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「情報共有」・・・あらためて初歩から考える(2)

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先般、『「情報共有」・・・あらためて初歩から考える(1)』というタイトルで投稿をさせていただいた。おかげさまでこのブログのピックアップエントリーに取り上げていただいたり、大木さんの記事に取り上げていただいたり、早速“情報共有”のプロの吉川さんからコメントをいただいたりした。ありがたいことです。

「(1)って付けているぐらいなんだから、(2)以降もあるんだろう?」

いや、実際のところ、そんな思慮があって(1)を付けた訳じゃなく、色々思うことがあって、まとまりきれないので、とりあえずまとまったところから手をつけよう、そんな感じの(1)です。だから、何番まで続くかは不明です。

もしかしたら、いくつか書いているうちに、自分の頭の中の整理がついて、「前に書いたこと、前言撤回!」なんてことも出てくるかもしれません。あらかじめご容赦願います。

さて、(1)の件、吉川さんに下記のようにコメントをいただきました。

> あと本文にあった「情報の発信の形」を重視するケースというのにちょっとイメージがわき
>ません。発信情報の内容ではなく発信したという行為を重要視するケースなら知っている
>のですが・・・

今回はこのことについて書かせていただきたい、と思います。

「情報共有」を行うシチュエーションはきっとビジネスシーンだけに限らないのだ、とは思いますが、自分が居るビジネスシーンにおいて、よくこういう場面にぶちあたります。

1.「それ共有してもらってません!」
2.「共有するために関係者全員集めた打合せを・・・」
3.「上長を宛先に入れておいてその書き方はなんだ!」

・・・。

1.のケース。自分で見る限り、実際には”共有されている”ことを知っています。
ただ、”共有する”と名の付いた場面でわざわざ「これ共有しますからね~」と仁義を切った訳じゃない、とか、お互いの業務知識や業務理解レベルで受け取り方を誤っている、もしくは共有してもらえると思っている側の”共有するというものはこういったやり方でこういうものをすること”という理解がずれている、もしくは自分自身の勝手な理解に基づいているケースです。

2.のケース。情報共有とは全ての関係者が顔を揃えていないとできない、と信じているか、もしくは情報共有、とは”情報共有会”とか名前を付けたところにわざわざ来てもらわないと参加者が均一な理解ができない、と信じているか、”情報共有会”なる名前を付けた会を実施することが情報共有と思っているケースです。

3.のケース。ビジネスシーンですから、フランクな文章や言葉が推奨される訳ではない、にしても、情報共有に必要なのは、”中身”ではなく、まず”書き方”である、というケースです。

あくまで自分の主観に基づくものなので、「そのとおりじゃん!」と言われる方も居られるか、とは思いますが、自分はとても気になっています。

ProjectKさんがブログで書かれていましたが、

>双方に明確な目的のある情報の「伝達」ではなく、コミュニケーションの周辺部分でのやり>とりをもうちょっとだけスムーズにするための情報の「共有」が、情報共有の本質と考えるのだ。

そのとおり、だと思います。だが残念ながら、情報の信憑性や速報性、もしくは互いの親和性を高める手段、と言ったところに行くのではなく、型や方法にまず左右されている、ということが少なからずあるのではないか、と。

恐らく、イケイケドンドン型、なんかあてになるネタがあったら貪欲に吸収してガンガン行ってやるぜ~、なんていう攻撃型組織であったり、そこに居るスタッフのスキルやリテラシーが均一であったりする先進的組織であったりすると、
「情報のやりとりごときにそんな面倒なこと考えている暇があったら、次に進まんかい!」
ってなるんだろうな、とは思います。これも主観ですが。

だから、正直、「社内ブログ」が成立している会社、ってどういうルール、というかスタートで切れているんだろう、という疑問があります。

・・・誰が読む、もしくは読んでしまうことを想定した書き方 で、

・・・誰かが「あ、それいただき!」とか「あ、だったらこの人に聞いてみればいいんだ」と琴線に響く内容で

・・・誰かは積極的にそういった情報を探す動きができている。。。

また、是非ご意見をお寄せ下さい。よろしくお願い申し上げます。

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