「ジョブ型人事は失敗だらけ」への違和感----問うべきは「なぜ失敗するか」ではなく「誰の仕事の結果か」
日経ビジネスに「失敗だらけのジョブ型人事、あなたの会社も当てはまる 4つのタイプで分かる落とし穴」という特集記事が掲載され、業界内で話題になっていた。ジョブ型雇用の現場でつまずきが多いという問題意識そのものには、私も全く異論がない。むしろ、日々のコンサルティングの現場で最も多く向き合っているテーマである。
しかし、この「失敗だらけ」という言葉を目にしたとき、私の中に一つの違和感が生まれた。「ジョブ型人事が失敗している」という現象を見たときに、本当に問うべきは「なぜ失敗するのか」ではなく、「その失敗は、誰の仕事の結果なのか」ではないか、という違和感である。
本稿では、この問いを起点に、ジョブ型人事の失敗をめぐる三つの論点を、私なりに整理してみたい。
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■ 論点①:「スキルベース」は、教科書通りに入れても定着しない
スキルベース組織論は、いまや人事業界の共通言語になりつつある。しかし、私が現場で繰り返し目にしてきたのは、スキルを精緻に定義し、要件を整備し、教科書通りにスキルベースの制度を導入したにもかかわらず、結局「資質や志向性が組織と合わず、離職してしまう」というケースだ。
スキルは「何ができるか」を語る。しかし「その環境でどう振る舞い、何を大切にするか」というパーソナリティの領域までは、スキルという概念だけでは語りきれない。私がnoteの連載「AIエージェント時代の組織デザイン」で一貫して書いてきたのは、人材マネジメントが「ジョブベース → スキルベース → パーソナリティベース」へと進化するという主張である。スキルベースはゴールではなく、通過点にすぎない。
参考(筆者note):AIはスキルを奪う。最後に残るのはパーソナリティだ。
この進化を見据えず、教科書レベルの理解で制度設計を終えてしまえば、失敗は起こるべくして起こる。スキルベース組織を掲げるコンサルティング会社の多くが、このパーソナリティという最後のピースを、実装の設計図の中にまだ十分に組み込めていない。これは、フレームワークそのものの問題というより、そのフレームワークを「誰が、どこまで深く」使いこなしているかという、実践知の深度の問題だと考えている。
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■ 論点②:AI時代には、「ジョブ」と「人」を分解する必要がある
もう一つ、これからのジョブ型雇用の議論で避けて通れないのが、AIエージェントの存在である。
AIが業務を代替・拡張する時代、従来のジョブディスクリプションは「人が担う仕事」を前提に設計されている。しかしAIエージェントが「第3のワークフォース」として組み込まれる組織では、職務(ジョブ)そのものを、人が担う部分とAIが担う部分に分解して再設計する必要がある。以前noteで、CHROが「人の責任者」から「働くこと(Work)の責任者」、Chief Work Officerへと進化するという仮説を書いたが、この進化の出発点にあるのが、まさにこの「ジョブと人の分解」という作業である。
参考(筆者note):10年後、「人事部」という名前は消える。CHROはAIエージェントのCEOになる。
この視点を欠いたまま、従来型のメンバーシップ型雇用を単純にジョブ型へアップデートしようとしても、数年で前提が崩れる。いま設計されている多くのジョブディスクリプションは、AIエージェントの存在を織り込んでいない。これは、ジョブ型雇用という思想の限界ではなく、その思想を「2026年以降の環境変化」に合わせてアップデートし続けられていない、運用側の遅れだと私は見ている。
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■ 論点③:失敗の責任は、「思想」ではなく「運用」にある
ここが、最も本質的な論点である。ジョブ型雇用の思想そのものは、決して間違っていない。適所適材、成果による処遇のメリハリ、キャリア自律----これらは日本企業に必要な転換だ。
では、なぜ現場では失敗が相次ぐのか。私の見立ては明確である。問題は思想の側にあるのではなく、その思想を「運用ガイドライン」や「等級・評価制度の細部」にまで落とし込み、日々の意思決定として血の通った形で機能させる、実装・運用の側にある。
以前、リクルートマネジメントソリューションズの調査を紹介した際、ジョブ型人事の運用上の最大の障壁は「人事部の人員不足」と「管理職の知識・能力不足」だというデータに触れた。制度の思想を描く力と、それを組織の隅々にまで実装し、日々の運用として回し続ける力は、まったく別のケイパビリティなのである。
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■ 業界構造そのものに埋め込まれた、役割の違い
この「思想」と「運用」の分離は、実は個々のコンサルタントの力量の問題である以上に、人事コンサルティング業界そのものの構造に埋め込まれた違いだと、私は考えている。
会計・税務・監査を土台に据え、業務改革やシステム導入までを一気通貫で請け負う総合系ファームにとって、人事制度は数あるプロジェクトの一つであり、その主戦場は、制度を「運用に落とし込み、動かし続ける」設計・実装のフェーズにある。膨大な人員を動員し、規程やマニュアルを整備し、システムに実装し、現場への浸透施策まで走らせる。この実行力・実装力こそが、総合系ファームの本来の強みだ。
一方、組織・人事に特化してきたブティック系ファームにとっては、報酬哲学や等級思想、ジョブそのものの再定義といった「思想」の部分こそが、長年蓄積してきた専門性の核である。何を評価し、何に報い、組織として何を大切にするのか----この根源的な設計思想を、業界横断のベンチマークデータと理論的な裏づけを持って構築する。これが、専門ファームが長年磨いてきた領域である。
つまり、ジョブ型人事の成否を論じる際には、「誰が思想を描き、誰がそれを運用に落とし込んだのか」という役割分担そのものを、まず問う必要がある。思想を描いた側だけを免罪し、運用を任された側の力不足を「ジョブ型そのものの限界」にすり替えてしまえば、同じ失敗はこれからも繰り返されるだろう。
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■ 「失敗の帰属」を誤ると、何が起きるか
この帰属の誤りが引き起こす問題は、決して小さくない。
もし「ジョブ型雇用という思想そのものが失敗している」という結論に至ってしまえば、企業はせっかく踏み出した適所適材・成果連動という転換の歩みを、再び後退させてしまうかもしれない。実際には、思想は正しく、実装が不十分だっただけなのに、である。
逆に、失敗の原因を正確に「運用・実装の不足」に特定できれば、企業が次に取るべきアクションは明確になる。制度の骨格を見直すのではなく、その骨格を実際に機能させるための、管理職教育、評価者研修、業務プロセスへの落とし込み、そして継続的なモニタリング体制の強化に、資源を投じるべきだということが分かる。
以前このnoteで紹介したリクルートマネジメントソリューションズの調査でも、導入する施策の数が多い企業ほど成果実感が高く、7つ以上の施策を実施している企業では約7割が成果を実感しているという結果が出ていた。ジョブ型は、等級を組み替えるだけの単発施策ではなく、複数の運用施策を面で展開して初めて機能する。この「面での実装」を担えるかどうかが、成否の分水嶺なのである。
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■ おわりに----思想と実装、両方に責任を持つということ
ジョブ型人事の「失敗」を語ること自体は簡単だ。しかし、その失敗が思想の欠陥なのか、運用の欠陥なのかを見極め、責任の所在を正しく特定することこそが、次の成功への第一歩だと思う。
そして本来あるべき姿は、この「思想」と「運用」を分断させたまま、それぞれの立場から相手を批評し合うことではない。制度を描く力と、それを実装し血の通ったものにする力の両方を、一気通貫で責任を持って提供できるかどうかにこそ、これからのコンサルティングの価値があるはずだ。
ジョブ型人事の失敗を、単に「ジョブ型は日本に合わない」という思想への懐疑に矮小化するのではなく、「誰が、どの工程で、何を欠いていたのか」という、より解像度の高い問いへと、業界全体の議論を進めていきたいと思う。
参考リンク
・AIはスキルを奪う。最後に残るのはパーソナリティだ。(筆者note)
・10年後、「人事部」という名前は消える。CHROはAIエージェントのCEOになる。(筆者note)