クラウドコンピューティングは黒船か、千載一遇のチャンスか
クラウドコンピューティングのことを書くとヒットが多く、データセンターのことを書くとあまり人気がないように思う。どうもクラウドコンピューティングと騒ぐ人に限って、それを実装しているものがデータセンターであるとは理解していないらしい。それどころか、データセンターが何か分かっていないようだ。これは日本だけの傾向でなく、アメリカでも同じだ。最近アメリカの国全体のCIOがアメリカ政府が自前のデータセンターを所有・運営するのは、電力消費やその他のコストが掛かり過ぎるので、他の会社や組織が運営するクラウドを利用するべきだと述べた。しかし、クラウドにしてもそこで消費される電力が削減するわけでもなし、アメリカのCIOという立場から言えば、国全体でエネルギー消費を考えなければならないので、この発言はかなり浅いと感じた。
本業でグリーンITやクリーンテックを扱うので、データセンターのグリーン(エコ)化は興味のあるところだ。データセンター事業者はこのクラウドの台頭をどう見ているのだろうか。最近データーセンターでファシリティ関連の人々が多く集まるコンファレンスに参加したが、受けた感じは「クラウドコンピューティングは黒船」だ。クラウドが出てきて、データセンター事業はもう駄目だという感じだ。多分にこれはクラウドコンピューティングが何か理解していない所から来るのだろう。しかし、ここでクラウドコンピューティングが何かとか議論する気はない。現在クラウド関係のメーリングリストやその手の会合にでると、SaaS、Paas、IaaS、パブリック、プライベート、外部、内部の他、それを更に細かく分けるような議論も進んでおり、クラウドを専門に追いかるのでなければ目まぐるしく変化するクラウドの分野を正しく理解することは困難だろう。その詳細を述べることもここではしない。
それで、残りの紙面を使ってアメリカのデータセンター事業者がこの「黒船」を使って「千載一遇のチャンス」にしようとしている現状を述べて見よう。これは最近数社のデータセンター事業者とクラウドの専門家との議論からの結論だ。この分野は日毎に変化しているので、明日はまた違う動きが出てくるかも知れない。
少し前、Yahooのシニアな研究者がクラウドを実装するには、巨大なデータセンターを建設して、多量のIT機器を投入して莫大な額の電力を消費するので、余程の体力のある企業でなければならないと述べた。その企業とはAmazon、IBM、MS、Yahoo、Googleである。この当時はまだYahooに対するMSの買収攻勢の前である。(ちなみに最新の報告によれば、Yahooの業績が持ち直してきたようだ。最近Yahooの本社に行ったが、活気に満ち溢れているような感じを受けた。)
この5社に共通するのは、巨大なデータセンターを建設して(詳細は「巨大データセンター 岸本」で検索)資本に任せて運営していることである。もし、このような大資本や体力なしでクラウドを展開できないのであれば、クラウドの世界は寡占でクラウドの使用料もカルテルで決められてしまうかも知れない。日本もこの5社の思うがままになってしまう。そうならないかも知れない例を上げて見よう。最初に述べたようにクラウドはデータセンターで実装されている。もう少し詳しく見ると、データセンターの箱もの(建物、電力、冷却、ネットワーク)、IT機器、ITソフトウエアと最後に運営スタッフに大雑把に分けられる。
このうち一番高いのが箱物だ。何十億円から何百億円も掛かる。しかも、一旦作ってしまえば移動することも出来ず保守にもコストが掛かる。ある時期にある市場が有望だというので、その地に建設しても数年で市場が移動するかも知れない。(クラウドであるからデータセンターがどこにあっても関係ないという議論もあるが、物理の法則で光や電子の速さにも限りがあり、遅延の問題でどこにあっても良いということにはならない。)であれば、クラウド屋さんとしてはなにも、自前のデータセンターを持つこともないだろう。既に全国にあるコーロケーション(データセンター事業の1つで、完成したデータセンターのフローアーをリース)を提供する事業者を利用すれば良い。これは利用してクラウドのサービス開始したのが、OpSourceだ。データーセンター事業者から見ると、事業の拡大になり歓迎だろう。また、単にフロアーをリースするだけでなく、クラウド屋さんと組んでサービスの一環として売り出せば、新規ビジネスにもなる。その例としてはデータセンター事業者のTerremark社だ。VMwareと組んでIaaSのクラウドサービスを展開し始めた。
更に、QaulityTechというデータセンター事業社との議論では、今後全てがクラウドにとって代わられるということはないだろうというと結論になった。コーロケーションのビジネスも存続するという予想だ。つまり、自前の機器を比較的近くのデータセンターにおいて管理したいというものだ。そのため、どこか数箇所だけにデータセンターが統合されることにはならない。これは日米どちらも同様で、なにか問題が起こった時や定期的に点検でデータセンター訪問するときは近くにあった方が良い。東京で、JRや地下鉄で比較的容易にアクセスのある山の手線の内側にデータセンターを求める傾向はこれで説明が出来る。
QualityTechはコーロケーションだけでなく、クラウドへの方向も検討している。但し、クラウドのサービスを展開するには専門知識が必要でそれを開発・運営・保守できる人材も必要であることを良く理解している。この時点で自前でそれを用意するのは、ビジネスリスクが大きく、マネージドサービス(IT機器の運営をアウトソースとして提供)を展開する会社と連携するのが得策である。QualityTech社はマネージドサービスの6Connectなどとそういった話を始めている。箱物はQualityTechでその上の必要なものは6Connectと棲み分けることになる。但し、実際のクラウドのコアになる部分はその分野に特化したSIも必要となる。Grid Dynamics社はそういったクラウドに特化したSIである。
前のYahooの人の議論によれば、ほとんど全てのクラウドは5社が独占して、中小のデータセンターは統廃合されて消えてしまいそうである。だが上で述べたような傾向が今後も続くのであれば、巨大クラウド(1社で上から下まで全部所有)の他、中小のクラウド(数個の要素を数社で提供)も出現しそうである。更に、中小のデータセンターで余剰のコンピューティング力を他のクラウド事業社に転売するビジネスも可能となるであろう。更に、Amazonなどが提供する一般的なコンピューティング力だけでなく、業種毎に必要な機能を盛り込んだクラウドも出現するだろう。例えば、リーテル、金融、高性能計算(HPC)の分野などだ。HPCのクラウドサービスを発表したPenguincomputingはHPCに特化しているため、Amazonのサービスに比較して実行時間もコストも安いと主張している。
結論としては、クラウドの分野は5社による寡占はなさそうだ。データセンター事業社はクラウドを「黒船」として捉えるのは必要で、それで大騒ぎするだけではなく、上に述べたような手段でクラウドを「千載一遇のチャンス」として新たな事業を提供できる機会だと理解すべきだ。