「CTOがCHROを兼務する」----木村俊也さんの人事が体現する、IT×人事のオペレーティングモデル融合
AICX協会「組織AI変革推進委員会」で委員をご一緒しているメルカリの木村俊也さんが、日経BP Human Capital Onlineのインタビューに登場していた。2026年6月、執行役員CTO Japan Businessだった木村さんが、CHRO(最高人事責任者)とCAIO(最高AI責任者)を兼任するという発表は、当時大きな話題を呼んだ。
本稿では、この人事の背景を私なりに整理しながら、私が以前から書いてきた「IT部門と人事部門のオペレーティングモデルの融合」というテーマと、どう重なるのかを考えてみたい。
参考:日経BP Human Capital Online(木村俊也氏インタビュー)
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■ 何が起きたのか----複数の公開情報から
まず、この人事の事実関係を、公開されている情報から確認しておきたい。
メルカリは2026年6月1日付で、執行役員CTO Japan Businessの木村俊也氏が、最高人事責任者(CHRO)および最高AI責任者(CAIO)に就任することを発表した。木村氏は、CHRO 兼 CAIO 兼 CTO Japan Businessとして、新たに掲げたビジョン「HR for an AI-Native Company」のもと、AI戦略と人事戦略の責任者を一体化し、働き方、意思決定・承認プロセス、組織構造、リソース配分といった「人と組織の運営基盤」をAI前提で再設計する役割を担うことになった。なお、CTOのポジションについては、同年7月1日付で後任が就任している。
木村氏の経歴も興味深い。mixiでレコメンドエンジンの開発に携わった後、2017年にメルカリへ入社。研究開発組織R4Dの立ち上げ、AIと検索のエンジニア組織づくり、プラットフォーム開発の統括を経てCTOに就任し、AI導入と開発組織づくりの中心を担ってきた人物だという。そして就任前の1年間は、社内で約100名規模の「AI Task Force」を自らリードし、AI-Native化を推進してきたとされる。
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■ なぜ、この兼務が必要だったのか
メルカリのこれまでの体制では、AI戦略と人事戦略は、それぞれ別の責任者が担っていた。組織の仕組みの変革と、AI活用の推進が、構造的に分かれた状態にあったという。
この分離が生んでいた課題を、報道はこう整理している。AIによってプロダクト開発や事業推進のスピードが加速しても、意思決定プロセスや組織構造、リソース配分といった「人と組織の運営基盤」そのものが変わらなければ、AIのスピードを十分に生かすことができない、という課題だ。
つまり、技術としてのAIをどれだけ強化しても、それを受け止める組織の側----誰が何を決めるのか、どうリソースを配分するのか、どんな評価と処遇で報いるのか----が旧来のままであれば、AIの潜在力は発揮されない。この構造的なボトルネックを解消するために、AI戦略と人事戦略の責任者を一人に統合する、という決断がなされたのだと理解できる。
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■ これは、私が語り続けてきたテーマそのものだった
私はこれまで、noteやブログで、「IT部門と人事部門のオペレーティングモデルの融合」というテーマを、様々な角度から書いてきた。
以前、CIO.comに掲載された同僚のインタビュー記事を紹介した際、IT部門が長らく「決まったことを実装する受託的な役割」にとどまり、人事部門もまた「決まったオペレーションを規定通り運用する役割」にとどまってきたという、構造的な課題に触れた。そして、この「受託」構造から脱却する鍵として、権限委譲と、IT・人事それぞれが事業のパートナーへと役割を転換していく必要性について論じた。
参考(筆者blog):「AIで人員削減を予測する経営幹部は99%」----それでも従業員に説明できていない、という不都合な真実
木村さんのケースは、この構造的な分離そのものを、組織図の最上位のポジションで解消してしまった、極めて象徴的な事例だと思う。「AI戦略を担う人」と「人と組織の運営基盤を担う人」を別々の役員に分けている限り、両者の間には必ず調整コストが生じ、意思決定のスピードは技術の進化に追いつかない。木村さんの兼務は、この調整コストそのものを、組織設計によって取り除く選択だったと理解できる。
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■ 「AI-Native」を、まず人事自身が体現する
もう一つ重要なのが、報道によれば、新体制のもとでは、まずHR部門自身が日常業務にAIを取り入れ、社内の手本となることを目指しているという点だ。
これは、私が以前書いた「IT部門のHRBP化」という論点と、方向性が重なる。以前、同僚がCIO.comのインタビューで語っていた「ITも、中央集権の機能から、事業部の課題をITでどう解決できるかという位置づけの役割を作っていく」という考え方は、人事の「HRBP(HRビジネスパートナー)」という概念になぞらえたものだった。
木村さんのケースでは、この関係がさらに一歩進んでいる。AI戦略を主導する部門が、人事の制度や運用について外から指示を出すのではなく、人事自身がAIエージェントを使いこなす当事者になろうとしている。これは、「AI活用の旗振り役」と「それを実践し体現する現場」を分離させない、という設計思想の表れだと思う。
参考(筆者note):AIはスキルを奪う。最後に残るのはパーソナリティだ。
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■ この人事は「唯一の正解」なのか
一方で、この人事を「どの企業にも当てはまる正解」として単純化して捉えることには、慎重であるべきだとする指摘もある。IT業界を取材するジャーナリストの分析では、「CTOにCHROを兼務させる」という解は、あくまで特定の事業構造への適合解であって、汎用解ではないという指摘がなされている。自社が「ヒト中心の事業」なのか「システム中心の事業」なのかを見極めずに同様の体制を導入すれば、かえって組織の混乱を招きかねない、という警鐘だ。
また、トップポジションを兼務する体制には、必ず「兼務解消後」の設計が伴うという指摘も重要だ。木村さんのケースでも、CTOのポジションは7月1日付で後任に引き継がれている。後継者育成が制度化されていない企業では、こうした兼務人事は、次の担い手を育てるロードマップとセットで議論される必要があるだろう。
この指摘は、私自身も強く同意する部分だ。木村さんの取り組みは、あくまでメルカリという、AI-Native化を1年以上かけて全社的に推進してきた土壌があったからこそ、機能する設計だと考えられる。重要なのは「CTOにCHROを兼務させること」自体を模倣することではなく、その背後にある「AI戦略と人と組織の運営基盤を、統合された視点で設計する」という発想そのものを、自社の文脈に合わせてどう実装するかを考えることだと思う。
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■ おわりに
木村さんとは、AICX協会の「組織AI変革推進委員会」でご一緒させていただいている。その委員会でまさに議論されているテーマ----AIを前提とした組織・人・制度の変革----を、ご自身の会社で最も早く、そして最も本気で実践されている方だと、あらためて感じる。
IT部門と人事部門のオペレーティングモデルの融合は、これからのAI時代における組織デザインの中心課題になると、私は考えている。AI戦略と人事戦略を、別々の言語で、別々のKPIで、別々の意思決定プロセスで進めている限り、両者の統合は形式的なものにとどまる。木村さんのケースは、その統合を「役員の兼務」という最も直接的な形で実現した、一つの実験だと言える。
自社にとって、この統合をどう実装すべきか。木村さんの取り組みから、引き続き学ばせていただきたいと思う。
参考リンク
・日経BP Human Capital Online(木村俊也氏インタビュー)
・メルカリ プレスリリース「メルカリ、CTOの木村俊也がCHRO兼CAIOに就任」(2026年6月1日)
・AIはスキルを奪う。最後に残るのはパーソナリティだ。(筆者note)