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『ウェブ進化論』が示唆する日本社会の未来

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先週、ITジャーナリストの先輩と大阪に出張した。わたしたちはビル・ゲイツと同世代。帰りの新幹線で、えびせんと柿の葉寿司をつまみに缶ビールを傾けながら、梅田望夫著『ウェブ進化論―本当の大変化はこれから始まる』(ちくま新書)の話でひとしきり盛り上がった。

車中の話題は、ブログからソーシャルタグ、オープンなインターネットとセミクローズドな日本のSNS、さらには2001年9月11日の同時多発テロ以降の価値観の変化にいたるまであちこちへ飛んでいったが、これはビールのせいだけでなく、さまざまな論点を含んだ刺激的な本であることが一番の理由だろう。読み手の関心によって、いろいろなテーマで語ることができる。
そのなかで、Web2.0についての理解を深められたというが共通の感想だった(と思う)。

むろん、「Web2.0」ということばはこれまで何度も耳にしてきた。しかし、インターネットの「こちら側」(利用者側のフィジカルな世界)の技術進歩に付いていくことすらおぼつかないわたしにとって、「あちら側」(インターネット空間側のバーチャルな世界)で起こっている技術革新の本質を理解することはとうてい不可能だった。
単にインターネットの活用方法が変わるだけではないのか。結局はIT業界がいつの時代も必要としてきたバズワードにすぎないのではないか。
正直言って、その程度の認識しか持ち合わせていなかった。

本書は、このようなテクノロジーに疎い旧世代の読者にとっても、わかりやすくウェブ進化の方向を解説している。しかも、「もしかすると、ウェブの進化によって社会に大きな変化がもたらされるかもしれない」と考えこませてしまう説得力をもっている。だからベストセラーになったのだろう。

Web2.0を説明するために、著者はふたつの対立的な概念を採用している。ひとつは(すでに本稿でも引用した)ネットの「こちら側」と「あちら側」だ。もうひとつは「不特定多数無限大」に対する「信頼なし」と「信頼あり」だ。そして、前者を横軸、後者を縦軸でクロスさせて、区切られた4象限をそれぞれ次のように分析している(同書223頁の図を参照)。

(1)「こちら側」「信頼なし」:大組織の情報システム
(2)「こちら側」「信頼あり」:リナックス
(3)「あちら側」「信頼なし」:ヤフー・ジャパン、楽天
(4)「あちら側」「信頼あり」:Web2.0

ああ、なるほど。わたしにとって、これはWeb2.0のもっとも核心を突いた説明だった。そして、この解説を読みながら、著者が示唆している日本の未来は、山岸俊男著『安心社会から信頼社会へ』(中公新書、1999年)で描かれている「信頼社会」と共通するものがあるのではないかと思った(注)。
閉じられた内輪の社会での安定を求めるのではなく、不特定多数への信頼感にもとづく開かれた社会へと日本を変えていこうというメッセージなのではないか、と。

山岸理論によれば、「安心社会」とは、村落共同体や終身雇用の会社共同体をつくりあげた日本のように、人間同士の関係が安定していてわざわざ相手が信頼できるかどうかを考えなくても安心して暮らせる社会を指している。ここでいう「安心」とは不確実性がないと感じられる状態を意味している。
一方、「信頼社会」とは、アメリカのように、人間関係が流動的で不確実性があったとしても相手を信頼しようとする傾向が強い社会を指している。「信頼」ということばは、相手の「能力」への期待と「意図」への期待の両方を含んだ意味で使われている。

とするならば、崩壊しつつあるとはいえ伝統的に「安心社会」を形成してきた日本は、不特定多数への「信頼なし」の技術開発に適合的だったのではないか。実際、日本企業は「信頼なし」のIT開発を得意とし、これまでにアメリカへのキャッチアップをほぼ達成してきた。一方、「信頼あり」のほうは今のところそこまでの成果を上げていない。

また、ウェブの進化が「あちら側」「信頼あり」へ向かっているのだとすれば、不特定多数が利用する検索エンジンやポータルサイトを通じて、人びとの「能力」や「意図」をデータベース化しようとする技術開発のベクトルが働くことも、ごく自然な流れのように思われる。

ここまで考えて、『ウェブ進化論』が示唆する日本の未来は、藤原正彦著『国家の品格』(新潮新書)が理想として描く日本の姿とは対極にあるのではないかと気づいた。現在の日本では、まったく異なる進路を予感させる本がともにベストセラーになっているわけだ。わたし自身がまさにそうであるように、これからの日本社会の変化をよく見通すことができなくて、キョロキョロしている人が案外多いのかもしれない。

*注:『ウェブ進化論』を読んで『安心社会から信頼社会へ』を思い浮かべた人は他にも絶対いるはずだと思い、グーグルで「ウェブ進化論 信頼社会」で検索してみました。やっぱり、あった! ブログ「極私的脳戸」です。

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