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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

国家のパブリシティにPR会社が関与することがあるってのは意外に知られてないのかも

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実は何気にリビア情勢やコートジボアール情勢に詳しいと仲間内で(ホボ冗談ですが)言われている私の目にふと留まったカダフィ氏、米企業に巨額払いイメージ改善ねらうというCNNのサイトの記事。

世界的に見て、政治活動の中で日本の産業分類としてのいわゆるPR会社や広告代理店といった業種とされる企業が関与することはそれほど珍しい事ではありません。もちろんそれらの企業が政策自体に関与することは基本的に無いですが、たとえばリサーチ的な話から選挙や政策実行の段階でのパブリシティの部分とか、いろんな分野で関与することがあります。実はコレ自体は別に不思議な話ではないのですが、それが何かしら国際的に問題視されている国家の絡んだ話だと、記事ネタになってしまうわけです。

 

情報を出したい人がいて、情報を欲しい人がいるから成立するパブリシティやマーケティングのビジネス世界というもの

いわゆるロビイングというのがあまりよい印象をもたれない日本の場合にはそれが目立たないという側面がありますが、世の中のいろんな話を進めてゆく上でいろんな人が動き回る部分というのは普通にどこにでもあります。どこまで機能しているか、どこまで有効なのかっていうのは業種、業態、政治形態、国家体制などなどによって一様ではありませんが、そういう行為があるかどうかというとどこにでもある、と言う前提で物事を考える必要があります。

逆に言うとそういう形で多くの人が関与する事によって必要な情報やスキルがいろんな活動に生かされるわけで、その流れ自体を断ち切ってしまおうとすると実は掛け声だけで何も出来ない集団が生まれたりする事があるんですが、まぁ、それはちょっと別の話。

で、本題に戻すと、たとえばこのリビアという国が世界の中で処遇されたいと思っている形、立場、見え方などがある中で、それを効果的に実現するためのプロフェッショナルスキルとしてPR会社を使うなどする事自体は別に不思議でも何でもありません。

もちろん、そのリビア政府が国内に対してどのように振舞っているか、それが倫理上許されるのか、国家間での立ち位置を踏まえるとそれは問題ない行動であると判断する人が多いのか少ないのか、そしてそれは誰なのかといった非常に多くの変数の検討が判断のために必要です。実際のところ、たとえば米国企業の場合リビア政府自体は取引してはいけない「テロ支援国家指定」を受けていたという事実がありますから、米国法に基いて違法とされる可能性は当然あるのですが、ロビー活動などを規制する事はできないとか、まぁ色々あるわけです。歴史的背景や思想的背景も簡単な話ではありません。

因みにそれは別にリビアに限った話じゃありません。どの国だってどの業界だって多かれ少なかれ。で、それらを純粋にパブリシティーというビジネスという立場で考えた場合、十分に成立する市場であるんですね。「そんなのおかしいじゃん」とか「それは汚いビジネスだ」とか何とか色々と異論はあるでしょうが、それが成立しているという事実は事実として受け止めるべきだと思うんです。

 

それが良い事か悪い事かの判断はしませんが

たとえば嘗てのボスニア・ヘルツェゴビナで、当時のミロシェビッチ大統領の脇にPR会社が居た事を知る人と言うのはそれほど多くないかもしれません。政治的政策的な話にはもちろん一切関与していないのですが、プレスとの記者会見のアレンジや、メディアや一部外交関係者との橋渡し、リリース文の下書きから投げ込みなど、PR代理店として求められた機能を果たしていたという事実があります。

逆に言うと、ミロシェビッチ大統領とその側近が西側諸国の政府関係やメディア関係にパイプが無いとかどのように振舞っているべきかという訓練を全く受けていなかったなどいろんな要素が絡まって外部のPR代理店に声を描け、実際にボスニア紛争の裏側で一定の役割を果たしていた訳です。

それが良い事か悪い事かの判断とは別です。

 

プロとして誰かがサポートしないといけない事が実は多いコミュニケーションの世界

ビジネスや技術の世界でそれなりに成果を出していたりする人で、キチンと何かを人に伝える訓練をキチンと受けている人と言うのは少ないのが事実です。だって、そんなことをやってる時間が無いほど本業をやってきているわけですから。それは公務員でも同じ。

でも、それでも、何かの理由で誰かに何かを伝える必要が出てくることがあります。それも、同じ用語が通じ、同じような前提知識を持たない人に対して。そこで必ず起きるのが私が時々言う「判っている人には、判っていない人がなにを判っていないのかが判らない」というコト。

だから誰かが翻訳してあげる必要があると思うんですね。で、それがたとえば本来メディアが持つべき機能の一つじゃないのかと常々思いつつ、まぁ最近は色々あるよねと思うことも増えました。

いや、別に、だったら俺にやらせろよと言う甲斐性は無いのですが、通信事業の末席で禄を食み、コミュニケーションという分野に長く携わってきた身として思うことがひとつや二つじゃないのは事実。

 

まぁそんなコトをツラツラ考えつつ世の中を飛び交う情報を眺める日々です。

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