「廃校」ビジネスから生まれる、ポストコロナのライフスタイル。 ~嗅覚センサーを見直そう(22)~
文部科学省が「みんなの廃校」プロジェクトを展開している。少子化や市町村合併によって多くの廃校が発生しており、活用方法が模索されているのだ。
一方、生活環境中の有害物質曝露によって健康を奪われたひとたちが、避難先を探している。
双方をマッチングできないだろうか。
彼らの望む暮らしは、これからのライフスタイルの礎となるだろう。
呼吸できる場所をもとめて
追われる住まい、放浪するひとびと
近年需要の拡大した高残香性・抗菌などの高機能日用品がもたらす、環境や健康へのリスク。
消費行動を変える根本的な解決が必要であるのはもちろんのこと、健康を奪われたひとたちへの応急処置も急務だ。
健康なひとたちは、自分には無関係なこと、と考えがちだが、健康なのではなく、未発症なだけである。今のところ有害物質の曝露量に排出が追いついているにすぎない。体調悪化の可能性は、誰にでもある。他人ごとではない。あなたや、あなたの親しいひとにも、起こりうることだ。
それらの製品を愛用していた、元使用者たちまでもが発症し、未発症の使用者に対して、警告のツィートを発している。
ある日突然発症し、咳、発熱、頭痛、皮膚炎、嘔吐、腹痛、めまいなど、複数の症状が同時多発的に起こるという。昏倒して外傷を負うこともあるそうだ。
もっとも危険な症状は「呼吸困難」だ。呼吸できなければ生命にかかわる。フリーダイビングの世界記録は11分35秒、それがヒトの限界だ。心の持ちようで超えられるものではない。
最近の製品にはナノテクが用いられている。含まれる有害物質は、布マスクを貫通する。活性炭マスクでも防げない。防毒マスクにたどり着く。それでも完全には防げないというのだから深刻だ。想像してみよう。熱中症のリスクより呼吸困難のリスクの方が大きいために、真夏でも防毒マスクを外せないひとたちがいることを。
自分が使っていなくても、曝露から逃れることはできない。
通勤電車内や勤務先や取引先に使用者がいる。近隣や棟内に使用者がいる。関係を損ねないよう配慮しつつの交渉は難航する。
最善の応急処置は、曝露される環境から離れることだ。
発症してからでは難航する、転居先探し
とはいっても、転居先探しは難しい。
ネットで取得できる住宅情報からは、前入居者の日用品使用状況はわからない。周辺住民の使用状況もわからない。子の転校先の教師や級友の家庭での使用状況もわからない。周辺一帯の、防蟻剤、農薬、除草剤等の使用状況なども、わからない。収入の確保は必要だが、転職のハードルは高い。
転居先候補が見つかったとしても、代理人の内見では、精度を欠く。
発症のきっかけとなった原因製品「のみ」に反応するとは限らない。ほかの合成化学物質も体調悪化をまねく可能性がある。
高残香性日用品が普及するよりも以前に、シックハウス、シックスクールなどによる疾病を発症しているケースもある。
反応する物質、反応する製品に、個体差がある。調査項目は多岐にわたる。
既存の検索システムでは得られない情報を、代理人が網羅してチェックすることは不可能に近い。当事者の内見が必要になる。
ところが、現地へ赴くことが難しい。
コロナ禍を抜きにしても、公共交通機関には、原因となる製品の愛用者が乗車している可能性が高い。視力や平衡感覚に症状があれば、自家用車の運転もきわめて厳しい。長期にわたり合成化学物質をできるだけ排除した生活をしている支援者の、自家用車による送迎以外に、なにか方法があるだろうか。そうした支援者が、国内に何人いるだろうか。
物理的な問題だけではなく、住み慣れた環境から引き離される無念もある。これについては、第18回に書いたので参照してほしい。移転先さえ見つかればいい、という簡単な問題ではない。疾病のうえに、原風景から切り離される苦痛をも引き受けることになるのだから。
懸賞金をかけて、情報をもとめる手段に出た患者家族もいる。それほどまでに転居先探しは難しい。
「懸賞! 化学物質過敏症の妻とかせいさんの新居探し。賞金20万円!! 」
この国では、(その他の問題、たとえばゴミ屋敷や騒音被害やDVなどでもそうだが)、被害を受けた側が転居する形になることが、ままある。これを疑問視する向きもあるだろう。
だが、日用品公害に限って言えば、やむをえない。有害物質の染みついた家屋や庭を洗浄することも、一帯の大気事情を短期間で改善することも、きわめて困難なのだから。住み続ければ曝露が続いてしまう。やむをえないのであって、それが社会的に正しい、ということではない。
廃校利用のメリット、デメリット
廃校ならではの、建材と立地上の利点
民間では、住宅提供の模索が始まっている。たとえば、twitterで知った、この情報。鹿児島県に、転地療養の施設がオープンしている。
「アレルギー、シックハウス症候群及び化学物質過敏症状等専用賃貸住宅 ハーブガーデンコート ~霧島で転地療養~からのお知らせ」
有害物質をできるだけ排除した集合住宅を1から建てるとなると、費用もかかる。既存設備があるなら、有効活用するほうが、工期の面でも都合がいい。全国には空き家が目立ち始めている。 個人対個人で話がまとまるなら、それもよい。
だが、個人の熱意に頼るだけでは、戸数が追い付くはずもない。
そこで、廃校の活用が考えられる。
最低限の手を加えたうえで、短期避難施設、長期宿泊療養施設(期限なし自動更新マンスリー)、希望するなら終の棲家として、利用できるようにするものだ。
廃校になった時期は平成が多く、理由の大半は過疎化である。
廃校には、廃校ならではの、利点がある。
- 人口密集地にはない。大気汚染の少ない場所に立地している可能性がある。
- 敷地が広く、近隣からの日用品公害の影響が限定的。
- 多人数が居住できるスペースがある。
- 水道、電気が通っている。
- 駐車場がある(曝露から逃れるために車中泊をするなど、自家用車所有者も少なくない)。
- 築年数が古ければ、旧来の建材が使われている可能性がある。VOC等の揮発が少ない。
- 原因となる商品の発売前に廃校となっていれば、校内への移香はないはず。
- 調理室がある。(プロの料理人や、料理の得意なひとが多い印象がある)
- 小動物の飼育場所ある。(ペットと一緒に入居できる)
- 視聴覚室がある。
- 菜園のできる場所がある。軽度の居住者による半自給自足が可能。
- 保険室がある。医師、看護師免許を持つ入居者による診療が可能。
できるだけ、昭和の時代にタイムスリップしたような、場所と建物が望ましい。
そのころ、校内に合成された香りはなかった。一般大衆にとって、香りをまとうのは、ハレの日だけであり、におい立つのは参観日だけ。その理美容品や香水にも、現在のようなマイクロカプセルは使われていなかった。
木造校舎で、掃除といえば、生徒たちが、バケツに水を汲んで雑巾がけをしていた時代、それで衛生は保たれていた。
建物、設備、什器備品、すべて昭和~平成前期までの古いものの方がよい。廃校になって年数を経ているほど安全だ。現代の、合成化学物質に過剰適応した生活環境が疾病を生んでいるのだから。
ただし、インターネット接続環境は、公共機関からの連絡や情報収集、在宅ワークなどのためにも必要だ。
辺鄙な場所の廃校となると、回線の敷設が難航しそうだが、その心配は軽減できる。最新の高速無線回線はもとめられていないからだ。入居者が希望しない設備に、費用を投じて無理強いするのはムダでしかない。
では、どうするか。元視聴覚室に旧来の有線LANを敷設する方法は、どうだろう。いくつかの居室にも必要となれば、視聴覚室から近い居室に、ケーブルを引き倒せばいい。タブレットのユーザーは、LAN/USBポート切替器を経由すればいい。
また、最新の建材を使ったオシャレなリノベーションも、もとめられていない。建築基準法施行以降の設計で80年代築の建物なら、最低限のリフォームで済む可能性もありそうだ。
高齢者施設やイベント会場といった他の目的への転用よりも、初期投資は抑えられるかもしれない。
廃校のもつ特性を最大限に活かすことのできる、マッチングではないだろうか。
なお、これは筆者の推察にすぎないのだが、廃校なら複数の棟があるので、症状による住み分けが可能ではないだろうか?
本稿で想定しているのは、近年の高機能日用品に含まれる合成化学物質が引き起こす「日用品公害」によって、日常生活を奪われたひとたちだ。その多くは、高残香性柔軟剤や柔軟剤入り洗剤が発症の引き金となっており、それらを避けることが必須となる。しかし、煙害など他の要因によって、発症したひとたちもいる。天然の物質が症状を引き起こす場合もあるという。各種アレルギーも考慮しなければならない。
原因となる「物質」は多岐にわたり、症状の軽重の差も大きい。いわゆる近年の「香害」健康被害者と、長期療養中の多種化学物質過敏症者が、同棟の居室で暮らせるかといえば、難しいのではないか。
廃校なら、こうした差異を吸収して、最大多数の入居希望者に対応できるような気がするのだが、どうなのだろう?
こういった個体差や医療にもかかわる問題は、実際のところ、当事者でなければわからないことではあるが、可能性として書いておく。
解決すべき課題
ただし、課題が全くないわけではない。次のような要素が必要になる。
- 配管空調設備とエアコンの設置など最低限のリフォームをする工事業者が、一定期間、日用品公害の原因となる製品を使っていない。これは、居室内への移香と有害物質残留を防ぐために必要なことだ。
- 郵便物や通販の配達人が、日用品公害の原因となる製品を使ってない。
- 共用設備の定期的な掃除を外注できる業者を確保できる。その担当者は、日用品公害の原因となる製品を使っていない。
- 下水や配管を伝わって合成化学物質が流入しない。
- 防虫剤や防蟻剤などが使われていないか、最後の使用から長年経っており影響が消えている。
- 一定期間、樹木に殺虫剤が散布されていない。
- 風上の地域からの野焼きや除草剤の影響を受けない。
- 街路樹などからの農薬散布の影響を受けない。一帯の空中散布の可能性がない。
- 旧耐震の建造物の場合、耐震化が可能か、最低限の身の安全を確保するための代替方法がある。
- リノベーションに使う建材の安全性が保証されている。(入居希望者の反応する物質次第では、建築資材などに求める条件も、より緻密に検討する必要がある)
- できれば世帯ごとに、シャワー、トイレを設置できる。
- 引っ越し業者が、日用品公害の原因となる製品を使っていない。配送トラックと梱包資材に原因物質が付着していない。
- プロジェクトにかかわる全員、事務処理を行う担当者まで含めて、日用品公害の原因となる製品を使っていない。
物件検索では主要な条件となる、買い物や通院の便については、度外視するしかないと考えられる。
国内なら通販は届くだろう。半自給自足、不足分のみネットで共同購入、というかたちをとるしかないのではないか。
また、他の疾病や外傷の場合の救急体制も不安ではある。立地条件によっては、積雪や路面凍結などのために、基幹病院への輸送も難しくなることがある。
だが、それは、筆者も含め未発症の者の懸念でしかないのかもしれない。転居を熱望する状態になると、徒歩圏内に病院があったとしても、さまざまな日用品使用者の患者であふれる通院自体が、すでに困難になっているからだ。
「日用品公害の原因となる製品を使っていない」医師と看護師による、訪問診療制度の確立が必要だろう。健康保険制度の確立したこの国で、必要な医療を受けられないひとびとがいることに疑問を抱かざるをえないのではあるが。
緊急避難宿泊施設としての、廃校活用
先の課題の中にある耐震性は、ベネフィットとデメリットが表裏一体の問題である。
あきらかに土砂災害警戒区域や地盤の弱い場所に立地している校舎は除くとしても、旧耐震基準の建造物は、少なくないだろう。海溝型地震が迫り、台風は大型化する。「全面改築による減災」と「いま吸える空気、今日を生き延びられる場所」を天秤にかけることになる。
被災への備えが難しいところだが、体育館のみ合成化学物質の少ない建材で補強するか、グラウンドが無事であることを前提として、反応しにくい素材のテントか、安全な素材で改造されたトレーラーハウスを用意しておくなど、なにか方法を考える必要がある。
合成化学物質による健康被害者は、被災者となったとしても、現行の避難所を使用することができない。コロナ禍により、避難所内でもソーシャルディスタンスを保つ工夫はなされていくだろうが、空気の流れを完全に遮蔽できるわけではない。
避難者の中に、原因となる製品の使用者がいれば、その場にいるだけで曝露してしまう。何十人何百人の避難者がいれば、中には、多数の日用品を併用して柔軟剤スプレーも使うという複合技のユーザーもいるはず。そのようなひととすれ違おうものなら、生命の危険に晒されるおそれがある。
天災に備えて待ったなし。その意味でも、緊急性の高い事案である。
「廃校」というビジネス資産を活かす
官民共同で、昭和の回復者村をふたたび
さまざまな年代の、さまざまな経歴をもつ入居者たちが、それぞれの職能を生かして協力し、自給自足を基本とした生活を営みながら、少しずつ健康を取り戻していく。
そうした場が、かつてこの国にはあった。
昭和前半、肺結核が蔓延していた時期がある。当時、結核は不治の病で、若者は次々と命を落とした。
治療の結果生き延びたひとたちが、健康を立て直し、社会復帰を目指すため、各地の国立療養所に、回復者村が併設されていた。
広大な敷地で、自ら耕し、作物を作り、牛や豚や鶏を飼い、調理し、掃除し、洗濯をする。
体力が戻ると、医療や技術の心得のある者の一部は職員としてとどまり、他の者はひとりまたひとりと故郷へ戻っていったのである。
回復者村は、国が主導していたようである。
日用品公害や、シックハウス・シックスクール、7大公害などによる、健康被害も、当時の結核同様、当事者たちの責任ではない。外からもたらされたものだ。その意味で、国や地方自治体も関わる必要があるのではないだろうか。
だが、事業化には、民の力が必要だ。ベンチャー企業が実務を担う官民共同、いわゆる第三セクター方式が適しているのではないかと考える。迅速、且つ、入居希望者の声を反映しやすくなるだろうからだ。
ここでいうベンチャー企業とは、不動産や建築の業界経験者による起業よりも、技術ベンチャーのほうが望ましいかもしれない。なぜなら、ハードよりもソフトを優先しなければならない局面が多くなりそうだからだ。
技術革新によって事業縮小が予想される部署のエンジニアが、一念発起してくれるなら、それがベターだろう。半農半ITを試みるエンジニアは少なくない。起業家自身が、原因となる日用品の使用をやめて、ネットワーク管理者として常駐すれば、住民たちは安心してインターネットを利用できる。さらに、生活のノウハウを発信したり、季節の移り変わりを常時配信するなど、収益につながる方法も模索できそうだ。
また、地域の社会福祉法人、医療法人、学校法人、福祉系NPO法人、と連携できれば、なお、よいだろう。
学童や未発症の家族を伴っての入居なら、教育や介護も視野に入れておく必要があるからだ。
地方自治体が絡むことで、移転時の問題も軽減できる可能性があるかもしれない。先に書いたように、公共交通機関は曝露の恐れがあって使えない。ましてや遠方となると、移転の手段がない。曝露の恐れを排除した民間救急の車両を用意する必要はあるが、各行政区に1施設を確保できるなら、移動距離は短くて済む。
もちろん、こうした大掛かりな事業が、起業家のボランティアであってはいけない。それでは、継続できなくなる。収益の柱とするかどうかは別として、賃料は決める必要がある。
入居希望者も賃料を支払うことで、設備に対する改善要求を躊躇せずに済むようになる。また、調理、看護、事務のスタッフが必要なら、入居者の家族や、軽度の入居者がみずから担うことで、賃料を減額できるシステムも考えられるだろう。
潜在的なニーズは増えているものとおもわれ、比較的早期に収益構造を作れる事業となるかもしれない。
廃校利用プロジェクトを、ベンチャービジネスとして考えてみてはいかがだろうか。
居住施設としてではないが、廃校を活用したビジネスの成功例が出始めている。
「FNSドキュメンタリー大賞2019『思い出のプールに泳ぐサメ。廃校を水族館にした過疎の町の逆転劇』(2020年2月7日)高知さんさんテレビ、FNNプライムオンライン」
また、次は、廃校ビジネスではないが、ネットワークエンジニアがIT以外の分野で起業した成功事例だ。
「マイクロコミュニティから見える未来 京都発の小さな缶詰工場、『プレミアム缶』で産地をつなぐ(2020年3月4日)須田 泰成、ひとまち結び」
文科省が推進する、廃校活用プロジェクト
このようなハード面の整備を伴うプロジェクトに、国の支援を利用しない手はないだろう。
少子化や市町村合併の影響により、全国に多くの廃校が発生しており、活用方法が模索されている。
文部科学省は「みんなの廃校」プロジェクトを立ち上げ、情報を提供中だ。
「~未来につなごう~「みんなの廃校」プロジェクト 全国の廃校情報を集約~活用ニーズとのマッチング~」
活用事例については、PDFをダウンロードできる。
「特色ある廃校活用事例調査 ~『廃校リニューアル 50 選』応募事例を対象として~」
本年2月に、福岡で、廃校活用マッチングイベントの開催が予定されていた。
ところが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、延期となった。開催日時等については、また告知するとのことである。
予定されていたイベントの告知ページに、今後、何らかの情報が掲載される可能性があるかもしれない。ブックマークしておくといいだろう。
「廃校活用マッチングイベント(福岡会場)」令和2年2月28日
高齢化社会での、保証人と緊急連絡先の問題を解決
廃校の提供だけでなく、官の力の必要な理由が、もうひとつある。
契約に際しての、保証人と緊急連絡先の問題の解決だ。
民間の賃貸の条件では、まず、借りるには保証人が必要だ。ところが、入居希望者と同様に親も年をとる。若年の子や年の離れたきょうだいやいとこがいない場合、依頼先は限られてしまう。子がいたとしても、病気などの事情により、保証人を頼むことのできないケースもあるだろう。それぞれの入居希望者に、それぞれの事情がある。保証人なしの場合、保証会社利用で借りることはできるが、勤務先や通勤時の曝露により退職して定期収入が絶たれると、預貯金審査になる。これをクリアできないひともいるだろう。筆者が聞いた話では、その目安となる額は、UR賃貸より数倍以上厳しい印象だ。
ただし、保証会社を利用する場合でも、緊急連絡先は必要になる。ところが、先のとおり、入居者同様に、親族も年をとる。事故や災害や事件などにより、身寄りのなくなったひともいる。緊急連絡先の確保は、ハードルが高い事案なのだ。
このような、民間の不動産会社の審査基準をクリアしにくいひとたちは、少子高齢化や広域災害により増えていく。だが、血縁地縁がなくても、基本的人権はある。緊急連絡先の公的な委託先の確保を、官民共同で早急に実現してほしいものである。
ポストコロナのライフスタイル構築へ向けて
目標は、転居先の提供にあらず
もし、今後、心やさしい起業家が現れて、必要な戸数を確保できるようになり、保証人や緊急連絡先の問題も解決して、転居できたならば、それで万々歳だろうか。
いや、そうではない。転居の目的は、曝露を避けて悪化を防ぐこと、良い環境で健康回復をはかることにある。
言い換えれば、廃校住まいは、応急処置であって、治療ではない。
では、治療とは何か。
入居者たちが廃校暮らしで健康回復に努めているあいだに、この国の環境を改善することだ。
日用品に潜む有害性を感知できないひとびとが暮らす生活空間から締め出して終わり、では、問題に蓋をするだけだ。環境汚染問題は水面下で進行し続けることになる。転居や移住が、物理的隔離や社会的排除になってはならない。
治療すべき対象は、ヒトではなく、環境だ。崩れた環境のバランスを取り戻すことこそ、治療ではないか。
体力や体調の回復した患者たちが、マスクを捨て、郷里を訪ねることのできる環境に戻さなければならない。高精度な有害物感知センサーを標準実装しているひとびと、俗称カナリアたちが、自由に闊歩できる環境、そうしたユニバーサルな暮らしを持続できる社会の再構築、それこそが目標ではないかと考える。
合成化学物質の少なかった昭和の暮らしを再評価したうえで、必要な情報を必要に応じて得られる生活。
自然回帰と技術革新のバランスがとれたライフスタイル、その着地点を、われわれは模索していく必要があるのではないだろうか。
カナリアたちの暮らしかたを、地球民の手本に
第18回「思い出が、未来が、消える。ライフログを無効化する、香害。」の、最後のパラグラフ「近未来、有害物質を防いで生き延びるひとびと」を再読してほしい。そこに書いたように、これから先、人類の生きる道は、つながる相手によって、三つに分かれる。
計算機とつながるか、自然とつながるか、ヒトとつながるか、だ。
計算機につながるひとたちは、バーチャルな世界にも身を置きつつ、合成化学物質「など」に強い個体へと進化し、大気圏外の環境に適応していく。残念ながら地球はそれ自身で完結した天体ではない。太陽活動の影響を受ける以上、完全自然回帰では、生存を脅かされる日がくる。宇宙に出ていく彼らのために、彼らの子孫のために、技術革新は必要だ。研究機関と工業団地などに限定した予算集中投下が効果的なのではないかと考える。
自然とつながるひとたちは、地球にとどまる。合成化学物質をできるだけ排除した生き方を、模索していく。転居先を探しているひとびとは、これに含まれる。
現時点でマジョリティの、ヒトとつながるひとたちは、現状のライフスタイルを維持しようと苦戦する。だが、増え続ける合成化学物質を許容し続ければ、いずれは処理が追い付かなくなる瞬間がくる。それ以前に、胎児や乳児には、自発的な免疫力アップなど望めないのだから、疾病を持つ子孫が増えていく。今のライフスタイルにしがみつくより、自然とつながるひとたちの生活に歩み寄った方が、QOLは向上し、生存の確率も高まると考える。すでに、従来のヒトとのつながりかたは、コロナ禍によって、見直しを迫られているではないか。
カナリアたちは、先導する。
この地に残るひとびとは、彼らを見倣えばいい。
その暮らしは、何割かのひとたちにとっては、刺激のない退屈なものとなり、何割かのひとたちにとっては、毎日が驚きに満ちた、この世界を発見するものとなるだろう。ただし、どちらのひとにとっても、健康的なものになることだけは間違いない。
言い換えれば、廃校の住居転用は、「気の毒なカナリアたちに住居を提供してあげる」プロジェクトではない。
生活の場を提供して「ポストコロナのライフスタイル構築という案件を委託する」プロジェクトだ。
そんなベンチャー精神を、満身創痍のカナリアたちにもとめななければならないほど、環境汚染はひっ迫している。
だからこそ、このようなプロジェクトには、技術ベンチャーにこそ、考えてみてほしいと願って、これを書いている。
※ 本稿では、申請方法等の事務手続き上の実務的な問題には一切触れていないが、それらについて筆者はまだ理解していない。廃校活用プロジェクトがあること、転居先を探しているひとたちがいることを、知らせるために、書いている。このプランに関心を持ったなら、自身で調べてみてほしい。