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みそ汁のない朝食。食卓から「海」の消える日。~嗅覚センサーを見直そう(21)~

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海苔や小魚がフレグランス。サーファーたちが海の香りを指摘―――日本全国、異なる地域の住民がつぶやく、不穏な情報。
さいわい筆者の住む愛媛の海域はまだ大丈夫だ。が、このまま野放しにしていたら......?
日用品公害の影響が、じわり、じわりと、海産物に及び始めている。
花の香りのダシは要らない。魚介ダシ派よ、目を覚ませ。

洗濯排水が流れ込む海、そこで育つ海産物

下水道設備をすり抜ける、合成化学物質

海苔といえば有明海が有名だが、瀬戸内海産のものもある。おにぎらず用の塩付き海苔は、飯を生かすさっぱりとした味だ。
ところが、近年の瀬戸内海では、海苔が育ちにくくなっているという。

このように書くと、本稿の趣旨からして「洗濯排水の影響で育たなくなったのか」と早合点するひとが続出しそうだが、そうではない。

漁獲高は、海水中の栄養の影響を受ける。原因は、貧栄養化とみられる。
海域の貧栄養化によるノリ養殖への影響と対応策(平成26年3月)兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター 原田和弘、第5回瀬戸内海水産フォーラム

瀬戸内海沿岸では高度経済成長期の早期から、工場排水による汚染が生じていた。愛媛大学農学部の研究者たちが、地域住民や企業と対話を重ねて、これを解決に導いた。その後も、しばしば赤潮に見舞われたが、産業界の取り組み、法規制、住民たちの努力により、適切な流入負荷が維持されてきた。
これにより、第一次産業が主で汚染の進んでいなかった瀬戸内海西部地域まで、流入負荷の影響を受けてしまったというのだ。

富栄養化の場合は、植物プランクトンが増加し、赤潮となり、人為的な介入が必要となる。
ところが逆に、貧栄養化では、植物プランクトンが減少し、海苔やアサリ、さらにはピラミッドの上位の海産物も、餌不足となってしまう。これについても人為的な介入が必要となる。

瀬戸内海の貧栄養化について(再考)、広島大学教授 山本民次、J-Stage」を読めば、海は、汚れても、透明でも、バランスが崩れると綻びるのだと知らされる。ヒトにとっての「豊かな海」とは、透明度の高いきれいな海というよりも、生態系のバランスが維持され、生きものたちが生を謳歌する場なのだ。

水質改善の影響は、海苔だけではなく魚介にも及んでいる。
瀬戸内海『きれい過ぎ』ダメ?『豊かな海』目指し水質管理に新基準(2019年12月8日)神戸新聞NEXT」
『イカナゴ不漁』の原因を科学的に特定『海がきれい過ぎる』国に法改正要求へ(2020年1月22日)毎日放送」

そこで検討されたのが、流入負荷の調整だ。
つまり、ダム放流の調整や、下水処理施設の調整運転といったこころみである。調整運転とは、下水・し尿処理施設の処理能力を弱めてフィルタリングを緩めることである。

栄養塩類の循環バランスに配慮した運転管理ナレッジに関する事例集(平成26年3月)国土交通省水管理・国土保全局下水道部」
これが、「平成26年度の」文書であることに注意したい。つまり、5年以上前に、調査して、作成されたものである。
当時の環境に基づいて、いま、下水道設備のフィルタリングを緩めると、どうなるか。

ここ数年で消費の拡大した高機能洗濯用品。その中に含まれている化学物質が、より大量に、海洋へ流れ出るだろうことは、想像に難くない。
短期的に、海苔の生育は回復するにちがいない。だが、いずれ、海苔の香りは、高残香性製品の人工香料に打ち消されるようになるだろう。

雨天時越流水は、ダイレクトに海へ

問題は流入負荷調整だけではない。下水道設備で処理されない水の問題もある。

東京オリンピックのトライアスロン会場で、にわかに浮上した、大都市の下水処理方法の問題。
台風や豪雨などで、雨天時越流水が発生すると、消毒などの簡易的な処理をしただけで、あるいは、処理なしで、ダイレクトに海へ流入する可能性がある。
国立環境研究所PDF「雨が降ると東京湾はどうなるの 降雨後の水質変化、牧 秀明、国立環境研究所・東京都環境科学研究所共同研究)」

さらには、下水道が未整備の地域もある。水害に襲われれば、未処理の排水は、雨水とともに流域一帯に浸透していくと考えられる。

都市伝説では済まない、香る海産物

海産物から柔軟剤臭、は都市伝説ではない。

J-Stageに「多環ムスク化合物の下水処理場における動態と環境負荷量の推定(2014年)日高佑紀、森大樹、吉赫哲、川上茂樹、一川暢宏、有薗幸司」という研究報告書がある。
パーソナルケア用品に使われている合成香料のうち、多環ムスク化合物の下水処理状況を調査したものである。
これによれば、「下水処理場からの多環ムスク化合物の環境への排出量は、流入量の約60%が放流水及び下水汚泥として環境中へ放出されること、下水処理過程での分解消失率は流入量の除去率は40%弱であることが判明した。」という。

また、熊本大学による科研費研究「新規有害化学物質『合成香料』によるヒトおよび生態系の汚染とリスク評価に関する研究(2005年~2007年)研究代表者:實政 勲、熊本大学」の研究概要を一読してほしい。
環境汚染のみならず、健康リスクをも示唆している。

同報告書の研究概要から、引用する。
「日本人における人工香料の汚染が初めて確認された。このことは、授乳により人工香料が母子間移行していることを示しており、化学物質に敏感な乳児への暴露リスクが懸念された。」「海洋生態系の高次物にまで生物濃縮され、さらに汚染の進行が窺える化学物質が見つかる例は最近では少なく、ヒトへの染拡散や乳幼児へのリスク、さらにホルモン撹乱作用の懸念を考慮すると、2003年に改正された化審法の理念を参照して一部の合成香料の製造・使用について何らかの制限を設ける時期に来ている。」

人工香料の環境中への漏出の研究成果は、すでにあるのだ。認知されていないだけである。
問題は、前述のJ-Stageの研究報告書は2014年度、熊本大学の科研費研究は2007年度だということだ。
先に書いたように、高残香・抗菌・除菌・消臭などの高機能性日用品の急激な消費の拡大は、それ以降のことである。

筆者自身、用水路から立ちのぼるにおいに面食らったことがあるが、それは昨年の話だ。筆者の住む地域では、「アタック バイオEX」がドラッグストアの棚から消えたとき、それぞれの住民がほかの製品に切り替えたらしく、地域一帯に、ミックスされた、むせるような強い香りが漂っていた。
さいわいこの地域の住民は、使って香りの強さに驚いて控えるというパターンを繰り返しており、2週間もすれば、元の空気に戻る。
だが、使われた化学物質は、すでに環境中に漏れ出てしまっている。

想像してみてほしい。
一地域の住民が何度か使っただけで、用水路が香るほどの物質が流出するのだ。全国の多くの高残香性柔軟剤や機能性洗剤のユーザーが使い続けたら、どうなることか。
さまざまなメーカーのさまざまな日用品に含まれる化学物質が排出される。それらは海へと至る。

「京」単位で拡散する、マイクロカプセル

現行の日用品を使った場合、下水に流れ込む洗濯排水には、どれほどの化学物質が含まれるのか。

現在主流の、柔軟剤や柔軟剤入り洗剤には、キャップ1杯に、1億個ものマイクロカプセルが含まれているものもあるという。洗濯すると、カプセルは、容器の外へと放たれる。

日本の全世帯の8割がそうした製品を使用すると、週平均2回洗濯の場合、環境中に排出されるカプセルの数は一日あたり約1300兆個。一年では約48京個になる。
対策が一日遅れるごとに、推定1300兆個のマイクロカプセルが、容器の外へと放たれることになる。二日遅れると2600兆個、一週間遅れると9100兆個だ。
これは大まかな計算にすぎない。消費行動や日用品の仕様に関するデータをお持ちのひとは、正確な数字を発信していただけると有難い。

マイクロカプセルのすべてが衣類に固着するわけではない。先に書いたように、洗濯排水は、下水道設備のフィルタリングをすり抜けて、あるいは、雨天時越流水としてダイレクトに、海洋へと放たれるのだ。
その排水の中に、カプセル中の香料などの物質、カプセルの壁材の物質が、みじんも含まれていないという保証はない。

そして、川や海へ流れ出た物質の回収方法は、ない。

うどん県民、粉もん好き関西人は、絶滅危惧種に

食物連鎖に組み込まれる有害物質

日用品公害をこのまま野放しにしていたら、次のような問題が生じるだろう。

まず、海産物の「香り」に影響が出る。

次に、海産物の「品質」に影響が出る。安全性が担保されなくなるのではないか。
第19回で書いたように、問題は、人工香料だけではない。近年の日用品の中には、香らなくても「におう」。身体リスクのある物質が含まれているのだ。

さらに、漁獲高への影響が懸念される。
食物連鎖で下位のプランクトンが減少しようものなら、大型魚へも影響が及ぶであろうからだ。
マイクロカプセルをプランクトンがどれだけ摂取するのか。摂取したものを完全に排出することができるのか。

マイクロカプセルに限定しない、それよりもサイズの大きいマイクロプラスチックでは、影響があるという。
海のマイクロプラスチック汚染(2015年12月)東京大学 海洋アライアンス上席主幹研究員 保坂直紀」によれば、「動物プランクトンが、植物プランクトンと間違えてマイクロプラスチックを食べてしまっている」ため、「その魚をさらにサメやクジラのような大型の生き物が食べることで、海の生き物全体にマイクロプラスチック汚染が広がっていく可能性」があるという。

プランクトンどころか、サンゴまでもが、危ういようだ。
マイクロプラスチックを好んで食べるサンゴを発見、細菌で死滅の可能性(2019年6月29日)ナショナル ジオグラフィック日本版」

そして、濃縮された化学物質を含む海産物を摂取するヒトの健康にもリスクはおよぶ。どれほどの有害物質を取り込むことになるのか。

海苔なしむすびがトレンドになる悲哀

食卓から、外食産業から、崩壊が始まる。

魚介類を使った料理、煮付け、焼き魚、貝の酒蒸しは言うに及ばず、「握り寿司」。

ツナ缶やサバ缶を使ったお手軽料理も、手軽ではなくなってしまう。

そして、海苔、ワカメ、ヒジキ、アラメなど、海藻類全般。
海苔がダメになったら、巻きずしがアウトだ。軍艦巻き、巻き寿司。カンピョウ巻きも、カッパ巻きも、納豆巻きも、だ。
おむすびは、海苔なしにするしかあるまい。海苔なしむすびだけ並ぶコンビニの棚を想像してみてほしい。もちろん、キャラ弁の細工もできない。

料理のバリエーションから言えば、ダシの素材への影響は甚大だ。昆布、イワシ、カツオ、サバ、アジ、アゴなどである。

みそ汁と清汁のダシはどうなる。椀物も煮物も、ツユは、どうなる。

麺料理も壊滅状態になる。
讃岐うどん、五色そうめん、小豆島そうめん、半田めん、祖谷蕎麦。五島うどん、稲庭うどん、水沢うどん。そして、魚介系ダシのラーメン。
インスタント袋めん、カップめんにも、影響が及ぶだろう。これらは化学調味料オンリーの味となるかもしれない。

残された道はビーガンへの転向であるが、昆布が使えないとなれば、干ししいたけ、大豆、カンピョウや切干大根だけで、どれだけの味を引き出せるだろう。プロならいざ知らず、家庭では厳しいものがある。

麺料理だけではない。粉もんも影響を受ける。
カツオやアジやサバのフシを使う料理。お好み焼き、たこやき、焼きそば、焼うどん、などの、踊るかつお節も、削り粉も、だ。明石焼きやもんじゃ焼きも、壊滅状態になる。

お好み焼きの広島県民の皆さん、たこやきの大阪府民の皆さん、気付いてほしい。カツオつながりで、応援する球団の違いはさておいて、この問題を考えてみてほしい。

甘党の皆さん、左党の皆さん、米菓やツマミにも影響は及ぶ。エビ、イカ、小魚。食べるいりこや二名煮も危うくなってしまうことに気付いてほしい。

漁獲高が減れば、魚介ダシは高根の花に

動物性プランクトンが減少すれば、魚はどうなるのか。漁獲高への影響は不透明だ。
漁獲高が減れば、商品価格に跳ね返るのではなかろうか。筆者は経済学者ではないから外している可能性もあるが、何らかの影響はあるだろう。
かまたまが1杯1万円、具を積み上げた魚介系ラーメンが1杯2万円、たこやき1個が千円、などという、海産物ハイパーインフレ状態が到来したら、どうすればいいのか。
朝の定食の海苔やみそ汁が貴重品になれば、サラリーマンのお小遣いは週一回の外食で消えてしまうだろう。

高価になっても、特別な日に食べられるならいい。それは、まだ、最悪の未来ではない。

マイクロカプセル汚染は、国境を超える

循環する水。農作物や諸外国の海産物へも影響か

影響は日本近海にとどまらない。海はつながっており、水は流れている。
海外から輸入される食材、海外の店の食材も、影響を受ける可能性がある。
世界中で食材そのものが激減しようものなら、国際的な規制の対象となり、食卓にのぼることはなくなるだろう。

環境中に放たれた物質を回収できない限り、他国のひとびと、子孫たち、他の生物への、曝露は続くことになる。
海洋汚染の元凶のうち、フリースの洗濯によるマイクロプラスチックの流出に対しては、アパレルメーカーが対策に乗り出している。ところが、長さ5mm以下とされるマイクロプラスチックよりもさらに小さい、日用品に含まれるマイクロカプセルは野放しだ。

プラスチック製品のリサイクルの推進、天然素材や生分解性プラスティックへの置き換え、海中にあるマイクロプラスチックの回収。それだけでは、海洋汚染問題は、解決しない。

地球をめぐる不都合な物質 拡散する化学物質がもたらすもの」日本環境科学会 編著、ブルーバックス(2019年6月20日刊)、講談社」という本がある。一読をおすすめする。

「プロローグ」から、恐ろしい事実を突きつけられる。
引用する。「低濃度での長期曝露の影響に関する研究は困難で、化学的に未解明な部分も多く残されています。しかし、わからないからといって何の対策もとらないと、被害が拡がってしまい、毒性が明らかになった時点では、回復困難な打撃を与える危険性があります。(柴田康行 国立環境研究所環境計測研究センターフェロー)」

マイクロプラスチック自体は、ヒトが摂取しても、排出されるらしい。だが、添加剤や、海中で吸着する有害物質のリスクがある。「生物の体の中にまで有害化学物質を配達」するマイクロプラスチックを、「『トロイの木馬』と表現する研究者も」いるとのこと。

同書の第7章「化学物質が免疫機構に異常を引き起こす―免疫かく乱とアレルギー疾患」では、低レベルの化学物質曝露による健康影響にも触れられている。

引用する。「特徴として挙げられるのは、(1) 低濃度で生体恒常性かく乱作用があること、(2) 旧来の急性・亜急性毒性などの一般毒性試験法では検出や評価が困難であること、(3) 個人ごとの感受性の差によって健康影響の程度が著しく異なること、(4) 複合影響があること、です。」「健康を害し生活の質(Quality of Life:QOL)を損なう可能性があるこうした物質を、私は『健康有害物質』と呼んでいます。」
そして、「免疫系のかく乱を防止するうえで重要なのは、過剰な免疫反応の原因となる物質を体内に入れないこと」だと提言する。(太田壮一 摂南大学 薬学部 教授)

いまやラーメン店は世界中に拡がり、ラーメン愛好家たちは本場の味をもとめて日本を訪れる。ユネスコ文化遺産に登録された和食は、世界中のひとの知るところとなっている。
日本で使われる日用品が原因で、食が様変わりしようものなら、海外の美食家たちは何をおもうだろう?
そうなる前に、魚介系ラーメンを愛するハリウッドスターたちが日用品メーカーへ説得に乗り込んでくることを期待したい。

大気中に拡散したマイクロカプセルは、どこへ

海に囲まれたわが国の、食の海洋依存。その海産物のクオリティ低下が、どれだけ深刻な影響を及ぼすことか。
平均的な朝食のメニューから、海産物を除去してみればいい。みそ汁も、海苔も、焼き魚も、なしだ。残るのは、ごはん、たまご、納豆、漬物である。

そして、いずれは、米やたまごや野菜も、化学物質にまみれ始める。海洋へ流れ出た水は循環して、田畑に降り注ぐのだから。人工香料をはじめとするカプセルに封入された物質、カプセルの壁材の素材、添加剤、吸着物質、さまざまな物質が、環境中を巡り、作物にまとわりつくようになる。

人工香料の香るごはんでお漬物をを食べたいだろうか。

洗濯排水に流出しなければ済むという問題でもない。
使用者の衣類から弾けたカプセルは、大気中に拡散する。農地に山林に道路に舞い落ちたそれは、下水へ流れ込むと考えられる。

前回紹介した、早稲田大学・大河内教授は、香料を包むマイクロカプセルに関心を寄せている。
YES! For You 今回のテーマ『大気中マイクロプラスチック』(2020年2月24日)早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 教授 大河内博」
教授のツィートによれば、「新宿都市大気でもポリウレタンのマイクロプラスチックが検出されています。これから香害の視点でも研究をすすめます。香りはVOCs。室内環境含め両者を合わせて研究します(2020年1月19日)」とのことである。
しかしながら、2020年5月16日のツィートによれば、「プラスチックゴミは陸域から河川を通じて海洋に運ばれ,海洋でマイクロプラスチックとなり,大気へ飛散して陸域へ年間約14万トン飛来すると推計」しているものの、予算化が難航しているようだ。

どのような研究も、研究者が健康を維持できる社会基盤と生活基盤なくしては、成り立たない。大気汚染や海洋汚染の研究に、予算の集中投下を切に希望する。

宇宙にまで影響を及ぼす、日用品公害

日用品公害の影響は、地球にとどまらない。もし、万が一、愛媛の海が汚染される事態になったなら、その影響は、宇宙にまで及ぶことになってしまう。

宇宙で食べる鯵の干物は大丈夫だろうか。
アジの干物が宇宙へ JAXAが認める『宇宙日本食』(2020年5月26日)産経新聞」

日用品公害とマイクロプラスチック問題の微妙な関係

マイクロカプセルの水生生物への影響の研究は、始まったばかり

現行の日用品には、旧来製品はなかったナノテクノロジーが採用されており、その全容は明らかではない。マイクロカプセルの壁材、中に包まれている物質も、一部を除き不透明だ。

先にあげたように、海洋汚染リスクを示唆する研究成果はある。水生生物に、何らかの影響を及ぼすことはまちがいない。
だが、「マイクロカプセル」単独での影響については、具体的な研究は始まったばかりだ。

第10回で紹介した、2017年度から3年間の科研費の研究。
合成香料を内包したマイクロカプセルが水界生態系に与える影響の検証(2017年6月30日~2020年3月31日)研究代表者:東京大学 山室真澄教授、研究分担者:愛媛大学 鑪迫典久教授」の「研究実績の概要」には、「各国の水産物から揮発性が高く、かつ難水溶性である人工香料の検出報告が相次いでいる」とある。
そこで、市販の何種類かの柔軟剤のおよびフレグランススプレーについて、「カプセルの生態影響評価」の繰り返し試験を行っているという。

また、愛媛大学 鑪迫典久教授が研究代表者として、「マイクロカプセルを介した化学物質の新たな環境動態の解明と評価」も進行中だ。「マイクロカプセルを介した化学物質の環境中動態、野生生物の蓄積および生態影響」の研究であり、日用品に限定しない、マイクロカプセル全般に関するもののようである。

プラスチック製ではないマイクロカプセルを防げるか

マイクロカプセル問題の解決を複雑にしているのが、マイクロプラスチック問題との関係だ。

マイクロプラスチックのリスクは、周知され始めている。
「Webナショジオ 研究室に行ってみた。東京農工大学 マイクロプラスチック汚染 高田秀重 第1回 忍び寄るマイクロプラスチック汚染の真実(2018年6月4日)、文:川端裕人、写真:内海裕之」また、次のPDFが、プレゼン資料形式で、わかりやすい。「マイクロプラスチック汚染:地球規模での汚染、継時的トレンド、解決への方向性(2016年6月)東京農工大学 農学部 環境資源科学科 高田秀重」

マイクロカプセルとマイクロプラスチック、似ているようで異なるもの。ふたつを隔てる言葉の概念の問題が、規制への行く手を遮る。一般消費者、法律家、科学者による、解釈の違いもある。

マイクロカプセルは、日用品だけに使われているわけではない。徐放技術の必要な産業用途でも用いられている。
マイクロカプセルの芯物質は、人工香料だけとは限らない。さまざまな物質を封入できる。
また、マイクロカプセルの壁材は、必ずしも、プラスチック製ではない。たとえば、ヒドロキシプロピルセルロースを使った製品などもある。
サイズも違う。マイクロカプセルの方が小さい。環境への影響のメカニズムが異なる。
マイクロカプセルの封入「技術そのもの」、マイクロカプセルを使った「すべての製品」が、環境リスクを引き起こすわけではない。

本稿で問題提起しているのは、日用品に含まれる「人工香料を包んだ、マイクロカプセル」「人工香料以外の有害物質を包んだ、マイクロカプセル」「生分解性ではない、マイクロカプセルの壁材」だが、それらと、「マイクロプラスチック」は、イコールではないのである。

2019年5月10日、日本消費者連盟は、G20に向けて、「家庭用品へのマイクロカプセルの使用禁止を求める緊急提言」を発表した。
マイクロプラスチックの環境リスクは、広く知られるところとなっている。マイクロプラスチックにマイクロカプセルが完全に包含されるのであれば、マイクロプラスチックを削減すれば自動的にマイクロカプセルも削減されることになる。筆者も、規制への一歩になるのではと、期待した。

ところが、この方法では、マイクロプラスチックではないマイクロカプセルの問題を避けて通れなくなる可能性がある。言葉の解釈という抜け道を防ぐことができない。また、特定の物質の毒性を叫べば、それ以外の物質で作られた新製品は、対象から外れてしまうことになる。
これが日用品公害の解決の難しいところだ。

海洋汚染リスク、人体リスクを知って、日用品を選ぼう

環境先進県の地道な取り組みが潰される

五色そうめんの美味しい季節になった。ツユなら、マルトモヤマキ。三社とも愛媛県の企業である。

マルトモとヤマキは、海洋環境保全に努めている。
マルトモは、土壌改良剤「くらげチップ」を開発し、売上の一部を愛媛の森林基金に寄付している。ヤマキは、ISO14001に適合した環境マネジメントシステムを構築しているとのこと。両社とも環境問題に取り組みながら、美味しい食品を製造している。

愛媛県は環境先進県で、「えひめプラスチック資源循環戦略」も策定している。
昨年9月には、「愛媛県プラスチック資源循環シンポジウム(主催:愛媛県、場所:愛媛大学、協力:愛媛大学沿岸環境科学研究センター、愛媛大学南予水産研究センター)」が開催されている。海洋マイクロプラスチック研究の第一人者、愛媛大学 日向教授の基調講演もあったという。(残念ながら筆者は聴講できていない)

前掲のおすすめ書籍「地球をめぐる不都合な物質 拡散する化学物質がもたらすもの」の第一章「人類が作り出した化学物質が地球を覆う」の執筆者は、田辺信介教授(愛媛大学沿岸環境科学研究センター長)と、国末達也教授(同センター教授)である。

愛媛県民の筆者にとって、海洋汚染は馴染み深い問題だ。なにより、マルトモ花かつおのダシのみそ汁はソウルフードだ。
また、珍味の主役の小魚は、愛媛県伊予市が国内で圧倒的シェアを誇る。

全国区や外資の日用品メーカーが、地場の食品メーカーの企業努力を台なしにしている、また、研究者の地道なフィールドワークを評価する姿勢を見せていない、というのが、一愛媛県民の筆者の見方だ。
この問題をスルーできるはずもないだろう。

一般消費財なら安全安心という思い込み

法律家でも科学者でもない消費者は、「日用品に含まれるマイクロカプセルは、広義のマイクロプラスチック」だと捉えた方がいい。マイクロプラスチック問題を、「サイズの小さい合成化学物質が、生活、経済、教育、環境におよぼすリスクの問題」と考えたほうが、取りこぼしを防ぐことができる。
消費者が、ことさらに厳密にことばを用いると、定義から外れた物質の問題は、未解決のまま残る。除去も回収も分解もできない物質が、環境中に蓄積されていくことになる。

激増する新たな化学物質と、矢継ぎ早に投入される新製品。水生生物への影響が払拭できないまま、遅々として進まない規制をしり目に、汚染は拡がりつつある。
ストローやレジ袋を削減し、過剰包装を廃止し、食品トレイを天然素材に置き換えたとしても、日用品公害が解決しない限り、広義のマイクロプラスチック問題は解決しない。外食産業や小売店の、プラスティック削減への努力が、実を結ぶことは、決して、ない。
そして、もし、対象となる日用品が規制されたとしても、市場の在庫と愛好家の買い置きを回収しない限り、地球上から一掃することは不可能だ。

日用品公害は、ヒトを含む環境の問題である。いまはまだ少数の病に苦しむひとたちだけの問題ではなく、すべての地球民の問題だ。

そして、まだ生まれていない未来の世代にかかわる問題でもある。環境化学物質の影響は、引き継がれていく。
環境化学物質による次世代・継世代影響(2015年12月28日)国立研究開発法人 国立環境研究所」

少なくないひとびとが、広告宣伝のイメージに漠然と包まれて、商品を選んでいるのではないか。「規制されていないものは安全で安心なはず」と、軽く捉えている消費者が少なくないのではないか。
われわれ消費者がすべきことは、海産物の摂取を諦めることでもなければ、下水処理施設の調整運転に意見することでもない。環境中に漏れ出す化学物質を減らす方向へと、ライフスタイルを再構築することだ。

日用品業界は、海洋汚染を防ぐ努力を

日用品公害による漁業への影響が、目に見えて明らかになった暁には、日用品メーカー VS 即席めん業界+だしメーカー+四国・稲庭・五島・水沢の精麺業界と麺料理愛好家有志+大阪・広島の粉もんの店の経営者と住民有志+世界中の魚介系愛好家、といった構図になるのではないか、と、想像する。
これは、日用品業界にとって、重大なビジネス上のリスクになりはしないか。

日用品メーカーの中のひとにも、魚介系ダシの愛好家はいるはずだ。残業食にはカップ麺という社員もいるだろう。ラーメンの食べ歩きを趣味にしているひともいるだろう。定食屋に足しげく通うひともいるだろう。
自社製品に含まれる物質が環境におよぼす影響について、真摯に向き合ってもらえませんか。

見過ごせないレベルになってから気付いたのでは、回復にどれだけの年数がかかることになるか。もし、マイクロカプセルを分解する微生物が現れたとしても、排出量が多すぎて、追い付かない可能性が高いのではないか。
いま、気付いてほしい。考えてみてほしい。そして、行動してほしい。

明日からでは遅い、見直すなら、「今すぐ」だ。
生物が陸へと上がったときの、太古の美しい海を、自身の中に、見出してほしい。

海の生物を見守るあたたかい視点で描いた、絵本がある。ご一読を。われわれは、多様な環境のなかで生かされていることを、見失っているのではないだろうか。

絵本「いのり」むよしむよ 作・画(2018年6月20日公開)

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