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30年に渡って関わってきた米国のITの出来事、人物、技術について語る。

IPはITの秘密兵器

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クラウドの続編は今週も延期。なにせパネル ディスカッションというのは事前に質問の打ち合わせはしてあるものの細かいところや回答まではシナリオに書いてない。そのため本番では議論が予定と幾分違う方向に向かうこともあるが、司会・進行係をしているとノートを取るわけにもいかない。録音があるのでそれを掘り起こせばよいのだが。。。ということで、「オオカミ中年」と呼ばれるのを甘んじて受けて、今週は短めのIPの話。

ブログは転送されたりするので実際どの程度読まれているのかを推し量るのは困難だが、どうもビルのエネルギー効率化の話は他のネタに比較すると人気がないようだ。そこで、どうしてビルのエネルギー効率化に興味を持ったのかを説明しようと思う。そうすれば何故突然IPの話が出てくるのかも分かってもらえるはずだ。

ずっとデータセンターを追いかけてきた。現在のデータセンターで指摘されている問題のひとつは運営に関するもので、ファシリティとITの間がしっくりいっていないという点だ。データセンターの運営はこの二者が協力してこそうまくいく。しかしこの2つは大きく隔たっており、協力とはほど遠い。この隔たりは文化の差に根ざしている。IT屋である筆者は仮想敵国であるファシリティを知ろうとビル管理について情報を集めた。そうしたら、ビル管理の分野ではいろいろな機能が完全に独立しており、データや情報をまったく共有しないことが分かった。しかし一部には、IPを使ってこれを改善しよういう動きが出てきている。IPを使うことで本当にビル管理はオープンになり進化するのだろうか。

振り返ってみれば、同様のことは以前にもあった。現在はICTとしてひとつに統合された(されつつある)ITと通信(C)だが、その過程では文化の隔たりと技術の違いは大きな問題だった。ITはデータ頭(data head)、テレコムはベル頭(bell head)と言われ、考え方に根本的な差があった。何でも標準が適用されオープンで進化の速いITと、標準はあるもののATT(分割以前)を中心とするあまりオープンでなく進化の遅いテレコム。こうしたITとテレコムがひとつになることはなかなか困難なことだった。しかしこれを打ち破ったのがIPだったと筆者は思っている。電話会社がすべてのISPを買収してしまったことはある意味では残念だった。しかし今から思えば、これは必然だった。その財力、政治力、独占力、顧客数は新興のISPなど問題にならないくらい強大だ。しかしこれで斬新な技術が失われたかというと、決してそうではなかった。今後の通信技術はオープンで軽いIPに移行すると見た電話会社がIPを取り込んだのだ。IPがメインストリートに躍り出て一等市民となったのだ。これ以降、電話会社はVoIPやモバイルなどの新しい方向も含め大きく進化している。電話会社の独占的スタンスは残るものの、今後も進化していくだろう。

ITIPという必殺技を次にどこに仕掛けるのか。スマートグリッドをリサーチしていると、商用ビルが次の標的として浮かび上がる。商用ビルの世界は空調、照明、防火、出入り制御などの様々な分野からなる大規模な市場だ(2兆円規模の市場)。だが各機能が独立していて(いわゆるサイロ型)それぞれ独自の制御が存在するため、莫大な無駄が存在する。これを仕分けすべきだ。それぞれをネットワークで結ぶBACnetなるものも開発されたが、オープン化はまだまだだ。ビル管理やエネルギー監視などを提供する会社は米国ではJohnson ControlHoneywellSchniederSiemensなど数社あり、それぞれが独自のクローズドの解を提供している。そのため、それぞれの解のためのエキスパートや独自の制御装置が必要となる。つまり金も掛かれば人も要る。同じビル管理のシステム内での通信や連絡が十分でないので、当然企業内のITとの連携は全くない。

ビルやキャンパスの管理者は、ビル管理と共にITも管理したい。ひとつのシステムでどちらも管理したいと思うのは当然であろう。ここでIPが登場する。IPと言えばCiscoだ。CiscoIPでビル管理に乗り出した。Ciscoの側(IP)にはIBMやオラクル、MSもいる。先ほどのISPと電話会社の関係では、2つの異なる文化の対決は巨人の電話会社対弱小のISPという構図だったが、ビル管理でぶつかっている2つの文化では、IP側の方がはるかに大きい。Johnson ControlsHoneywellの時価総額はそれぞれラフに26千億円と4兆円。殴り込みをかけるCiscoMSIBMはそれぞれ108兆円、230兆円と180兆円だ。大きさから言えばIP連合が圧倒的に勝っている。このためビル管理連合(敢えて反IPとは書かない)がIP連合を買収することは、その逆はあるかもしれないが、あり得ない。しかし、長年蓄積されてきた市場への浸透度や専門知識はビル管理連合が勝っている。大部分の商用ビルの管理システムはビル管理会社が作り上げてきたものだ。しかしこのままでは、圧倒的な資金力を持つIP連合が新規建設のビルに解を提供して、ビル管理会社側に追いつくのも時間の問題だ。このまま座して死を待つのか。ビル管理会社連合も手を打っている。数年前からIPの応用をしきりに主張し始めた。特にJohnson ControlsIETFにドラフトを提出し、自社のウェブサイトでもIPの重要性を説いている。

どうやら、既存のビルやシステムがまだ存在するので、直ぐにはIPがビル管理の分野を席巻することはないにしても、2兆円規模の米国のビル管理分野では、今後IPによるシステムが設置されるようになるだろう。IPITではないが、IPが利用される市場では当然ITの出番がある。以前書いたように、IT屋はITだけでは食っていけない。これからは、ITがまだ適用されていない大きな市場を考慮すべきだ。ITだけ持っていっても拒否されるかもしれないが、IPという秘密兵器があると、ほんの少し開いたドアをこじ開けることができるかもしれない。となれば、ITで殴りこみをかけることも可能かもしれない。ITの皆さん、希望を持ってそのような分野を探しましょう。スマートグリッドにはそのような分野がごろごろと転がっている。ビル管理もそのひとつ。ヒントは「岸本、ICTベンダ、スマートグリッド」で検索。

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