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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

備えよ常に(個人として)

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図らずも3月11日付けのエントリーとして「悲観的に準備をし、楽観的に対処する」という姿勢という内容を書いていた私。その際のお題は実は一般的なビジネスの場で遭遇するプロジェクトなのですが、気持ちは今回起きた自然災害のようなものに対しても通じるところがあります。

たとえば1995年の阪神淡路大震災。そのとき私は東京でしたが、私とカミさんの実家は両方とも神戸。親兄弟親戚友人がそこに居る。身を切られるような焦燥感を感じながらテレビの中継を見ていたことを今更のように思い出します。

 

オヤジに一喝された、震災当日の夜の事

幸いな事にその日の朝のうちに私とカミさんの両方の実家と連絡が付き、それぞれが無事である事を確認する事ができました。でもその時点では親戚関係の状況はまだよく判らない。で、その後は当然ですが電話の輻輳や発信規制もあって全く現地と繋がりません。今のようにメールなどの代替連絡手段もなく、テレビやラジオで流れる「現地との電話は掛かりにくくなっているので、かけないように」というコメントを尻目に「こっちは親兄弟の安否を知りたいんだ。そんなの知るか!」と時間を見ては電話をかけていました。でも、全く掛かりません。既に気持ちとしては食料やら何やら背負えるだけ背負って大阪側もしくは岡山側から陸路で歩いてでもたどり着きたい、一刻も早く現地に行きたいという気持ちで一杯です。

ボランティアなんかじゃありません。家族を救い出したい。家族を助けたい。気持ちはその一点。

でも連絡が付きません。新幹線は西明石のあたりで駄目になってるらしいとか、阪神阪急の私鉄2社は路盤が崩壊しているとか、果ては阪神高速神戸線の高架が倒壊している(実は義理の兄の家がその西端から直線で500メートルくらいのところで非常に焦りました)とか、もう目に入る映像は焦燥感を掻き立てるものでしかありませんでした。でも、自分は今すぐにそこに駆けつけることは出来ない。

でも、何が何でも助けに行きたい。

 

そうこうしているうちに夜になって私の実家から電話が掛かってきました。当然のように電話に飛びついたわけですが

私「やっと連絡がついた。大丈夫?怪我とか本当に無い?}
父「今、すき焼きやってるよ」
私「へ?」
父「電気以外は復旧したんだけど、冷蔵庫にいい肉があったんで勿体無いから食べちゃおうってことでね」
私「・・・ 判った。で、食料でも何でも背負ってそっちに直ぐ行くけど、何が必要?」
父「要らん。来なくていい」
私「え?だって・・・」
父「(現地は電気が無いのでテレビを見ていない状態だったのですが)きっと大変な事になってる。お前が来ると人が増える分大変だから今はこなくて良い。こっちはみんな怪我もなく大丈夫だから」
私「でも・・・」
父「今は邪魔だから来なくていい。むしろ駄目になったらそっち(横浜の私の家)に避難するから、いざとなったときの段取りを考えててくれ。どうしても来るなら新幹線が全通してからでも間に合う」
私「わかった。じゃぁそうする」

だいたいこんな会話でした。正に一喝です。余計な食い扶持が増えるとメシもトイレも水も全部困るから来るな、と言う話。

因みに私の父は昭和8年の生まれ。長崎県の諫早市で育ち、防空豪の中で焼夷弾を頭上に降らされた経験があります。そんな父が地震のときに咄嗟に「空襲だ!」と思ったという話は今では笑い話ですが、その年代の人間の経験から出た一言は非常に明快でした。

 

備えよ常に

有名なボーイスカウトの標語のひとつです。想定される状況(ボーイスカウトの場合には殆どが野外活動に関するものですが)に対する訓練や知識の習得に努めること。そしてそれらが必要なときにキチンと役割を果たせるようにする事。

これはどんなプロジェクトであっても同じですし、当然ながら自然の脅威に立ち向かうときにもにも当てはまると思います。自然災害を防ぐ事は容易ではなく、一旦起きてしまった災害の前になすすべも無い状況。

東京や横浜が生活圏である私にとって出来る事は限られており、現時点ではまずは現場の状況に対応するべく投入されている自衛隊員をはじめとする諸氏の救援活動への奮闘に期待するしかないわけですが、それでも目の前の事態に常に備えを怠らない事、という事を心がける姿勢を持つのは大事だと思うんです。そこをもう一度キチンと見つめる事は大事だと思うんです。

たとえば節電なり何なりというのはそのひとつだとは思います。そこで生じる不自由に文句を言う筋合いなんて全くなくて、まずそういうところから。それが今の時点で求められている役割の一つ。

そして自分自身の問題として、たとえば帰宅不能状態に対応する方法をはじめ、この先起きるかもしれない不測の事態に自分なりに対応できる物的心理的準備を怠らない事。で、もちろんそれ自体は大事なのですが、もっと大事なのはそれを維持し続けること。一週間? 一ヶ月? 一年? いや、ずっと。

 

自戒 

因みに私の場合、阪神淡路大震災の後10年以上、常に鞄の中に最低限の医薬品、小型の懐中電灯、皮の手袋、マスク、軍用のマルチツール、2食分程度の非常食と小さな水のペットボトルなどを入れて普段から持ち歩いていました。大した重さでも量でもないのですが、流石に10年以上も経ち、自分自身の気の緩みもあったんでしょうね。何となく持ち歩かなくなってきていました。簡単な医薬品はいつも持ち歩いていますが、それ以外だとオフィスの机の引き出しに非常食と水だけは常に入れてあるくらいで・・・ 

駄目です。全く駄目です。全く備えが出来ていません。この週末に慌ててフル装備。もう一度キチンと揃え直しました。帰宅不能で歩いて帰る状況にすら丸腰で対応するしかなかった状況。全く駄目です。

 

ということで、備えよ常に。
もう一度頭に刻み込みます。

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