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テクノロジーの進歩は技術の衰退を招く?

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先日の松尾さんの記事からちょっと引用。

 わたしの記憶の限りでは、一番歌がヘタだといえば、浅田美代子、木之内みどり、大場久美子なんですが、ここでは大場久美子の「ディスコ・ドリーム」が取り上げられています。

 ありえないようなピッチ、リズムのゆれで、絶妙なヘタさ加減を聴かせてくれるのですが、なかでも大場久美子の「スプリング・サンバ」は絶品のヘタ歌唱で、日本一歌のうまいロックボーカルが「このリズム感と音程はぜったいだせねー。すげー」と絶賛していました。ただ、ヘタなだけではないのです。

確かに初めて聴いた時、「レコードですら下手なんて!」という印象はありました。これで商品化されているのか・・・と。

でもその後、色んな話を知るに従い、要はどこまで「技を駆使したかどうか?」だけなのではないか?と思い始めるようになりました。

実は昔から、下手なものを上手いかの如く聴かせるレコーディング技術はたくさんあった、とのこと。

(1)音を重ねて厚くすることでずれを補完

一番手っ取り早い、ということで、本人が何回か歌ったものをそれぞれ重ねることにより、本来の音程に対してずれている部分をぼやかす作戦。もしくはボーカルに対してエフェクターという機械を通して、そのようにする作戦。

これは手っ取り早い反面、不自然に分厚すぎてしまったり、どうしても同じところでつまずいてしまう人の音程の誤魔化しには利かない、というデメリット有。

某男性アイドルグループの初期の作品などには、本人の声、というより、全員で同じパートを歌うことにより同一の効果を見出しているものも多数ありましたね。

(2)パンチイン・パンチアウトでつなげていく

今のようにPC技術を活かしたデジタル・レコーディング機材が無い時代、楽器や歌といったそれぞれの音色を録音を後でそれぞれが調整できる形で録音するためには、トラック、と言われるテープの溝(あえてこう書きますが)がたくさん用意できるものは非常に高価でした。一番シンプルなのは、カセットテープのA面・B面それぞれのステレオで録音するためのLch・Rchを片面で使うことにより4トラックが利用できるもの。プロでも専用の機械で24トラックとか48トラックとか言っていた時代、良いのが出せるまで何回も何回も取り直した分をずーっと置いておくと、他の楽器の録音に影響が出るのでした。でも、今回録ったもの以上のものが次に出てくる保障は無い・・・。とした時に、とりあえず、ボーカルトラックだけを、良いところ取りして1本にしていく、という作業をしていたそうです。再生して音を聴きながら、その瞬間だけボタンを押すと録音できる、という専用の機材を使い、巧みに一部分だけすり返る、という。。。これがパンチイン・パンチアウトです。きちんと不自然に聴こえないようすり返るための耳と操作が必要、ということで、手間がかかったことには間違いない。でも、不自然な厚みはありませんし、あたかも本人が一気に歌い上げたかの如く聞かせることはできました。それでも弱点として、それぞれのトラックをつなげさえすれば一本完成できるように、曲を通して誤りが無い状態を用意する必要がありますし、下手すると、それができるまで、パズルのように何度も切った・貼ったを繰り返す必要があります。また、失敗すると、元の録音部分をつぶしてしまうことになります。

(3)超裏技!他人の声を使ってしまう

歌謡曲のレコーディングなどでは、忙しい本人達がレコーディング時にちょっとでも早く立ち向かえるために、「仮歌」というレコーディング対象曲を別の人が歌った参考例があるそうです。また、その参考例は、例外を除けば、本人にイメージをさせ易くするために、本人に近い声質を持った人、もしくは、本人の発声に似た形で仮歌を録音する別の人に歌ってもらったりするそうです。(2)のケースでいくらパンチイン・パンチアウトで録音しよう、とも、どうしても出せないフレーズがあった場合、その仮歌の方の声の部分をさらにエフェクターで加工し、より本人の声に近くした状態で、(2)のパンチイン・パンチアウトをしたそうです。

・・・全て自分が本で読んだ受け売りの話なので、実体験ではありません。したがって記述の正確性は確保できませんが、概ね「まぁ、それはありかも」と思っていただけるのでは無いでしょうか?

これらの技術、時間の制約、機械の制約、レコーディングに携わるスタッフとしてのプロの工夫やプライドから生み出された技術、というか技、と言えるのでは無いでしょうか?また、その生み出されたものは後のスタッフに伝承され続けていったはずです。

今やどうでしょう。

ボーカルの声の音程が狂っていれば、その声の声質を変えることなく、電子楽器で正確な音程を弾けばそれに連動してその音程に合わせてくれる機械が存在します。

切った・貼ったは耳で聞き取らなくても、波形を見て、マウスでコピー&ペースト。失敗したらそのアプリケーションなりメモリが許す限りアンドゥをすれば良い訳です。

さらに、「初音ミク」のようにわざわざ下手なボーカルに頼らなくても歌ってくれるものが出てきました。普段の話し声と歌声が違う人は結構居ます。極端な話、「初音ミク」に歌ってもらったものを、”これが私の歌声です”と言い切ってしまうことによって、全部それで済ませることだってできるかもしれません。

こういう時代、前述の(1)~(3)のようなしち面倒くさいことを誰がするでしょうか?もしくはそんなことをしていたことすら、語り継がれなくなり、やがてその技術すら無かった扱いになるかもしれません。

Technologyの進化無くして現代社会は生きられません。でも自分は、最新のTechnologyを理解しつつも、昔の技術をリスペクトする気持ちは持ち続けていきたい、と改めて思う今日この頃です。

【補足1】
ちなみに、このように、歌の下手な人を上手く聞かせるやり方はいくらでもある状態で、あえてやらなかった、所に、前述の歌手やそのスタッフ達の正直さや開き直り(?)があった、とも言えるし、「そこまでしなくてもどうせ売れるんだから」、という傲慢さがあったかもしれませんが。

【補足2】
正確には、今回取り上げたような職人さんの技は、和英辞典によるとSkillであり、Technologyとは言わないのかもしれません。したがって、Technology = 技術、なので、タイトルのような文章はあり得ないのでしょう。でも、それこそ今の日本、技と技術ってそれ程区別して使われていないようにも思います。それであえて記述してみました。

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