オルタナティブ・ブログ > THE SHOW MUST GO ON >

通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

私、実はお財布ケータイを使わない人です

»

最近はなんだかケータイの基本機能っぽくなってきた「お財布ケータイ」。電車やバス、新幹線はそのまま乗れますし、コンビニで買い物も出来る。応用で会員カードとして使えたり、クーポンを持たせることも出来るわけですが、旧型なワタシの場合、なんだか信用できません。
あ、でも信用できないのはケータイ自身や機能ではなくて、ワタシ自身なんですけど。

 

ケータイを失くすと全てを失う恐怖との闘い

お財布ケータイに対するワタシ自身の壁は、主に人間は失敗するものだという信念(というか自覚)、そして基本的に単機能であるものが好きだという好みが構成要素になっています。

そんな中で、一番の恐怖は、ケータイをどこかで失くしてしまうと全てを失ってしまう恐怖です。まぁさすがにある程度は現金ももちろん持ってますからその場は何とかなりますが、色んなところに連絡しなきゃいけない・・・ あ、連絡するためのケータイが無いんだ。

杞憂かもしれませんが、そこにある精神的な壁。

 

直ぐに思い出せるのはカミさんのケータイと自宅の電話くらい

まったくもって電話番号を覚える行為を止めてしまってから、ケータイがなくなると何処にも連絡できなくなります。以前は指が電話番号を覚えていた時期もありましたが、いまや電話帳機能を呼び出すのを覚えているくらいで、頭以上に指の物忘れが激しい。

単に歳をとっただけかもしれませんが、そこにある自分の経年劣化の壁。

 

目の前にあるモノを信じる

電車とバスはPasmo、もしくはSuica。会員カードやポイントカードはそれぞれ個別。クレジットカードもそれぞれ個別。その場で「それを使うんだぞ」と見た目でもわかるカタチにどうしても寄ってしまうのがワタシの行動原理のようです。

とはいえ、ケータイで使うとそうじゃない場合に較べて大きく差がつくような状況が生まれてきたりすると考えるのかもしれませんね。いや、実は四の五の言っていてもそれに気が付いた瞬間に切り替えちゃうかもしれませんけど。その意味で、ケータイに最初から付いているクレジットカード機能ってのはヤバいんですが、幸か不幸かそれを使うと便利な局面にまだ出会ってない。

最後の最後は、まだ自分が納得してないだけという、自分のキモチという壁。
そんなこと言ってるのが既にデジタルデバイドなのかもしれませんけどね。

Comment(2)