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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

自分のところに酷い広告が表示されるのは許せんと暴れる前に

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ネット上で流れる広告が最近酷いという、古くて新しい話が最近も盛んに語られています。確かにロマンス詐欺系とかフィッシング系とかのヤバい系について話題になることが増えたような気がしますし、広告としてはヤバくないけれど何かを調べたり購入した直後にひたすら現れる通販系サイトのバナーとかに悩まされることもあります。

何かしら犯罪の匂いがする広告についてはともかく、公序良俗や信義の問題から許せんと思うものまで多種多様で、たとえばそれが表示されるサイトや広告を管理する何らかの主体に対して「一体どうなってるんだよこの糞が」と暴れる気持ちは私も持つことがあります。

もっとも、今に始まった話ではなく、インターネット創生期から存在する古くて新しい話なんですけれどね。

広告枠の売り方買い方にはいくつもパターンがあるわけですが

何らかのプロファイルやブラウザなどの閲覧記録を元に広告を打ち込んでくるケースもありますし、単にランダムに打ち込んでくる広告もあって、これは枠の売り方買い方の問題なので一概にどの広告がどうだといいづらいところはあります。ただ、少なくとも自分がネット上のどこかに公開している自分のプロフィールやWebの閲覧履歴が利用されるケースは普通にあって、広告枠自体が閲覧者の何らかの情報を利用しない「固定枠」のようなもの以外は全て何かしらの情報を元に打ち込んでくるわけです。

一応システム的にCockieを受け入れないとか、もう少し限定してサードパーティーCockieを拒否する(閲覧記録を閲覧したサイト以外に利用させない)とか、そもそもWebブラウザが持っているプライベートブラウジングやシークレットブラウジングと呼ばれる閲覧記録を残さないウィンドウで見るとか、とにかく自分のネット上での行動を他者に利用させない方法は無くは無いのですが、それを日常の行動と出来るほどの高い規律を持つのは難しいし、できる人が居ればぜひともお会いして「お前はヌルい」と叱られてみたいです。

「〇〇したこと無い人のみ石を投げなさい」的なやつですね。

リテラシーとして知らない誰かから「あなただけに特別なお知らせ」とか「初めてメッセージしますがお友達になりませんか」とかで始まる何かは基本自分から何かを取ろうとしている何かの主体の「営業行為」だという基本認識が必要なのは一般社会となんら変わり無いのですが、オレオレ詐欺系と同じで人情に付け込んでこられて何かの拍子に信じてしまうことがあるのも現実です。
ある意味向こうはプロです。こちらは素人。丸腰では勝てるわけがありません。

そもそも性善説だけでは何も立ち行かないのが一般社会。それは現実。
自分に責任が無いモノは勿論ありますが、何か嫌なものばかり表示される場合のある部分はそれまでの自分の行動の結果だと思うしかない。
それが例えば怒涛のECサイトの広告だったりエロサイトの広告だったり見知らぬ素敵な人からのお友達になりませんか申請だったりするかもしれません。

刹那的になりすぎると悲しくなりますが、でも結局はそんなもんじゃないかと思っていたほうが、性善説ですべてを解釈するより損することは少ない気がします。

忘れてはいけないのは、ネット上での行動記録は誰かの行動の餌であるという事実

例えばCockieのようなWebの閲覧記録はキーロガー並みに何でも記録するわけではないですが、どんなサイトを見たのかは判るわけです。検索のワードなんて行動解析のための良い餌です。更に個別の情報だけではなく複数のCockieの情報を元に閲覧者(つまり貴方)のプロフィールを推定して、そこに対して何かしら特定の属性を持った人向けの広告を打ち込んでくるのは普通にある話です。しかも情報が多ければ多いほど精度が上がるのは生成AIだけの話じゃないです。

行った先が正しく誠実に運営されていると思えるサイトであれば良いですが、取得した情報を日本の法規に基づいて正しく管理する気が無いサイトやそもそもがフィッシングサイトなところで何か情報を打ち込んで情報を野に放ってしまうと、その瞬間からそれを訂正することも取り返すことも不可能なのも良く知られた話だと思います。

ましてや、たまにある「運営側でデータを抜かれてしまう事件」など論外です。仮にそれが海外であれば日本の法規で縛ることもできず、そもそも日本における倫理観や相互信頼のための理解自体が無意味だったりするケースになってしまうこともあります。怖いです。まじ怖いです。情報を野に放つ事案や事故が起きてしまってもどうしようも無いんですけれど。

そういえば自分的には何かしらリンクを叩いたときに妙なランディングサイトに一旦リダイレクトされて最終的に目的サイトに行く動きで「これ変だな」と思うことが今でも結構あって、そういう場合は行った先で何かしらボタンを押したりする前にもう一度行き先のURLをGoogleなどで検索して直接打ち込んで動きを見たりすることもあります。勿論バナーを叩いたときとかは流入とかのトラッキングをするので途中経由するのは当たり前ですが、でもなんか嫌な時は嫌なんですよね。

そういえば怒涛のECサイトの広告に打ち勝った(かもしれない)話

一時期、主に中国の激安ECサイト... あ、別に中国だけじゃなく国内のモノも含め絶対に出入りしたくないECサイトからの怒涛の広告表示に悩まされた時期がありました。何かを検索するとそれに関連する商品プラス全然関係ない何かが画面の広告バナースペースを埋め尽くす系の奴です。Cockieをはじめ自分の行動の結果そうなってるのは百も承知なのですが、正直鬱陶しい。

でも難しいことに、どちらかというと出てきてほしいサイトとかメーカーの広告もあったりして、見る側として個別に温度差があります。

そうすると、やれることは個別撃破しかありません。とにかく表示されたバナーをかたっぱしから表示拒否していくしかない。曰く「頻繁に表示される」とか「もう買った」とか「スパムだ」とかとか。これをしばらくやっていたら表示される頻度がある時から激減したのですが、同時に何も表示されない広告バナーを見かけるようになりました。ブランクなんです。スペースはあるけれどそこは空白で、「もどる」とか「とじる」だけが表示されている状態。最初はなんだよ表示が壊れたのか?とか思ったのですが、何度も出るうちに一つの考えに思い至りました。

これは拒否した広告が出ようとして出られなかった残骸なのかも。

ひょっとしたら頻繁に打ち込まれる「自分が見たくない広告」に打ち勝ったのかもしれません。ただしもはや表示されないので、それが正しい理解なのかどうかはわかりません。なんか面倒くさいなと思うんですが、広告枠を提供するサイトやそもそも日本で商売してるのかすらわからない当該広告スペースに広告を配信する事業者に文句を言っても仕方ない話なので、自衛するしかないなと思ってます。

SEOという言葉が生まれたのはブラウザが世に出た直後の1990年代半ば。そのころから自分をユーザーの画面に何とかして表示させようとする主体と、そんなの止めてくれと思う人がずっと戦い続けてきてるわけですが、まぁ終わることは無いだろうし、リテラシーなにそれ美味しいの?と言わんばかりに魑魅魍魎が跋扈する状況は多分変わらないと思います。


信じられるところは安心して利用するにしても、目の前のすべてに対して性善説で接して幸せになることは無いのがネットの世界の宿命だと思います。
いわゆるインターネット商用開放前からインターネットワーキングの世界に触れてきたリアルなインターネット老人会の私自身は最早それを残念だとも何とも思わないんですが。

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