オルタナティブ・ブログ > 野石龍平の人事/ITコンサル徒然日記 >

人事領域(上流/elearing/ERP)コンサルでの人材開発/人事の一歩先の動向を考えます!

76%が生成AIに"個人で"着手したのに、なぜ「組織の力」にならないのか----経産省が語るDX停滞の正体

»

ビジネス+IT SPECIALに掲載された、経済産業省情報技術利用促進課 佐藤公平氏の解説記事を読んだ。タイトルにある「日本企業はなぜ生成AIを『組織の力』にできないのか」という問いは、まさに私がこれまで様々な角度から書いてきたテーマそのものだった。

本稿では、この記事の公開部分から読み取れる要点を整理しながら、なぜ日本企業が「個人の活用」から「組織の力」へと展開できずにいるのかを考えてみたい。

参考:ビジネス+IT SPECIAL「日本企業はなぜ生成AIを『組織の力』にできないのか? 経産省が示すDX停滞の正体」(経済産業省情報技術利用促進課 佐藤公平氏)

---

■ 「13年」という、変化の速度を測る物差し

記事は、印象的な導入から始まる。1900年のニューヨークの街並みは馬車であふれていた。しかし、わずか13年後の1913年には、それらがほぼ完全に自動車へと置き換わっていたという。この対比を象徴する2枚の写真を引き合いに、佐藤氏は現在の状況をこう位置づける。私たちは今、この劇的な変化よりもさらに速く、さらに大きな変化の渦中にいる、と。

この見立てを裏づける数字が、記事にはいくつも並んでいる。インターネットに接続された機器(コネクテッドデバイス)の数は、2019年の20億台から2030年には500億台へと膨れ上がると予想されている。データを末端の機器で処理する仕組みであるエッジコンピューティングの市場規模は、同じ期間で約100億ドルから約4兆1,000億ドルへ、実に400倍を超える成長が見込まれるという。

そして、とりわけ衝撃的なのが生成AIの普及速度だ。自社での活用を「推進中・活用中」と回答した企業の割合は、2023年春の8%から2025年春には76%へと、わずか2年で約10倍に跳ね上がったという。この数字だけを見れば、日本企業の生成AI活用は驚くべきスピードで進んでいるように見える。

---

■ 「個人活用」と「組織の力」は、まったく別物である

しかし、記事のタイトルが端的に示す通り、話はそう単純ではない。76%という高い活用率の裏で、日本企業は生成AIを「組織の力」にできていない、というのが記事の核心的な問題提起だ。

記事の続きの見出しには、「業務効率化=DXという誤解が招く致命的な停滞」「生成AI『個人活用は進むが組織では遅れ』----日本の深刻な実態」といった項目が並んでいる(このパートは会員限定のため詳細は確認できないが、見出しからその論旨は明確に読み取れる)。デジタル化未着手の中小企業は大幅に減少した一方、肝心の「変革」段階へと踏み込む企業は増えていない、という構造も指摘されているという。

つまり、「個人が生成AIを使い始めた」ことと、「組織がそれを力に変えた」ことは、まったく別の段階の話なのである。前者はツールの普及、後者は組織の変革。この二つを混同することが、日本のDXが「業務効率化」というより浅い段階にとどまり、「変革」というより深い段階に進めない、根本的な理由なのだと思う。

---

■ この構造は、複数の調査で繰り返し確認されている

この「個人活用は進むが、組織的な活用は遅れる」という構図は、私がこれまで紹介してきた複数の調査結果と、驚くほど正確に重なる。

以前、テックタッチ社が実施した「生成AIの業務定着の実態と課題に関する調査」を紹介した。そこで明らかになったのは、生成AIが最も定着している業務でさえ、実に71.5%が業務システムとは別の画面で、手作業でコピー&ペーストしながら使われているという実態だった。業務システムの画面内でそのまま、コピペなどせずに使えている割合は、わずか20.6%にとどまっていた。

参考(筆者ブログ):現場は前向き、でも71.5%が「コピペ運用」----生成AIの"最後の1マイル"を可視化した調査

「導入率」や「利用経験がある人の割合」という指標だけを見れば、日本企業の生成AI活用は順調に見える。しかし、それが業務システムという組織の骨格に組み込まれているかどうかを見た瞬間に、まったく違う現実が浮かび上がる。経産省が示す76%という数字と、テックタッチ社が示す71.5%という数字は、同じコインの表と裏なのだと思う。

---

■ 「速さ」の認識は、組織のどこまで共有されているか

もう一つ、この記事から考えたいのが、変化の速度感を組織内でどう共有するか、という論点だ。

1900年から1913年への変化は、当時の人々にとって、社会の前提が根本から入れ替わる衝撃だったはずだ。馬車を前提にした都市計画、物流、生活様式のすべてが、わずか十数年で自動車を前提にしたものへと書き換えられた。佐藤氏が示すデータは、生成AIによる変化が、この歴史的な転換を上回るスピードで進行していることを教えてくれる。

しかし、この速度感の認識は、組織の中で均等に共有されているわけではない。以前紹介したアクセンチュアの調査では、日本の経営幹部の78%が今後12カ月でAI投資を拡大する計画を持つ一方、AI活用によって全社的かつ持続的なビジネス成果を「すでに実現できている」と回答した経営層はわずか13%にとどまっていた。投資への意欲と、実際の変革実感の間には、大きな溝がある。

参考(筆者ブログ):投資は世界水準、成果は世界最下位級----「Pulse of Change」とマーサーGTT2026が突きつける、日本のAI組織ギャップ

経営層が抱く「速さ」への期待と、現場が実際に体験している「速さ」、そして組織のプロセスや制度が変化する「遅さ」----この三者の間のズレこそが、生成AIが「個人の道具」にとどまり、「組織の力」に転化しきれない、本質的な理由なのだと思う。

---

■ 「変革」に必要なのは、技術ではなく組織の再設計

これまで繰り返し書いてきた通り、AI活用の本質は、技術の導入ではなく、人と組織の変革にある。

76%という活用率の高さは、日本企業にとって決して悪いニュースではない。むしろ、個人レベルでの土壌は、すでに十分に整っていると言える。問題は、その先にある。誰がどの業務を担い、どんな権限で、どんな評価軸のもとでAIと協働するのか。業務プロセスそのものを、AIを前提に作り直せるか。この組織設計の作業こそが、「個人活用」から「組織の力」への橋渡しになる。

記事の続きで紹介されているという「デジタルガバナンス・コード3.0」や、離職率が83%から7.7%へと劇的に改善したという企業事例(見出しからの推測だが)は、まさにこの橋渡しを、制度と実践の両面から示すものなのだろう。個人のツール活用を、組織の構造・評価・文化にまで反映させた企業だけが、「変革」の段階に到達できているのだと考えられる。

---

■ おわりに

1900年の馬車から1913年の自動車へ。この13年間の変化以上のスピードで、生成AIは日本企業の中に浸透しつつある。しかし、浸透することと、組織の力に変わることは、まったく別の話だ。

76%という個人活用率の高さに安心するのではなく、その活用が業務プロセス・評価制度・組織設計にまで組み込まれているかを、あらためて問い直す必要がある。経産省が示すこのデータは、日本企業にとって、警鐘であると同時に、まだ間に合うという希望でもあるのだと思う。個人レベルでの土壌はすでにできている。あとは、それを組織としてどう設計し直すかにかかっている。

参考リンク
ビジネス+IT SPECIAL「日本企業はなぜ生成AIを『組織の力』にできないのか? 経産省が示すDX停滞の正体」(経済産業省情報技術利用促進課 佐藤公平氏)
現場は前向き、でも71.5%が「コピペ運用」----生成AIの"最後の1マイル"を可視化した調査(筆者ブログ)
投資は世界水準、成果は世界最下位級----「Pulse of Change」とマーサーGTT2026が突きつける、日本のAI組織ギャップ(筆者ブログ)

Comment(0)