信仰によって歪められることは、無宗教という考え方を含めて生徒の信仰の自由を侵すことになります。したがって、(宗教ではない)君が代斉唱が義務付けられたのであれば、職務の場ではそれにしたがうのが職員の義務です。「信仰の自由があるので無理数は教えられません」という“自由”は認められないのです。

■処分の程度

職員が自らの意思で職務命令に沿わないのですから、何らかの処分があっても不思議ではありません。しかし、「言うことを聞けない奴はクビ」というほどのことでしょうか。物事には“程度”というものがあります。君が代を拒否することで“規律の乱れ”は指摘できますが、生徒の学力が大きく低下するといった“実害”があるとは思えません。私が通った中学校では、しばしば朝の職員会議に遅刻している先生がいましたが(小言は言われていたようですが)具体的に処分が下されたことはなかったと思います。

「戒告は裁量権の逸脱に当たらない」国旗国歌不起立訴訟 処分の妥当性、最高裁が初判断」(産経ニュース)では次のように報道されています。

卒業式などで国旗掲揚、国歌斉唱の際に起立しなかったことを理由に東京都教育委員会から戒告、停職の懲戒処分を受けた教職員らが都に処分の取り消しと損害賠償を求めた訴訟2件で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は16日、「戒告処分までは基本的に懲戒権者の裁量の範囲」との初判断を示した。

同小法廷は、戒告処分について「処分自体が教職員の法的地位に不利益を及ぼすものではない」と指摘し、「過去の処分歴の有無にかかわらず、処分は相当」と結論付けた。一方、「戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択することは、事案の性質などを踏まえた慎重な考慮が必要」と指摘。

最高裁は「停職や減給までは行き過ぎ」と判断したのです。これは妥当な判断だと考えます。

■民主主義と橋下氏

ことの発端は元大阪府知事で現大阪市長である橋下徹氏です。そして橋下氏は選挙によって選ばれました。松井現府知事も同じです。大阪府民が選んだ府知事の判断は、大阪府でしか有効ではありません。これは民主主義にもとづいた大阪府民の選択であることに疑いの余地はなく、これを独裁ということはできません。独裁とは、小数が多数の意思によらぬ権力を持つことです。民主的に多数の支持を得たことまでを否定することは民主主義を否定することにもなりかねません。

また、民主主義における少数意見の尊重とは、多数の意見を無視して少数の意見を採用すべきということではありません(むしろ、それこそが独裁的思想です)。少数の意見も尊重して考えるべきだということを多数に支持してもらう必要があります。多数でよってたかって個人をいじめることは、「多数でよってたかって個人をいじめることはよくない」ことを多数が賛同することで否定できます。

実のところ、私は、橋下元府知事や松井現府知事を選んだ大阪府民が積極的に君が代斉唱や起立を義務付けが必要だと考えて投票したわけではないと考えています。それほど追跡しているわけではないのですが、いわゆる反府知事と思われる人々の言動にも問題を感じることがあり、府民が橋下氏を選択したくなる気持ちもわからないではありません(余談ですが、大阪府民の選択を嗤う東京都民の人は、都知事が誰かを思い出すとよいでしょう)。義務付けに反対するのであれば、「府民の選択は“君が代”じゃない!」という署名運動などを行えばよいのではないでしょうか(やっているようですが)。

■議論の方向性

君が代の斉唱や起立の義務付けに反対するあまり、「このままでは北朝鮮のようになる」「天皇主権が戻る」などと煽る人がいますが、はたしてそうでしょうか。「北朝鮮のようになる」が具体的に定義されているわけではないですが、(北朝鮮と同じように国旗掲揚するようになるという程度の意味ならばともかく)自治体長を決めるために選挙が行われず、独裁君主によって国レベルで拉致を起こすような国になるかという意味であれば、その可能性はまずありません。

君が代斉唱に限らず、「〇〇によって恐ろしい結果になる」ということで反対することは、「○○」が採用されて何年も恐ろしい結果にならないことで否定され続けます。そうした主張は、「○○反対派の言うことはただの煽り」を肯定することになるでしょう。もう少し現実的な反対理由を挙げないと、常識的な反対派からも疎まれてしまうのではないでしょうか。

■「君が代」

ところで「君が代」とはどんな歌なのでしょう。

君が代は 千代に八千代に
さざれ石のいわおとなりて
苔のむすまで

「細かい石が大きな岩になり苔が生えるほど長く、君の世が続くように」というところでしょうか。ここでは「君=天皇」という前提をおきますが、天皇は憲法で次のように制定されています。

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

「天皇の地位は国民の総意に基く」のですから、要するに「国民の言うことを聞け」ということです。つまり君が代は「天皇家は、子孫ともども国民の言うことを聞いてろよ」というわけです。まるで半永久的な集団によるつるしあげを願うかのようです。思い起こせば、天皇には選挙権という国民の基本的な権利すら与えられていません。生物学的には我々と何ら変わらない天皇に対して、あまりにもひどい仕打ちではないでしょうか。

mohno

テレビの地上波放送でアナログ方式が終了した後、「地デジ移行でNHK解約が9・8万件に」(産経ニュース)は次のように報じました。

NHKは6日、7月24日の地上アナログ放送終了に伴う受信契約の解約の確定数が、9月末時点で約9万8千件、さらに東日本大震災の影響による解約が約4万3千件にのぼったことを明らかにした。

松本正之会長は「厳しい状況。テレビを見る環境を整えていただき、契約を少しでも増やす努力をしたい」と話した。

NHK は受信契約数を公開していますので、昨年から今年の分を抜粋して差分を含めてまとめてみました。

契約合計数対前月衛星契約対前月
22年1月末38,809,524+67,99214,617,387+64,034
2月末38,877,399+67,87514,691,864+74,477
3月末38,932,215+54,81614,752,048+60,184
4月末39,043,283+111,06814,834,622+82,574
5月末39,102,589+59,30614,900,680+66,058
6月末39,162,996+60,40714,975,475+74,795
7月末39,226,075+63,07915,046,671+71,196
8月末39,282,235+56,16015,116,199+69,528
9月末39,358,301+76,06615,192,097+75,898
10月末39,439,508+81,20715,277,391+85,294
11月末39,515,268+75,76015,365,334+87,943
12月末39,600,578+85,31015,462,521+97,187
23年1月末39,665,948+65,37015,542,211+79,690
2月末39,720,856+54,90815,616,315+74,104
3月末39,751,150+30,29415,672,261+55,946
4月末39,868,324+117,17415,749,394+77,133
5月末39,943,129+74,80515,820,680+71,286
6月末40,009,797+66,66815,895,888+75,208
7月末40,082,875+73,07815,977,205+81,317
8月末40,082,919+4416,013,303+36,098
9月末40,117,101+34,18216,060,799+47,496
10月末40,147,181+30,08016,121,381+60,582
11月末40,180,642+33,46116,183,307+61,926

増え続けていますね。

mohno


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大野 元久

大野 元久

平成元年にIT業界に入って以来、開発ツールに関わり、主にマーケティング中心に活動してきました。現在はフリーランス。

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