オルタナティブ・ブログ > THE SHOW MUST GO ON >

通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

「日本の技術力」というものの捉え方を考える

»

この話は凄く深いのは誰もが認めるところだとは思うのですが、たとえば実装レベルあるいは実用化レベルでの標準化の話と、何かしらの根っこのところで標準化への関与度合いの話を混同するととてもわかりにくくなってしまうと思うんです。例えていうと、前者はDe Facto Standardの話が入り込んでくる事が散見されるし、後者は国際機関や業界機関の中での活動の話という側面が強くなるわけです。特に後者においては(色んな人が嫌がるだろうけれど)政府機関やそれに類する組織の、その業界や領域での力の入れ方や入り方、根本的なところでの思惑、そこでの実際の声の大きさ、過去から今までの資金面と人を含めた貢献度合い、そしてロビイングに関わる人々の動きなどが絡んできて、しかもそれらの多くが(間接的なところまで含めて)関係者以外から非常に見えにくいという前提を忘れるべきでは無いと思うんですよ。つまり良いものが世界標準になるとかそんな甘い話はどこにも無いし、技術力だけで勝てるなんてのはありえないし、実際に勝っている人や組織はそれなりに動いてるわけです。それがITであれ通信であれなんであれ。

いや、玉川さん日本の技術力っていうのは、やはりもうダメなのでしょうか?とある難問への回答というエントリーを読んで、普段思っている事がなんだか急に色々と湧き上がってきました。いや、否定とかそういう話では全くありません。むしろ、こういう問題や現状をどう解釈し、どう理解し、どうすれば良いんだろうというねという流れの話です。

 

そもそも「日本の技術」はどうよ論

もちろんそんな事を全部ネグった上で「日本の技術力云々」を議論するのはとても簡単なので盛んに言われるわけですが、目の前の出来事の後ろで全然違う何かが起きてるのは普通にある話。それこそたとえば通信規格の話なんかがその最たる例なんだけれど、日本の技術が全く世界の中で歯がたたなくなったかと言うとそんな事は無いし、そもそも世界標準自体がどこでどうやって決められるのか、それは誰のどういう思惑で動いてゆくのか、どういう時間軸で形が出来てゆくのか、そもそもITUとIEEEってどういう関係なのか等などがわかっていないと例えば基礎研究レベルの話とかなんとかってのは云々できないし、評価も出来ないわけです。もちろん駄目なのは駄目なのだけれど。

 

更に「日本の現状」ってどうよ論

因みに何らかの形で技術を形にする次元の話で言うと、確かに日本では上手く行っていないと見えることが実際に多いのは事実。そしてたとえばアメリカから色んなモノが出てきて世界を席捲しているように見えるのも、そう見えるだけじゃなくて実際にそういう風に動いてるのも事実。でも、たとえばそこで働く人たちが全部アメリカ生まれアメリカ育ちの人ってのは既にありえない話であって、あくまでもその母体となった組織がアメリカ籍の企業であったことが多いのは事実だし、アメリカという国自体がそういう事業に対して資金や人を含めたあらゆるリソースを集めやすいのも事実。ただしその裏側でヤマのように失敗例があるわけで、上澄みの成功例を見るだけでは駄目でしょ?とは思うんですけれど、それらが日本語で伝わる事は少ないから、多くの人が「かの国は成功例が一杯ある」ということだけ理解してその裏の累々たる屍の山についてはあまり議論されない。多分東南アジアやインドも含めた日本とは違う環境でそういう状況なのも事実。ただ、そこにいるのは全部その国の人ではないし、そこに金を出しているのもその国の人だけじゃない。

 

あまり議論は単純化させないほうが良いとは思うんです

ということでワタシ的には短絡的に日本の技術がだめ論は論外で、それを使い倒せる組織や環境が日本に無い(かもしれない)というところが根本的な問題だと思ってるんですね。もちろん韓国みたいに国内市場が狭すぎて伸び代が少なすぎるから海外に行くしかないというほどキツくはないにしろ、その技術にとって本籍地が日本であってもなくてもどうでも良いし、別に誰の資金でどこでなにやっても良いわけで、それが最終的に日本に返ってくるような形を作るという意識が無い事が一番の問題だと思うんです。

もちろん日本の環境だから大きくなった技術と言うものも当然りますし、日本から外に持ち出すのに御幣がある技術と言うものもあるわけで、それ自体を否定するものではありません。結果的に諸々の環境条件やら何やらが綺麗にハマって花開いた事例はもちろん沢山あるわけですし、結果的に「日本発の何か」がキチンとある事はとても誇らしい事だと思います。

 

「日本の技術」は駄目なのか?

これでも一応1980年代後半からテクノロジー即ち「技術」をどのように啓蒙してゆくのか、わかりやすくその存在を知らしめるのかという活動に長く関わってきました。更にはある技術の「国際規格化」に末席ながら関わった経験もあったりして、やはりそれなりに考えるところはあります。

そしてそれらを踏まえて、日本の「個々の技術力」が駄目なんじゃなくて、それを使ってもらうという意識、それを売り込む意識、それをベースに外の知識を取り込んでゆく意識が無い組織が駄目なんだと思うんです。もちろんそれを考えて前に進んでいる組織があるのは理解しています。でもそうじゃない組織があるのも事実だろうし、やっていると胸を張っていてもそれが上手く行かないのは何かが違うからなんじゃないのかと思うんです。本当に私見ですが。

もっとも、自分で議論を単純化させすぎるなといいつつも結論としてこんなに単純化して表現してしまうのはいかがなものかとは思いますが。

 

Comment(2)

コメント

岩さんのことがますます好きになりました。
この議論って、オルタナトークで取り上げてくれないかな。きっと様々な人が自分の意見を持っていて、それをきちんとアウトプット機会がまだまだ足りないのだろうなと思います。国家は火急の問題山済みで楽天的なテーマに聞こえるかもしれないけど、今やらなければ将来大きな負債をさらに抱えることになりそうでちょっとしびれを切らしています。
これからもよろしくお願いします。

いわなが

NewTamaさん、コメントありがとうございます。
たとえばIT業界でマーケティングなりPRなりに携わっていると、どこかで同じようなことを考えることがきっと誰にでもあると思うんですよね。もちろん立場立ち位置によって思うところは違うとは思いますが。
で、それをどこまで公言できるのかっていうところで逡巡するのも良くある話だとは思いますが、でも、思った時にきちんと議論しないといけない問題だとは思います。

コメントを投稿する