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心の庭師の頭(かしら)になる―経営や人生は「庭」と同じようなもの

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こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。

この写真は、ボクの家の庭の芝生です。それほど一生懸命管理しているわけではないので、手前のところなど、少し雑草が入ってしまっているところもありますが、それでも、仕事の合間に水をまいたり、芝刈りしながら楽しくやってます。結構、いい気分転換になるんですよ。

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始めたのは7~8年ぐらい前からです。元々は、雑草だらけの庭でした。子供が生まれてから、「もし、ここがきれいな芝だったら、子供と一緒に遊べていいな」と思ったのがきっかけ。もっとも、今、子ともと遊んでいるかというと・・・遊んではいませんけどね(笑)。

最初はやり方もよく分からず、インターネットで調べたり、トライ・アンド・エラーを重ねながら、見よう見まねで始めました。

今でこそ、ここまで生えそろいましたが、芝生は、手入れをしてもすぐに生えそろうわけではありません。きれいにするためにはそこそこの時間がかかります。また、手入れをしないと雑草が入ったり、きれいに生えそろわないので、日々の手入れも大切です。

でも、ふと気づくと7~8年。最近は管理の仕方や手の抜き方(笑)もなんとなく分かってきました。一度生えそろうとあまり手もかかりません。「もう少し平らにしたいな」「もう少し密度を上げたいな」「もう少し広げよう」とか、いろんな思いも出てきます。

で、芝生の手入れをしながら、最近よく思うのです。「これって、経営と同じだな。ひょっとしたら、人生も同じなのかもしれないな」と。

経営とか人生とかって、できれば、早く結果を出したい。けれども、思うとおりにならない。それでも、年数を重ねて、自分なりに少しずつ経験値を重ねていけば、自分なりのやり方がわかってくるのではないか。その結果、ふと気づいたときに、「そういえば、最近、上手く行くようになったな」みたいに感じるものなのかな・・・と。

昔、仕事も人生もうまくいっていなくて、思い悩んでいたときによく読んだ、「原因」と「結果」の法則で有名なジェームス・アレンの『本当の幸せをよぶ「心の法則」ノート』という本に、「確か、庭の一節があったな」と思って、久しぶりに手にとってみました。

本当の幸せをよぶ「心の法則」ノート

 人間の心は庭のようなものです。知的に手入れが行き届いている庭も、荒れ放題にされている庭もあるでしょう。たとえどんな状態にしていても、心という庭には、必ず何かが芽生えてきます。
 もし役に立つ植物のためをまかなければ、雑草の種がいくらでも入りこんで、庭をおおいつくしてしまうでしょう。どんどん草ぼうぼうになっていくのです。
 庭師は、庭おとよく手入れして、雑草が茂らないように気をつけ、育てたい花や果実を栽培します。同じように、私たちも心の庭の手入れをしなければなりません。

以前読んだときは、「なるほどね」っていう、表面的な感じでしたけど、今は実体験としてよ~く分かります。ホント、手入れしないと雑草がすぐに入り込んでしまうからな(笑)。

 浅ましい思いや誤った考え、不純な思考を取り除き、美しい思い、正しい考え、清らかな思考を育てるのです。価値のある花や果実を実らせ、収穫することを目指して。

これはまだまだだけど、ぜひ、そうありたいものです。庭の芝生がそうであるように。

 やがて、そういう努力の中で、

「心の庭師の頭(かしら)は自分だ」
「人生の総監督は自分だ」

 と気がつくことでしょう。それと同時に、自分の内側で働いている"思考の法則"も理解できるはずです。はっきり見えるようになります。
 そして、人格や周囲の環境、運命を形作っていく上で、考えや思いの内容や強さがどのように影響を及ぼしているかを知っていくのです。
 時が経つにつれ、それはより正確に理解できるようになります。

思考の大切さは、以前よりは少しだけ、分かってきたような気はします。でも、まだはっきりと理解できていないところもあるような気がします。

でも、いつか、思考が人生に与える影響ってやつを今より正確に理解できるようになりたいものです。そして、なりましょう。「心の庭師の頭(かしら)」ってやつに。

まぁ、そんな大きなことを言う前に、まずは、芝生に入った雑草を取り除くことからだな(笑)。

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