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ロック世代の文系ITビジネスマンが社会と企業のITとDX(デジタルトランスフォーメーション)を易しく語ります。

竹林 昇

竹林 昇

大手総合商社の自動車部門でITの活用に目覚め、SIerで大規模SIプロジェクトのプロマネを努めたあと、総合商社の情報システム部長、大手コンビニのシステム本部長、コンビニ系のネットサービス企画運営会社の社長を経て独立開業。ITで企業と社会を活性化するDXのアーキテクト。

DX(デジタルトランスフォーメーション)って、なんだろう?

 世界一の小売企業であるAmazonは、一店舗の店舗も持っていない。世界一のタクシー会社であるUberは一台のタクシーも持たず、一人のドライバーも雇用していない。世界一のホテル業であるAirBnBは、一棟のホテルも所有・運営していない。

 これらの企業の成長と成功の共通点はなんだろう?
 これらの企業は、従来の巨大な設備投資と膨大な販売チャネルを参入障壁として顧客に製品と商品を「販売」するビジネスモデルを脱して、ソフトウェアを基軸とした「ITサービス」を通じて、顧客に「満足体験を提供すること」をビジネスモデルとしている企業群といえる。

 こうした企業の成功と成長が、社会全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)であり、自らの企業活動の一部または全てを「ITサービスに作り変える」ことが企業のDXなのではないか。
 この視点で社会と企業のDXとその基軸であるIT/ITサービスのありかたを考えてみたい。文系出身で、総合商社の事業部門からITとビジネスのアーキテクトとしてキャリアを積んだものらしく、わかりやすく、平易な言葉で。

略歴

<1981年 学生~社会人へ>
大学の法学部で、国際政治学を学ぶ。卒業にあたって、なにか特定の業界にとらわれず、色々な可能性のある実ビジネスの世界に飛び込みたくて、総合商社を志望した。

<1981年 総合商社の自動車部門>
最初に配属されたのは、アメリカ全土に展開されたディーラー網を通じて、日本車を販売する合弁会社を経営するセクション。いきなり長期のアメリカ出張を命じられて、全米のディーラーと物流拠点を廻る。ここで、当時のアメリカ社会がコンピュータを使ったDP(データプロセシング)を如何にうまくビジネスに活用しているかに気づき、驚く。

<1984年 総合商社のIT部門へ>
帰国後に強く希望して、IT部門(情報システム部)に転属。ここで、コンピュータはどうやて動くのか、ネットワークはどやって情報を伝達するのか、プログラムとは何か、プログラムはどうやってコンピュータに処理を実行させるのか、などの基本の基本を学ぶ。文化系出身者としては、当初、アセンブラーベースの独自言語にてこずったが、コツをつかむと、向上意欲が高まってくる。プログラム言語も日本語や英語とおなじく言語なのだと気がついてからは、従来の言葉好き、言語好きに拍車がかかったのかもしれない。

<1986年 大学院大学への企業派遣留学>
なぜか、指名されて新潟にある大学院大学(国際大学)に企業派遣留学。ここでは英語による授業、英語による論文が必須。アメリカやアジア、アフリカ各国からの留学生とともに統計学、経済学、マーケティング、経営学などを学ぶ。後半は交換留学生としてNewYork大学のMBAコースにも。アメリカのMBA授業の実学中心主義と学生の上昇志向の強さに強く刺激を受ける。

<1988年 SIerに出向してプロジェクトマネジャー>
大手鉄鋼メーカーと合弁で設立されたSI専門会社に出向。グループ外のユーザー企業にITを使った業務改革を提案して、受注・実行するSIerのプロマネ業務に従事(約7年間)。ほぼ飛び込みで提案・受注した、中堅コンビニチェーンの全業務システム一括刷新プロジェクトでプロジェクトマネージメントの醍醐味を経験する。

<1997年 総合商社 IT企画部 業務改革室長>
出向からの帰任を命じられて拝命したのは、新設された業務改革室長。情報システム部門から起案して、社内の業務改革(BPR)を推進するのがそのミッションだった。
ネット技術を使って、既存業務の改革をテーマとして、業界初のイントラネット、これも業界初の社内稟議決裁プロセスのワークフロー化、紙の電話帳のウェブ化、などを地道に推進。そういえば、業界初の公式企業サイトを構築運用も。 情報システム部門が起案してのBPR企画に対するユーザー部門の抵抗が尋常ではなく強いことを身を持って経験。


<2002年 クラウド型のITサービス会社設立、同社の社長>
本格的ネットビジネス時代の到来を見据えて、社内ベンチャーを企画、提案。同社に出向して社長を拝命する。同社はその総合商社のネットビジネス推進上の戦略事業会社の位置付け。ネット上でのB2B調達サービスなどを企画、推進するも、結果的には少しタイミングが早すぎたかもしれない。

<2006年 総合商社 IT企画部長代行、2008年同部長>
社内ベンチャーから帰任して、総合商社のIT企画部長(=情報システム部門長)を拝命。ITガバナンス整備、セキュリティ強化、金商法対応(内部統制)、国際会計基準対応、などのいわゆる「守りのIT」もたっぷり経験。SAPベースの海外拠点用基幹システムパッケージを構築して、世界の約40拠点に展開した。

<2011年、大手コンビニエンスチェーン、システム本部長補佐~同本部長>
大手コンビニエンスチェーンに転じて、そのシステム本部を担当。全国に14,000店を構えるCVSチェーンの基幹システムの運用、運営、新規開発を担当。24時間、36日、一分も一店も止めることのできない、フランチャイズチェーンの基幹システム運用にしびれる。

<20014年 コンビニエンスグループのITベースのネットサービス会社 社長>
ネット通販会社だったこの会社の社長を拝命。ネット通販は縮小しつつ、コンビニ店頭での新規ネットサービスを企画、導入、展開するITサービス会社に業界転換する。

<2018年3月 株式会社DXA設立>
ITを活用した事業改革(=デジタルトランスフォーメーション、DX)を推進したい企業に対しての。そのDXの設計士(=アーキテクト)の役割を果たす会社としての株式会社
DXAを設立。


<趣味、特技 ほか>
1958年香川県丸亀市生まれ。
1960年代~70年代のブルースロックを浴びるように聞いてそだったロック世代。趣味は音楽、お城巡り、歴史小説を読むこと、俳句や短歌を作ること。外国語や方言などの言葉を学ぶこと、など。  
讃岐うどんをなによりも愛するうどん県人。香川県産業活性化アドバイザーでもある。