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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

太陽フレアのおかげで低緯度で美しいオーロラが見えると無線屋は青くなる

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5月3週目を一応のピークとしていた太陽フレアの影響は徐々に収まりつつあるようです。
国立天文台:2024年5月に連続発生したXフレア

今回の太陽フレアの影響は日本に居ると表面的には北海道の北の方でオーロラが見えたとか、はたまたGPSと連動して動く田植え機がまっすぐ植えられなかった(途中で少し並行にずれた)という話題がネットで流れていたのを見かけました。

この太陽フレア発生の結果放出される「太陽風」は磁気を帯びたプラズマ粒子の流れです。地球自体はそれを大気圏を取り巻く電離層で地表への侵入を防ぐことができるのですが、強くなりすぎるとある程度抜けて地上にも到達してしまうことがあります。オーロラはこの太陽風が電離層にぶつかる際に発光するもので、通常も太陽から出てくる太陽風の影響を受けやすい北極や南極とその周辺といった高緯度の地域で通常見られる現象です。しかし今回のような大規模なフレア現象に伴う太陽風ではもっと低緯度であってもオーロラを見ることができたようで、実際北海道でも見ることができたようです。

私自身は生涯で一度も自分の目で見たことが無いオーロラ。やっぱり憧れます。
でも、無線に関わる仕事をしていた時期が長かった自分的にはオーロラが出る状況で電波の世界で何が起きるかを一応理解しているので、あまり喜んでばかりはいられません。
貧乏性なもので。

宇宙空間は太陽風吹きっ晒し

実は太陽風自体の密度は通常の理解の範囲でいうとほとんど真空と言ってもいいくらい希薄なものです。それ自体は太陽というか恒星の活動の結果放出されるもので、別に特別なものでも何でもないわけですが、今回のように恒星(太陽ですね)の表面での大規模な爆発の結果通常より密度の高い磁気を帯びたプラズマ粒子が短時間に大量に放出されて飛んでいきます。問題はたとえば地球がその太陽風が地球の軌道に到達するときに飛んできたところに地球が居るかどうか。居たとしたらどのような角度でそれを受け止めることになるのか。

地球の公転軌道上の地球が居ない方向に飛んでくる分には大きな影響は無いですが、宇宙空間に太陽から飛んでくるものを遮るものはありません。地球は吹きっ晒しです。人工衛星も当然吹きっ晒しです。継続的に強い磁気を帯びた「太陽風」にさらされることにより電気的に色々起きるんです。たとえば地球ならオーロラとして自家消費してくれると一番害が無いのかもしれません。ただ、電力を使うモノにとっては平時と電気的な環境が変わるので色々起きます。送電も有線無線の通信も影響受けます。
程度問題ですけれど。

例えばGPSは座標がドリフトします

平成29年9月に今回よりは規模の小さな太陽フレアの影響によりGPSの測位データがどの程度ずれたのかという国土交通省国土地理院報告書があります。
国土地理院:(平成29年) 9月6日に発生した太陽フレアのGPS測位への影響(速報)

影響がでます。がっつり影響します。

これがカーナビだとジャイロなどを使った補正がしっかり効くように作られていれば大きな偏差が出ることは無いかもしれません。ただ、平成29年の時には「自分の車が海沿いではなく海の中を走ってる」とか「案内がさっぱり機能しない」といった話が出ていた記憶があります。

何故影響が出るのかというのを詳しく説明すると大変なのですが、とりあえずここでは「太陽フレアがGPSの測位データに影響を与える」という事実だけ頭に入れてください。

それが農業に影響を与えるという事実

海外の大規模農場で、GPSの測位データと自動運転の巨大コンバインを使って種まきや収穫を殆ど自動化しているケースが実は非常に多くあります。例えばアメリカやカナダのサッカーグラウンド10面とか20面分とか見渡す限りの巨大なジャガイモや人参などの畑で、雑草が生えるのを防ぐ意味もあってインチ単位の間隔で密集かつ正確に畝を地面に座標として定義してまっすぐ種を蒔き、収穫時にはブルドーザーで一気に地面ごとめくり上げるように巨大な鋤のようなアタッチメントで一気に地面からめくり上げて土を落とし、並走するトラックの荷台にどんどん流し込んでいくような農業が行われています。小麦やトウモロコシも土をめくり上げないだけで、規模ややり方はあまり変わりありません。

そうです。GPSが命なんです。

逆に言うと、太陽フレアの発生が種まきや収穫の時期にあたると影響をまともに受けます。規模が大きいだけに、農場という一つの大きなシステムをうまく運用できなくなると何百万ドルとかの単位で損害を受けてあっという間に農家が破産する危険性があります。

GPSに本当に命がかかっています。

ただ、実際今回はかなり大きな影響が出たようで、たとえばこちらはカナダの放送局 cbc の報道ですが...
The solar storm knocked out GPS equipment on farms -- and it could happen again
「太陽の嵐が農場のGPS機器機器をノックアウト - しかもまた起きる可能性もある (リンク先は英語;日本語のタイトルは岩永の翻訳)」

GPSの測位がきちんと機能しているかどうかが本当に死活問題となっている例です。日本の場合にはここまで大規模な自動化の例があるのかどうかは知らないのですが、いずれにせよ「天災」という次元の話として「きちんと動くことが当たり前」だと思っているGPSが頼りにならなくなる事が起きる、というのをどこかで意識していないといけないという話です。

因みに磁気を帯びた粒子が飛んでくる関係で、GPSの衛星が影響を受けるのと同じく通信や放送の衛星、更には宇宙ステーションまで電気的に不具合を起こす可能性があり、しかも太陽フレアの規模から大体の影響度合いは想像できますが実際に影響を受けてみないと何が起きるかわからないという怖さはあります。勿論どこの国の衛星なら大丈夫などという話はありません。誰が打ち上げた衛星だから大丈夫という話もありません。
宇宙空間は吹きっ晒し。みんな同じ条件です。

でもGPSってカーナビとかだけじゃないの?

いえいえ。実は例えば携帯電話の基地局の一定割合にGPSのレシーバーが付いていて、そのレシーバーで受ける信号を元に動作の同期を取っています... というと難しくなるのですが、要はGPSの衛星が正しく動作して届く電波が正しい状態でないと無線通信ネットワークとして正しく動作できなくなります。また太陽風が地上にまで影響を与えるとなった場合、それは送電網や通信網が影響を受けることを意味します。

なお、影響受けるのはGPSをはじめとした宇宙空間にある衛星だけではなく、地上の電力や通信で使っている電線に影響が及んだりとか色々起きる可能性があります。でも磁気を帯びた粒子が引き起こすから光ファイバは大丈夫?そんなこと無いです。光ファイバの両端には普通に電気で動くルータとかが繋がっています。そこが動かなければ何の役にも立ちません。それでなくても電波の伝搬状況が不安定になって無線屋が青くなるのに、もっと大規模になると地上の通信屋も青くなります。電力も同様で、電力が不安定になれば世の中全体が青く... というか暗くなります。

但し、幸いなことに今まで地上で大規模な影響が出たことはありません。でも今まで問題になっていなかっただけの話で、物理法則的に影響が起きる可能性が指摘されているのは忘れるべきではないと思います。

これはもう天災ですから、太陽の大規模なフレアの影響で電気が使えなくなるという事故が起きる可能性はゼロではありません。
それも発電所や変電所が飛ぶほどの事態になると、復旧まで何か月かかるかわかりません。
ちょっと怖いです。
怖がってるだけでは何の役にも立たないのですけれど。

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