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「AI導入したのに、仕事が楽にならない」の正体----削減時間は消えたのではなく、どこかに流れている

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ITmedia NEWSに掲載された久松剛さんの記事「『AI導入したのに、仕事が楽にならないんだが?』の正体」を読んだ。多くの現場が漠然と抱いている違和感を、極めて解像度高く言語化した内容だったので、本稿ではその要点を整理しながら、私自身の考察を加えてみたい。

参考:ITmedia NEWS「『AI導入したのに、仕事が楽にならないんだが?』の正体 虚空に消えるあなたの"削減時間"、その行き先は......」(久松剛氏、2026年9月3日)

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■ 「海外は数万人削減」なのに、自分の職場は変わらないという違和感

久松さんは冒頭で、多くの人が感じているであろう感覚を端的に描く。「海外企業がAIで数万人を削減」というニュースは毎週のように流れてくる。しかし自分の職場を見渡すと、AIを導入したのに残業は減っていないし、人が減る気配もない。減ったはずの作業時間の代わりに増えているのは、AIの利用料だけ----という感覚だ。

久松さんは以前、実装が速くなった分だけ意思決定の回数が増え、「手を動かす疲れ」が「考え続ける疲れ」に置き換わったという趣旨の記事も書いていたそうだが、最近はその声の質が変わってきているという。「疲れた」ではなく、「結局、楽になっていない」という声に。

そして、AIによる業務の削減効果そのものは疑うべくもない。だとすれば「効果がない」のではなく、「効果がどこかに消えている、あるいは吸収されている」と考えるのが自然だ、と久松さんは論を進める。本稿では、その"消えた効果"の行き先を、記事に沿って整理してみたい。

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■ 第一の消失点:測定の不在

久松さんが最初に指摘するのは、業務そのものではなく「測定」の問題である。

セミナーなどで紹介される「1年で6時間削減」「年1回・15日かかっていた作業が15分になった」といった効果事例は、削減自体には成功している。しかし後者は、頻度としては年に1度。開発にかけたコストと時間で考えれば、担当者の負担軽減効果は誤差の範囲に収まってしまう。

こうした「実はあまり負担軽減できていない」数字が出てくる理由を、久松さんはこう説明する。導入前のベースライン(工数の棚卸し)を誰も測っておらず、導入後になって「何か測れるものはないか」と探した結果に過ぎない、と。本来は事前に工数を棚卸しし、削減効果を比較すべきなのに、順序が逆になっている。とりあえず導入だけが先行し、たまたま測れた小さな業務の数字だけが報告書に載る、という構図だ。

さらに久松さんは、より致命的な問題として、「浮いた時間の"行き先"が定義されていないこと」を挙げる。仮にAIで1日30分が浮いたとしても、その時間を何に使うか----たとえば残業削減に充てるといったことが事前に決まっていなければ、担当者にはただ別の業務が静かに流れ込むだけになる、という。

そしてこの構図は、経営と現場のあいだにも及ぶ。経営が期待するのは人数や金額の改善だが、現場が示せるのは「時間をどれだけ削減できたか」。この両者の"換算ルール"が共有されていなければ、現場がいくら時間削減の成果を積み上げても、経営からは「で、いくら儲かったのか」という一言で片づけられてしまう。久松さんはこれを、時間削減はコスト削減そのものではない、業務削減の結果として人が減らず残業も減らなければ、損益計算書には1円も現れない、という言葉で締めくくっている。

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■ 第二の消失点:ツール解約という「見えない負債」

久松さんはもう一つ、注意すべき落とし穴として、SaaSツールの解約という事例を挙げる。

AI活用によって独自ツールの内製が容易になり、結果として外部SaaSを解約できた----という報告は、AI活用の成果としてよく語られる。しかし久松さんは、これにも注意が必要だと指摘する。

そのツールが法制度の改変への追従が必要な領域を扱っていたり、周辺サービスとの調整コストが高かったり、セキュリティ要件が厳しかったりする場合、内製に切り替えることで、その対応に人員が張り付くことになる。トータルで見れば、SaaSを使い続けたほうが低コストだった、という結論も十分にあり得るという。

ここで久松さんが指摘する非対称性が興味深い。ライセンス費用は請求書として明確に可視化される一方、内製の保守工数は、誰かの残業時間の中に紛れ込み、見えなくなる。慣れたツールからのUI・UX変化が利用者の不満を招く点も見落とされがちだ、と。

そして、ツールを解約した先に待っているのは、自前で面倒を見るという仕事だ。利用ガイドラインの策定、ガードレールとログの整備、シャドーAI・シャドーITの検知、情報漏えい時の対応手順、社内問い合わせ窓口、そしてトークン従量課金という予測しづらい変動費の管理----これらはすべて、AIを導入しなければ存在しなかった業務である。

久松さんはこう締めくくる。効果測定において、こうした増加分が削減分から差し引かれないことも少なくない。その場合、本来は効率化の推進役であるはずの情報システム部門こそが、効率化によって最も業務が増える部署になりかねない、と。この一節は、皮肉でありながら、極めてリアルな警告だと感じた。

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■ この記事が指し示す、より大きな構造

久松さんの記事は4ページにわたる連載記事で、目次によれば、この先「ボトルネックが消えたのではなく、移っただけ」「AIで効率化する業務が間違っている」「人手不足の常態化が、浮いた工数を吸っていく」「『人を減らせない』日本はどうするべきか」「成果を決めるのは『浮いた時間の行き先』」といったテーマにも踏み込んでいくようだ。今回紹介した前半部分だけでも、日本企業がAI導入において直面している構造的な課題を、極めて具体的に浮かび上がらせている。

そしてこの構造は、私がこれまで紹介してきた複数の海外調査の知見と、鏡合わせの関係にある。

以前、Deloitte・KPMG・Salesforce・Accentureという4社の独立調査を紹介し、そこで一貫していたのは「AIエージェント導入の先行企業と停滞企業を分けるのは、導入数ではなく、明確な責任体制、強固なガバナンス、そして実際のコストを正確に可視化できているかどうかだ」という結論だった。久松さんが指摘する「測定の不在」「浮いた時間の行き先が定義されていない」という現象は、まさにこのガバナンス不在の日本版の実例だと言える。

またマッキンゼーの分析では、多くの企業がAIエージェントの活用状況を「ログイン数」「ライセンス数」「プロンプト量」で測っている一方、本当に測るべきは「仕事が良くなったかどうか」だという指摘があった。久松さんが挙げる「導入前のベースラインを誰も測っていない」という状況は、この指摘が日本の現場でどう具体的に表れるかを、鮮やかに描いている。

さらに、以前紹介したテックタッチ社の調査では、生成AIが最も定着している業務でさえ、71.5%が業務システムとは別画面での"コピペ運用"にとどまっているという結果が示されていた。久松さんの記事が描く「時間削減効果が測定・組織構造に反映されない」という現象は、この「コピペ運用」が組織のより大きなレベルで繰り返されている姿だとも言える。ツールを入れることと、それが人員配置や業務設計、そして損益計算書にまで反映されることの間には、まだ大きな溝がある。

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■ 「時間削減」と「コスト削減」を混同しないこと

この記事が突きつける、最も本質的な一文は、時間削減はコスト削減そのものではない、というものだ。

多くの企業のAI導入報告書には、「〇〇時間削減」という数字が並ぶ。しかしその数字が、実際の人員配置の見直しや、残業時間の削減、あるいは新しい高付加価値業務への再配置につながっていなければ、それは経営にとって、財務諸表上は何も起きていないのと同じである。

これは、私が繰り返し書いてきた「AI活用の本質は、技術の導入ではなく人と組織の変革にある」という命題の、最も具体的な症状の一つだと思う。「時間が浮いた」という事実の先に、「その時間で何をするか」「誰がどう配置転換されるか」「その結果、コスト構造がどう変わるか」という設計がなければ、削減効果は文字通り虚空に消えていく。

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■ 日本企業への示唆

久松さんの指摘を踏まえ、実務的な示唆を三点挙げたい。

第一に、AI導入前に必ずベースラインを測定することである。「導入後にたまたま測れた数字」ではなく、「導入前の工数を棚卸しし、導入後と比較する」という順序を徹底しなければ、効果測定は最初から歪んだものになる。

第二に、「浮いた時間の行き先」を事前に設計することである。時間が浮いたら何をするのか、残業削減に充てるのか、別の高付加価値業務に振り向けるのか。これを決めずに導入だけを進めれば、浮いた時間には静かに別の業務が流れ込み、効果は消える。

第三に、経営と現場の「換算ルール」を共有することである。現場が示せるのは時間の削減、経営が求めるのは金額や人数の改善。この間の変換ロジックを、あらかじめ合意しておかなければ、現場の努力は正当に評価されず、経営の期待も満たされない。

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■ おわりに

「AI導入したのに、仕事が楽にならない」という感覚は、多くの現場で共有されているものだと思う。久松さんの記事が優れているのは、その感覚を「効果がない」という結論に短絡させず、「効果はどこに消えているのか」という、より生産的な問いへと転換している点だ。

測定の不在、行き先の未定義、換算ルールの不在、そして内製化に伴う見えない負債。これらはすべて、技術の問題ではなく、組織設計とガバナンスの問題である。

AI活用の本質は、技術の導入ではなく、人と組織の変革にある。削減された時間は、消えているのではない。それをどう扱うかという設計を、私たちがまだ用意できていないだけなのだと思う。

参考リンク
ITmedia NEWS「『AI導入したのに、仕事が楽にならないんだが?』の正体 虚空に消えるあなたの"削減時間"、その行き先は......」(久松剛氏)

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