「あなたの会社のAIエージェント、最後に人事考課をしたのはいつですか」----マッキンゼーが問う、デジタル労働力の新しいマネジメント論
マッキンゼーが2026年8月26日に公開したポッドキャスト「McKinsey Talks Talent」の記事が、AI時代の人材マネジメントを考える上で、非常に示唆に富む内容だった。
同社のグローバルテクノロジー・AI部門リーダーであるKate Smaje氏と、組織部門のシニアパートナーであるBrooke Weddle氏、パートナーのBryan Hancock氏による対談。テーマは、人間とAIエージェントが混在する労働力を、どうマネジメントするかである。
本稿では、この対談の要点を整理しながら、私自身の連載で論じてきた内容との接続、そして関連する調査データも交えて、この論点を掘り下げてみたい。
参考:McKinsey & Company "Your AI agents need performance management, too"(2026年8月26日)
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■ 「人事考課」の対象は、もう人間だけではない
対談の中核にあるのは、Weddle氏の一つの指摘だ。企業は、人間のパフォーマンスをどう管理するかを、長年かけて洗練させてきた。採用し、育成し、心身の健康を支え、成果が出なければ改善のプロセスを踏み、退職の際には然るべき道筋を用意する。
しかし、「自社のデジタル労働力(AIエージェント)のパフォーマンスについて、最後に話し合ったのはいつか」と問われて、即答できる組織はほとんどないという。多くの企業では、「エージェントは基本的に良いものだ」という無批判な前提が広がっているが、それは正しくない。エージェントは時間をかけて調整され、場合によっては「引退」させられるべき存在だ、とWeddle氏は指摘する。
この指摘は、シンプルだが本質的だ。私たちは、人を採用したら「この人は今、期待通りのパフォーマンスを出しているか」を定期的に問う。同じ問いを、業務に組み込んだAIエージェントに対して、これまでほとんど向けてこなかった。
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■ エージェントにも必要な「ライフサイクル管理」
Smaje氏は、この課題をさらに具体的に語る。エージェントには、その働き方を調整してくれる優れたエンジニアが必要であり、稼働のためのコンピュート資源(いわばエージェントにとってのエネルギー源)へのアクセスも必要だ。そして、エージェントは永続的に存在し続けられるわけではないため、しっかりとしたライフサイクル管理が欠かせない。
半年前には完璧に業務にフィットしていたエージェントが、今日には大きな負の遺産(liability)になっている可能性がある----この指摘は重い。技術の進化速度そのものが、エージェントの「陳腐化」を加速させる。Smaje氏はこれを「abandonware(放置されたソフトウェア)」という言葉で表現している。ネットワークの中に存在すること自体が忘れられ、もはや存在すべきでないもの、という意味だ。
そして問うべき問いを、Smaje氏はこう整理する。自社には実際に何体のエージェントが存在するのか。その成果に対して、誰が責任を負っているのか。それらは何の価値を生み出しているのか。長年、私たちは人的資本について「タレント・トゥ・バリュー」やROIの議論をしてきたが、今度は非人間の労働力についても、同じ議論をする必要がある、と。
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■ 「誰が責任を持つべきか」----答えはCTOではない
対談で交わされた、もう一つの重要な問いが、「増殖し続けるAIエージェントの責任は、誰が持つべきか」というものだ。
Smaje氏の答えは明確だった。それは技術の問題ではない。CTO(最高技術責任者)が突然、組織の労働力の半分を管理するようになる必要はない、と。
代わりに氏が提案するのは、業務のオーナーがエージェントの責任も持つべきだ、という考え方である。たとえば財務部門で、収益調整や月次決算、データレポーティングをAIエージェントが支援しているなら、その業務の人間側を統括している財務責任者が、エージェントの側も統括すべきだ、と。ただし、そのためには組織横断でのガードレール、標準、明確なライフサイクル管理体制を整え、リスクへの向き合い方を共有する必要がある、とも付け加えている。
この考え方は、これまで別のテクノロジーやデータの領域で起きてきた変化----中央集権的な管理から、各業務のオーナーへと権限が分散(federate)していく流れ----と同じ道をたどるだろう、と氏は見通している。
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■ 「品質管理の放棄」ではなく「品質管理への需要増」
対談の中で繰り返し強調されるのが、次のメッセージだ。AIの台頭は、私たちが突然、品質管理や批判的思考への責任を手放してよいということを意味しない。そういう世界に、私たちは生きていない。むしろ、そうした能力にはこれまで以上の価値(プレミアム)が付くようになっている、と。
エージェントが何をしているかを読み解く力。それを適切に設計する力。その思考プロセスを理解する力。アクセスできる情報を監視する力。これらの能力の重要性が、AIの普及によって薄まるのではなく、むしろ高まっているという指摘は、私が以前、戦場のAIと人事AIを重ねて論じた記事で書いた「Human-in-the-Loopの形骸化」という論点とも重なる。人間がループの中に「いる」ことと、人間が実質的に「判断している」ことは別物だ。今回の対談は、その判断力こそが、AIエージェント時代に最も稀少な資本になることを示している。
参考(筆者note):その不採用、最後に決めたのは人間ですか?----武装ヒューマノイドと人事AIをつなぐ「Human-in-the-Loop」の欺瞞
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■ CPOからCPO(Chief Performance Officer)へ
対談の中で紹介されている、あるプライベートエクイティ企業のCEOのエピソードが象徴的だ。この企業は、Chief People Officer(最高人事責任者)という肩書きを、Chief Performance Officer(最高パフォーマンス責任者)へと改称したという。
理由は明快だ。AIが事業を大きく変えていく中で、人材マネジメントの巧拙こそが、個々のマネージャー、チーム、部門単位で、極めて具体的かつ測定可能な形でパフォーマンスを左右するようになった。だから、その肩書きに「パフォーマンス」という言葉を冠した、という。
これは、私がnoteの連載「AIエージェント時代の組織デザイン」で論じてきた仮説----CHROは「人の責任者」から「働くこと(Work)の責任者」、Chief Work Officerへと進化する----と、驚くほど近い方向を指している。呼び方こそ違えど、人事機能が「人を管理する部門」から「組織全体のパフォーマンスを設計する部門」へと重心を移しつつあるという認識は、共通している。
参考(筆者note):10年後、「人事部」という名前は消える。CHROはAIエージェントのCEOになる。
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■ 見落とせない指摘:「ハイユーザーほど疲弊している」
対談で私が最も重要だと感じたのが、この観察だった。
AIを最も集中的に活用している人材----いわゆるハイユーザー----を見ると、彼らの時間の多くが解放され、素晴らしい状態になっていると考えがちだ。しかし実際には、そうした高活用層は疲弊している。それはAIがうまく機能していないからではなく、むしろうまく機能しているからだという。
AIが定型的で反復的な業務をすべて取り除いた結果、残るのは、日常的には慣れていないレベルの認知的関与----本物の判断を要する仕事、意思決定を下すこと、難しい対話をすることだ。これらは、感情的に消耗する仕事である。
つまり、AIスーパーユーザーの認知負荷は、下がるのではなく、上がっている。楽観的な見方をしつつも、この脳の健康と認知負荷という「第二の効果」に、私たちは向き合う必要がある、とSmaje氏は指摘する。今後の労働力は、これまでとはまったく異なる種類の認知的要求に直面することになる、と。
この指摘は、以前紹介したマーサーのGlobal Talent Trends 2026が示していた「AIによる雇用喪失への不安(FOBO)」の議論とは、また別の角度からの警鐘だ。仕事を失う不安だけでなく、「仕事の質が変わることによる疲弊」という、AI活用が進んだ先にこそ現れる課題がある。健康経営やウェルビーイングの議論は、AI導入の初期段階だけでなく、活用が定着した後の段階においても、継続的に問われるべきテーマだということだろう。
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■ 「導入率」ではなく「何ができるようになったか」を測る
対談では、AI活用の定着(adoption)についても重要な指摘がなされている。多くの企業が犯す間違いは、「ツール」についての会話に終始することだという。「ツールAの導入率は、ツールBやツールCと比べて、市場ごとにどうなっているか」というスコアカードを見ると、Smaje氏は不安になるという。それは、その技術がどう使われているか、まして、どう価値を生んでいるかを、まったく教えてくれないからだ。
本当に検証すべきは、組織のコアとなる能力である。「果たすべき仕事(jobs to be done)」は何か。ツールは、その問いへの一つの導線に過ぎず、答えそのものではない、と。
この視点は、以前紹介したアクセンチュアの調査やマッキンゼー自身の別の調査(成功する変革は技術投資1に対しプロセス再設計3、能力構築5という「1:3:5」の配分をたどる)とも一致する。導入率という表層的な指標ではなく、「その能力が何を可能にしたか」を問い続けることの重要性が、複数の調査・対談で繰り返し語られている。
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■ 「Humanware」という、次のキーワード
対談の終盤で語られる、次に来るトレンドについての言葉も印象的だった。今後は、ソフトウェアやハードウェアよりも、「Humanware」により多くの時間を割くようになるだろう、とSmaje氏は述べる。
AIを組織に組み込む上で最も難しいのは、ワークフローを再構想することだ。「炭素(人間)とシリコン(AI)が混在する労働力の中で、自分自身がどう違う形で立ち振る舞う必要があるのか」----この問いに、多くの人が悩まされている。この瞬間を活かして、Humanware----人と技術がどう組み合わさるべきかという設計----に踏み込むことが、大きな助けになる、と氏は締めくくる。
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■ おわりに----「AI transformation」という言葉への違和感
Smaje氏が対談の中で語った、もう一つの興味深い視点がある。氏は「AI transformation(AI変革)」という言葉があまり好きではないという。なぜなら、この言葉は「いつか完了する日が来て、みんなでハイタッチをして夕日に向かって歩いていく」というイメージを想起させるからだ。しかし、実際にはそのようには機能しない。
これは、私がこれまで一貫して書いてきた「AI活用の本質は、技術の導入ではなく、人と組織の変革にある」という命題と、深く共鳴する。「変革」は一度きりのプロジェクトではなく、組織が繰り返し行っていく能力そのものだ。AIエージェントの性能評価、ライフサイクル管理、責任の所在、認知負荷への配慮----これらすべてが、一度整えれば終わるものではなく、継続的にメンテナンスし続ける「組織の筋力」なのだと思う。
人とAIエージェントが混在する労働力を、どう評価し、どう育て、どう手放すか。この問いに、まだ明確な答えを持っている企業は少ない。だからこそ、いま、その仕組みを設計し始めることに、大きな先行者優位があるのだと思う。
参考リンク
・McKinsey & Company "Your AI agents need performance management, too"(2026年8月26日)
・10年後、「人事部」という名前は消える。CHROはAIエージェントのCEOになる。(筆者note)
・その不採用、最後に決めたのは人間ですか?----武装ヒューマノイドと人事AIをつなぐ「Human-in-the-Loop」の欺瞞(筆者ブログ)