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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

スターリンクのような衛星通信インフラが必要となる場所は意外なほどある話

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例のイーロンマスクのスターリンクがエリアの広さはともかく日本国内で利用できるようになったのが去年の10月から、そして今や基本的に全国(の基本的に陸地)で使えるようになっているのですが、当初「なんだかすごいぞ」と飛びついたけれど冷静に考えると普通に光回線が使える自宅で使うとして申し込んだらやっぱり不要だったので速攻解約したけどアンテナが手元に残ってしまい困ってる... といった話が割と最近目の前を流れていたりしました。

それを眺めつつ「単に新しく通信環境作ったから何か起きるとかないですから」と思う私は無線屋ではありますが直近10年近くにわたり通信の世界のL1/L2周りの物理的な通信環境に直接手を出す立場で関わっているという純粋なエンドユーザーとは違う立ち位置にいるので、ちょっとシニカルに見てるところは正直あります。
でも衛星通信を自分で使える状況って実利とか別にして何だか夢があるし、まずとにかくその新しい何かに飛びつける気持ちの強さは凄いなと思っています。

ただし実際問題として要は単なる通信経路なのでそれを入れたから何かが起きるという話は殆どないと思ってます。もちろん世の中には衛星回線を使わないと通信経路を確保できない状況は山のように存在していて、それこそウクライナの今の状況などその最たるものだったりするわけですが、例えばそれは日本国内でももちろん存在していますが、光回線(あるいは4Gや5Gのモバイルサービス)が使える環境であればたいていの場合無用の長物じゃないかと私見ながら思っています。

そうじゃない環境の中でも例えば山岳の山小屋とかある意味「生活に直接影響する場所ではない場所」でのニーズはもちろんあるのですが、離島や人口の非常に少ない地域など固定回線を敷設し維持するのが非常に困難な場所というのは意外なほど存在します。

これがメタルのアナログ固定回線の場合には「ユニバーサル・サービス」の一環として利用希望があれば何としてでもメタル線を敷設してサービスを提供する義務が通信事業者(具体的にはNTTですが)に存在していて、その維持管理のためのコストの一部負担として各種通信サービス利用の際に利用者からユニバーサル・サービスのための費用が賦課されています。

でもそれはあくまでも電話のサービスのためでありデータ通信サービス維持のための施策ではなく、サービスの陳腐化や設備老朽化のためにメタルのアナログ回線でサービスされていたADSLが順次終了するのは既に多くの方がご存じ...というか、世の的にはそもそもADSLって何?という方の方が多いかもしれません。

そんな「インターネット考古学の世界」に既に入ってしまっているADSLなのですが、実は国内で離島などではないにも関わらず事実上光が引けず、でもメタルで使えるADSLは終わってしまうので、インターネットにつなぐための固定通信インフラの環境がなくなってしまうという場所は実は多く存在します。そういった場所においては「じゃぁ無線で代替できるでしょ?」という話は昔から出るのですが、無線インフラとてコストがかかる話なので利用者数や通信量があまり見込めない場所に基地局を打つのはとても難しいのが現実です。

でも例えば「それでも近所にケータイの基地局のアンテナがあるんだから光は引けるんじゃないのかよ」という話も出たりしますが、基地局の光回線は一般のサービス用光回線ではなく基地局接続のための専用回線として引かれたダークファイバーが基本で、それらにスプリッタ入れて一般のユーザーサービスのために転用するといった相談自体ができない話だったりします。

ということで、スターリンクを使おうというユーザーさんが当然出てきます。
ある意味王道だと思います。
別に私自身はスターリンクの関係者ではないのですが無線屋の一人として地上だろうが宇宙だろうが電波で通信する必然性があるなら使うべきだと思っています。

でも衛星を使う以上空が見えている方向や周囲の障害物に大きく影響を受けるし、降雪や大雨では電波が通りにくくなって不安定になったり切れたりするし、低軌道周回衛星であっても地上での通信とは比べ物にならない距離を電波が往復するので理論上一定の遅延は必ず出るし、宇宙空間に浮く衛星側で利用できる電力の制限があるので速度の非対称性も非常に大きくなる宿命(特に上りは原理的に遅い)は持っているしと、地上での無線通信とは様相が異なる制限と苦労が付きまとってしまうのは甘受するしかない話ではあります。
しかもそれらの多くが無線の物理法則から決まっている制限であって、何かしら技術的なブレイクスルーというのも殆ど起きない世界だったりします。

とは言え、1985年から仕事として2400bpsの音響カプラーや9.6Kbps/19.2Kbpsアナログ専用線といった世界を振り出しにデータ通信周りにいろんな形で関わってきた自分的に「衛星放送を受信するという話ではなく衛星通信を一般人が使えるという状況はやっぱり凄い世界になったよな」と本当に思います。
ただし衛星が山のように光って天文観測の邪魔になるという話は平行して気になっていますが。

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