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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

賞味期限のない口コミサイト情報には意味は無い

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本来、どんな情報にも賞味期限があると信じています。もちろん過去の状況の参照という行為で必要になる場合には期限が無限になる場合もあるかとは思いますし、そうでなくても何時付けの情報かというタイムスタンプが無いと何時の情報であっても意味を持たせる事が出来ない情報もあります。また、可能な限り今に近いところが求められる場合もあるわけですが、何れにせよ情報自体には情報が発生した日付があるべきだし、基本的には全ての情報に賞味期限があると信じています。

もちろんその情報の質も問題で、どのような状況を誰がどう評価したのかというところも重要だと思っています。特にそれが個人の嗜好に非常に近いところだと、なおさらだと思うんですよ。

 

誰がどのような状況で下した評価か判らない情報には意味は無い

同じものを同じように見たとしても、その人の背景や目的、そしてもちろん評価軸の問題で当然ですが評価は変わります。そもそも嗜好品に関しては評価する人のことが全くわからないと当てにならない事が多々あるはずなんですね。もちろん誰だか判っていても、いわゆる営業の一環として褒め称える話というのは食べ物に限った話ではないですから、そこは何歩か引いてみないとよく判らない。

因みにそれが人であれ媒体であれ同じ事だというコトは肝に銘じたほうが良いとは思います。だからといって取り上げている業界からの広告は一切受け取らないぜというストイックな姿勢だけが評価できて、後は基本的に提灯記事ばかりでしょ?という極論もあるんですが、情報に触れる側が提供している側とある程度の付き合い(購読なりなんなりという行為も含めて)をしていく中でポジションもバイアスの係り具合もわかってくるんじゃないかと思うんです。

 

いつ評価されたのか判らない情報には意味は無い

食べ物にしても何にしても、基本的に流行り廃りがあるわけです。当然そのあたりはサービスなり物品なりを提供する側も考えるわけで、過去から未来永劫同じ物と接する事が出来る、生きた伝統芸能みたいな世界というのは殆ど無い。であれば、その情報が一体何時の情報なのかっていうのが重要である事は自ずと判るわけです。

たとえば飲食店の場合、その店のスタッフや資本の出入によって当然何かしら変わったりするわけです。良くなる事もあるだろうし、悪くなる事もアルだろうし、そして変わらずずっとそのままというコトもあるかもしれない。だからこそ、参考にするなら可能な限り直近じゃないとあまり意味が無かったりするわけです。もちろん老舗の評価というのは別次元なのかもしれません。もちろん歴史を知る上でそもそもどういう店だったのかということを知ることに意味がある場合もありますから、一概に旧い情報は要らないとは言いません。でも、自分が行く店を探すならば可能な限り新しい情報が欲しいと私は思います。だからこそ、いつ評価されたのかという、いわゆるタイムスタンプが必ず欲しい。そしてたとえば2年も前の情報は要らないとかの選択肢があっても良いなと思う事が時々あります。

それが雑誌なんかだと発行年月日で直ぐに判るから気が楽なんですけどね。

 

誰に何を伝える意図があるのかが判らない情報には意味は無い

Web上で手に入る情報は当然誰かが書くわけです。食べ物であれ何であれ、何かの意図があってわざわざ書くわけです。余程感動したとか、逆に余りに酷いと怒りに任せてとか、まぁそれぞれ固有の事情と動機があると思うんです。更には自分の思うところを誰かに伝えたいという非常に強い使命感に燃える方もいらっしゃって、それがいわゆる「SHAREする文化」論に繋がってゆく訳ですが、何れにせよ事情と動機はそれぞれ。

ただ、それが文字面からでは全く推測できないのがチョイと恐いなと常々思うんです。実際のところきちんと読まないと褒めているのか貶しているのかよく判らないコメントを読んだ事は一度や二度じゃ有りません。

そもそもお前が物事をシニカルに見てるからだよと言われると実も蓋もありませんが、例えば星(あるいは点)の付け方に客観的な基準があるわけでもなく、

もちろん、その店に行こうとして調べてる人に対して何かしら情報を伝えたいという意志がある事が多いと思います。それは判ります。でも・・・ね。

 

意味の無い情報があるという事を理解していなければ意味は無い

これは何であれ同じだと思います。立脚する考え方が性善説であれ性悪説であれ、結果的に意味の無い情報があるというコトを理解していないと怪我をするのはその情報をアテにした本人。ただし、どう見ても意味の無い情報であっても誰かにとって意味の有る情報だったりするのが微妙で、そのあたりを表面上から読み取る事っていうのはとても難しい話になります。

・・・という難しい話は良いとしても、ネットから探し出せる情報というのは正しいという先入観、検索の上位に来るものは正しいという先入観、そして誰々が伝えているから正しいという先入観みたいなものはどうよ?と一歩でも二歩でも引いて眺める事は必要だと思うんです。

因みにそれは、別にグルメサイトや旅行などに絡んだ情報に限る話ではないのは当たり前の話です。別に何から何まで接するもの全てを疑えなんて事は言いませんが、物事や伝わってくる事には必ず誰かしらの何かしらのバイアスがかかっているというコトだけは忘れちゃいけないと思うんです。急に支持が伸びるようななにか、急に高感度が上がった何か、急にシェアが伸びた何か、逆に急に評価が下がった何か。自分自身が当事者で無い限り、そこには自分の知らない何かが動いてる筈です。誰かが何かを仕掛けているのかもしれないし、良いと思われているものが実は全然駄目だというコトがばれてきちゃってるのかもしれないし、逆に良さが時間をかけて浸透してきているのかもしれない。

で、そのあたりを冷静に考える余裕を持てるとしたら、それが大人なんだろうなと思うんです。
余裕をもてるだけの基礎知識というのは色々と持っているべきだと思うんです。
でも、じゃぁ自分はどうよ?と言われると・・・だめです。まだまだ勉強が足りません。

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