CEO報酬2.28億円は「高い」のか「低い」のか----複数の調査が映し出す、日本の役員報酬の現在地
マーサージャパンが2026年8月26日に開催したメディア説明会で、同僚の河本裕也さん(組織・人事変革コンサルティング部門 プリンシパル、役員報酬・コーポレートガバナンスプラクティス リーダー)が、日経平均株価構成銘柄225社(日経225)を対象にした役員報酬の分析結果を発表した(EnterpriseZineが記事化)。

CEO報酬の中央値は、2022年度の1億8900万円から2025年度には2億2800万円へ拡大。報酬構成も、基本報酬中心から中長期インセンティブ重視へとシフトしている----このデータ自体、日本企業のガバナンスの変化を映す興味深いものだ。
ただ、この数字を「高い」と見るか「低い」と見るかは、比較対象によって大きく変わる。本稿では、マーサーの調査に加えて、同時期に公表されている他社の役員報酬調査も突き合わせながら、日本の役員報酬の現在地をより立体的に整理してみたい。
参考:EnterpriseZine「日経225のCEO報酬中央値、2025年度は2億2800万円で増加傾向続く──マーサージャパン」
---
■ マーサー調査が示す、報酬構成の変化
まず、河本さんが説明会で示したデータを整理しておきたい。
日経225企業のCEO報酬中央値(標準額)は、2022年度の1億8900万円から2025年度には2億2800万円へ拡大。実支給額でも1億2700万円から2億900万円へと増加した。
報酬構成比率の変化も顕著だ。基本報酬・短期インセンティブ(STI)・長期インセンティブ(LTI)の比率は、2022年度の「50%:30%:20%」から、2025年度には「40%:31%:28%」へと変化。変動報酬比率は59%に達している。特に上位10%(90パーセンタイル)の企業では、LTI比率が46%を占め、欧州主要企業の典型的な構成である「1:1:2(25%:25%:50%)」に近づいているという。
CEOへの個人業績評価の導入率も61%に達し、連結業績だけでなく個人の定性・定量目標を評価に組み込む企業が8割弱を占める。一方、社外取締役の総報酬中央値は1620万円へ増加し、売上高2兆円以上かつ指名委員会等設置会社では2230万円に達する。ただし社外取締役への株式報酬導入率は18%にとどまっており、河本さんは、株主の代理人として利益を共有すべきという考え方と、株価連動が経営行動を歪めかねないという懸念の間で、機関投資家の意見が分かれていると説明している。
---
■ 他社調査と突き合わせる:金額水準の違い
ここで、同時期に公表された他の役員報酬調査と数字を並べてみたい。調査対象企業や算出方法(中央値/標準額/実支給額など)が異なるため単純な横並び比較はできないが、それぞれの視点から日本の現在地が見えてくる。
デロイト トーマツと三井住友信託銀行が共同で実施し、2025年6月〜7月にプライム上場企業を中心に過去最高の1,319社が回答した「役員報酬サーベイ(2025年度版)」によれば、売上高1兆円以上企業のCEO・社長の報酬総額(中央値)は1億2390万円で過去最高を記録し、2021年の9860万円から25.7%増加した。同調査でも、固定報酬・短期インセンティブ・長期インセンティブの構成比は、全体で「58%:26%:16%」、売上高1兆円以上企業では「47%:29%:24%」となっており、マーサー調査と同様に、企業規模が大きいほどインセンティブ比率が高まる傾向が確認できる。
参考:デロイト トーマツ グループ「『役員報酬サーベイ(2025年度版)』の結果を発表」
またHRガバナンス・リーダーズ(HRGL)が実施した「2026年度日米英CEO報酬調査」によれば、2025年におけるCEO報酬額の中央値は、日本が約3億円、アメリカが約40億円、イギリスが約9億円。日本の報酬額は2021年比で約1.7倍に増加したものの、米国との格差は2021年の約15倍から約13倍への縮小にとどまり、依然として大きな開きが残っているという。
参考:HRガバナンス・リーダーズ「日本の大企業CEO報酬は5年で約1.7倍となるも、米国・英国との報酬格差は依然として大きい」
さらにWTWが実施した「日米欧CEO報酬比較」(2025年調査、2024年度ベース)では、日米英独仏5カ国の売上高等1兆円以上企業を対象に、報酬構成の内訳まで示されている。米国は基本報酬9%・年次インセンティブ19%・長期インセンティブ72%で合計19.9億円。英国は23%・35%・42%で合計8.2億円。ドイツは26%・35%・39%で合計8.7億円。米国の突出した長期インセンティブ比率と報酬総額の大きさが際立つ。
参考:WTW「『日米欧CEO報酬比較』2025年調査結果を発表」
---
■ 各調査から見えてくる、共通のトレンドと相違点
対象企業のカバレッジ(日経225、プライム上場、売上高1兆円以上など)が異なるため、金額の絶対値は調査によって差があるが、共通して見えてくるトレンドが二つある。
一つは、報酬総額が継続的に増加していることだ。マーサー調査では2022年度から2025年度で約1.2倍、デロイト調査では2021年から2025年で約1.26倍、HRGL調査では2021年から2025年で約1.7倍----算出方法や対象は違えど、いずれも右肩上がりの傾向を示している。
もう一つは、報酬構成における変動報酬・長期インセンティブ比率の上昇である。マーサー調査の「40:31:28」、デロイト調査(売上高1兆円以上企業)の「47:29:24」、そしてHRGLが11月に公表した日経225構成企業の役員報酬調査でも「変動報酬比率は約6割と年々拡大」という共通のメッセージが示されている。日本企業の役員報酬は、固定報酬から成果連動報酬へと、複数の独立した調査によって同じ方向性が裏づけられている。
一方で、国際比較の視点を持つWTWやHRGLの調査が示すのは、この変化のスピードにもかかわらず、米国・英国との格差は依然として大きいという事実だ。日本のCEO報酬が5年で1.5〜1.7倍に増加しても、米国とは十数倍の開きが残る。「日本企業のトップ層で欧米並みの中長期インセンティブ重視へのシフトが進んでいる」というマーサー調査の指摘は、あくまで「報酬構成の設計思想」レベルでの接近であり、「金額水準」そのものはまだ大きく異なる、という点を押さえておく必要がある。
---
■ なぜ、この変化が起きているのか----政策的な背景
この一連の動きの背景には、コーポレートガバナンス改革をめぐる政策的な後押しがある。
2025年4月30日、経済産業省は「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」および「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」を公表した。この政策的な文脈の中で、報酬制度は単なる処遇の問題ではなく、経営者に中長期の企業価値向上へのコミットメントを促す装置として、位置づけが強まっている。
またWTWの分析では、2026年3月に金融庁が要請した有価証券報告書の開示前倒し等の施策により、今後、機関投資家からの報酬への関心がさらに高まり、報酬決定プロセスに関する開示の拡充がいっそう重視される可能性が高い、とも指摘されている。役員報酬は、「決める」段階だけでなく「説明する」段階においても、透明性を問われる時代に入りつつある。
---
■ 個人業績評価という論点----「連結業績だけでは測れない」という発想
マーサー調査で示された、CEOへの個人業績評価の導入率が61%に達しているという点も、掘り下げる価値がある。
これは、CEOの評価を会社全体の業績(連結売上高や利益といった財務指標)だけに委ねるのではなく、中期経営計画の進捗、事業ポートフォリオの入れ替え、人的資本経営や次世代リーダー育成への取り組みといった、より個別具体的な経営課題への対応を、報酬設計に反映させる動きだと理解できる。
HRGLが公表しているTOPIX100社の人的資本関連情報開示状況調査でも、サクセッション・次世代リーダー育成等の開示率が上昇しているという結果が示されている。CEOの個人業績評価と、人的資本の開示強化は、根っこでつながっている。経営者の報酬を、財務数値だけでなく「組織をどう強くしたか」という観点からも問う流れが、静かに広がっている。
参考:HRガバナンス・リーダーズ「ダイバーシティに関する取組みの開示企業は約9割 サクセッション・次世代リーダー育成等の開示率も上昇」
---
■ おわりに----報酬制度は「経営の意思表示」である
複数の調査を突き合わせて見えてくるのは、日本企業の役員報酬が、単なる金額の上昇ではなく、設計思想そのものの転換期にあるという事実だ。
固定報酬中心から変動報酬中心へ。会社全体の業績評価から、個人の経営課題への対応を含めた多面的な評価へ。そして社外取締役の報酬設計をめぐっても、株主との利益共有と経営の健全性のバランスという、簡単には答えの出ない論点が議論され続けている。
報酬制度は、経営者にどんな時間軸で、どんな成果を求めるかという、経営の意思そのものを映す鏡である。日本企業がこの数年で見せている変化は、コーポレートガバナンス改革という大きな潮流の中で、その意思表示のあり方そのものを問い直している過程なのだと思う。
国際的な報酬水準の格差はまだ大きい。しかし、報酬構成という「設計の中身」における変化のスピードは、確実に上がっている。この二つの視点----「まだ遠い」という事実と、「着実に近づいている」という事実----を、両方とも正確に押さえておくことが、これからの役員報酬制度を議論するうえで欠かせないと思う。
参考リンク
・EnterpriseZine「日経225のCEO報酬中央値、2025年度は2億2800万円で増加傾向続く──マーサージャパン」
・デロイト トーマツ グループ「『役員報酬サーベイ(2025年度版)』の結果を発表」
・HRガバナンス・リーダーズ「日本の大企業CEO報酬は5年で約1.7倍となるも、米国・英国との報酬格差は依然として大きい」
・WTW「『日米欧CEO報酬比較』2025年調査結果を発表」