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看護師さんに敬意と感謝を  ~ブログ再開のご挨拶に代えて~

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10年ぶりのブログ再開にあたって、ブログ名(旧「情報政策ブログ」)を変更して、新装開店させていただくことになりました。これからは本を読んで感じたこと、考えたこと、思い出したことを中心に投稿するつもりですが、必ずしも本にこだわらず、勝手気ままなエッセイも書きたいなあと思っています。

最初の投稿は、フェースブックで友人知人に読んでもらったブックチャレンジをもとに、公開版として一部修正・加筆したものです。新型コロナウィルス対応で奮闘する世界中の看護師さんに敬意と感謝を込めて、看護学の誕生と発展に貢献した2冊の本を紹介します。

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1859年、フロレンス・ナイチンゲールの『看護覚え書』が出版された。

クリミア戦争に看護師として従軍したナイチンゲールは、兵士の死亡原因が戦闘死よりも不衛生な環境がもたらす死が多かったのを見て、衛生環境の重要性を強く訴えた。説得力を高めるためにデータを分析してグラフで示したので、看護学だけでなく統計学の先駆者ともなった。本書の主題も看護の手技ではなく衛生看護にある。「看護の目的の第一は患者が呼吸する空気を外気と同じく清浄に保つことである」と述べて、真っ先にしかも繰り返し換気の重要性を強調しているのが印象に残った。

知的な上流階級のお嬢様だったナイチンゲールは、当時の社会常識にとらわれず、また女性に対する社会的抑圧にも負けず(苦悩のあまり悲鳴をあげたらしいが)、自らの全能力を捧げて満足しうる仕事は看護であると考えて活動した。「この世の中に看護ほど無味乾燥どころかその正反対のもの、すなわち、自分自身は決して感じたことのない他人の感情のただなかへ自己を投入する能力を、これほど必要とする仕事はほかに存在しないのである」と記している。

とはいえ、彼女は病気で人生の大半を自室で過ごさざるをえなかった。それでも膨大な手紙を書くなど精神的な活動をあきらめずに続けたというから、ほんとうにすごい人だ。

『看護覚え書』から1世紀を経た1960年、ヴァージニア・ヘンダーソンの『看護の基本となるもの』が出版された。

この100年間で衛生環境が改善されたこともあるのだろう。ヘンダーソンは看護師の役割について「病人であれ健康人であれ各人が、健康あるいは健康の回復(あるいは平和な死)に資するような行動をするのを援助すること」だとして、環境よりも人間に焦点を当てて看護を論じている。

人びとの欲求が「無限に多様の生活様式によって満たされているということも知らなければならない」と語り、いかに賢明で一生懸命つとめる看護師であっても、看護師が考えている意味ではなく、「看護を受けるその人にとっての意味」を大切にすべきだと強調した。一人ひとりにとっての意味を重視したヘンダーソンの看護論は、人間は快楽や力を求めるだけでなく、何よりも人生の意味を問う存在であると考えたヴィクトール・フランクルの思想に通じるものがあるように感じる。

さて、今日では看護師だけでなく、介護士をはじめとするケアの仕事に就いている人にとっても、他人の感情のただなかへ自己を投入する能力が必要とされ、一人ひとりにとっての意味を大切にすることが求められるはずだ。このような仕事はAIやロボットがどれほど発達したとしても人間にしかできない価値ある仕事として残っていくだろう。

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