オルタナティブ・ブログ > ヨロズIT善問答 >

30年に渡って関わってきた米国のITの出来事、人物、技術について語る。

新しいコンピューティングの傾向

»

コンピュータは速ければ速い程良い、メモリーやストレッジは量が多くてアクセス・スピードが速い方が良いと思われてきた。もちろん、スーパーコンピュータ などはこの傾向が続くのだが、ここに来て新たな傾向が見られる。つまり、低電力消費のコンピューティングだ。サーバーの世界に低電力消費をもたらした SeaMicro(X86ではなく、ARMチップを使用)がチップ・メーカーの大手のAMDによって今年初旬に買収された。AMDは来年にはARM仕様の 64ビットのサーバーを販売する予定だ。スーパーコンピュータが性能向上するためには、CPUを含むそれぞれのコンポーネントの性能が向上する必要があ る、すなわちスケール・アップが必要だ。しかし、ウエブやSNSの応用では、そんなに高性能のコンピューターは必要ない。むしろ、アクセスが増えれば、そ れをたくさんのコンピュータに振り向ける方式が好まれる。振り分けられたコンピュータは低速で十分だ。つまり、スケール・アウトだ。スケール・アウトを援 護するコンピュータには高性能のCPUやその他のコンポーネントは必要がない。

では、低電力消費のコンピューティングはサーバーの分野だけなんだろうか。いや、むしろ今までには考えもされなかった分野への応用が進んでいる。最近シリコンバレーのサンタクララ市ARMのコンファレンスに参加した。
armtecon-title.jpg

基調講演はコンピューティングと電力消費の研究をしているStanford大学のJonathan Koomey 教授だった。2007年に米国環境保護庁が発表した米国データセンターによる電力消費のレポートの元になる仕事をするなど、この分野での専門家だ。
koomey-armtechcon.jpg

Stanford大学のJonathan Koomey 教授

教 授の話はコンピューティングの歴史をkWあたりどれくらい仕事ができるかというメトリックを使って、1940年代から現在に至るまでの変遷を語った。コン ピューティングの性能向上と言うとICの上にどれだけのトランジスターを搭載できるか(Moore's Law)という話が有名だ。この理論によると、約2年で搭載量は2倍になる。これは、スケール・アップの時代の話だ。現に、ICから発生する熱の処理の問 題でこれ以上搭載量を増加できないと言う地点にきており、それがMulti Coreを生んでいる。教授のメトリックはどれだけ少ない電力で仕事ができるかと言うもので、低電力消費の傾向にぴったりだ。

結論から言 えば、1.5年毎に同じ電力消費で出来る仕事量は2倍になっている。これを10年単位に直すと、100倍となる(複利計算)。このおかげで、以前は考えも できなかったアプリケーションが考案されており、その一部は実装されている。その一部だけをここで紹介しよう。薬の錠剤に仕込んだ微小のセンサーは薬が体 内で溶けると消化液に反応(電力源)して作動を開始する。そして、必要な情報を収集して体の表面に張られた小さなパッチでその電波を受けて、必要なコン ピュータにその情報を送ることができる。センサーで大きな問題となるのは、その電力源だ。数年持続するバッテリーを搭載するものが主だが、最近は思いもか けない電力源から、電力を得るものが開発されている。先ほどの消化液の他、血糖、熱、光、運動エネルギーなどが考えられる。中には、市街地で飛び交う様々 な電波を電力源にするものもあるとのことで、これは驚きだ。これには、TV、ラジオ、WiFi、無線電話、無線通信などの電波を含む。

今 後もこの傾向は続くだろう。では、どこまで消費電力を削減して有益な仕事ができるコンピューティングを推し進めることができるのだろうか。上で述べたよう なトランジスターの搭載数の限界はあるものの、MITの有名なRichard Feynman 教授の研究によれば、理論上この傾向(1.5年で同じ電力で仕事量が2倍)が頭打ちになるのは2041年とのことだ。後、30年近くある。上で示した例は 驚愕に値するが、今から30年後だと同じ電力での仕事量は何倍になるのか。複利計算なので、計算は読者に任せるが、かなりの数値になるだろう。驚愕を通り 越して、恐ろしい気もするが、考えてみれば30年後は筆者はもういないだろう。

Comment(0)