地震と潮位異常 ~11月2日夕方の紀伊半島地震の前に、潮位が低下していた件~
2018年11月2日16時54分頃、紀伊水道を震源吊るM5.4の地震が発生した。
最大震度は4だったが、震源の深さが約50kmで、場所が場所だけに、南海トラフとの関連を考えずにはいられない人も多いだろう。
わたしは毎日、家事を終えてPCの前に座った深夜に、高知県土佐市宇佐港の潮位(宇佐カメラ局)と、高知県の各港の潮位(気象庁)をチェックする。
11月2日 午前3時頃、宇佐港の潮位を見たところ、20cm近く低下していた。
突然の潮位低下と、また、20cmもの低下ということが気になり、四国以外の各地域も何か所かを選んで確認した。
串本港より西の太平洋側の潮位が、大きく低下していた。
大阪も、低下していた(※1)。
瀬戸内海沿岸部では、多少の低下しか見られなかった。
北海道、北陸、関東では、大きな変化は見られなかった。
わたしの記憶する限りでは、2013年以降、近畿以西の太平洋側の広範囲で低下する状況はなかったように思うのだが......。
晴れていて風も凪いでいた。天候による潮位変化は考えにくい(※2)。
その日の夕方、11月2日16時頃、わたしは徒歩で耳鼻科へ出かけた。
(1カ月ほど前に、2年半ぶり5回目の低音障害型感音性難聴を発症し、現在も左耳の聴力がなかなか戻らず治療に通っていて、ブログ書いてる場合じゃなくて寝なきゃいけないのだけど)
耳鼻科への道中で、西の空に、らせんを描いて上昇するような竜巻型の雲が出ているのを見た。
竜巻雲は、たなびいて伸びる方角が震源であるというのが、わたしの経験上の持論だ。この雲は、東へ向かって伸びていた。わたしのいた場所から東とは紀伊半島の方向であり、串本港の潮位の低下のこともあり、気になった。
ただ、阪神淡路大震災のときに見た竜巻雲と幅や高さはほぼ同じに見えたが、深さと色が違っていたので(※3)、「地震は起こるだろうが、大きくはなさそうだ、大丈夫だろう」と思った(※4)。
耳鼻科に到着して、待合のテレビに目を向けるやいなや、紀伊半島を震源とする地震速報のテロップが流れた。
南海地震予知の在野の研究者で(※5)、土佐市宇佐港の潮位データを提供しておられる、中村不二夫氏は、次のように書いておられる。
<引用>
マイナス40cm以下は異常潮位
マイナス1m以下は危険潮位。沿岸部から安全な高台への避難を推奨します。
マイナス1.5m以下は極めて危険な潮位。
<引用、ここまで>
震源の深い地震は、潮位で予知できるのではないだろうか。
今回の潮位低下は、数日後には回復している。つまり、地震発生前からの数日間、潮位が大きく低下する状況が続いていた。ただし、奇妙なことに、地震発生後は、近畿以東でも、潮位低下している場所があった。(もっとも、すべての観測地点を確認しているわけではないので......)。
それにしても、潮位が下がるケースは、漁業や船舶関連の職についているのでない限り、あまり問題視されることがない。通常、潮位が問題になるのは、潮位が上がって浸水につながるケースだ。
気象庁の「異常潮位」の解説でも、近畿以西の太平洋沿岸の潮位の異常低下については言及されていない。
一週間以上の潮位変化を異常潮位とみなすようなので、数日程度の短期間の低下は異常とは呼ばないのかもしれない。こと地震予知に関しては、1週間未満の短期間の異常も非常に重要なのだけれど。
国や自治体は、各自治体をまたいでの潮位観測と、希望住民への情報送信に、力を注ぐべきではないだろうか。
また、中村氏のような、在野でもひとりひとりの住民の生命に寄り添う研究者をこそ、もっと支援してほしいと、わたしは思う(※6)。
1日~2日単位の短期的な予知ができれば、工場の作業員や危険物輸送の運転手は心構えができ、高齢者は高台への避難を早めに開始でき、漁業関係者や高所作業者は作業予定を検討でき、手術の執刀医は揺れに備えた準備ができ、学生は通学の際にブロック塀の前の道路を通らず迂回する、などの対策をとることができる。それだけでも人命が失われずに済む。
中村氏の研究により、南海地震前には、高知の港の何か所かで潮位異常のあることが、分かっている。何も対策を講じず、津波からの避難が遅れて犠牲者が増えるようなことだけは、避けるべきではなかろうか。
中村不二夫 日本地震学会発表論文
2016年度: 異常潮位の観測による南海地震の直前予知の可能性
※1 大阪の潮位の低下は、海溝型地震との関連性をにおわせるものではないだろうか。
※2 産総研の「地震に関連する地下水観測データベース Well Web」の深部低周波地震・深部低周波微動活動のカレンダーも、ほぼ毎日チェックしている。9月下旬には 紀伊半島に深部低周波微動が多くて懸念していたのだが、この日は異常は観測されていなかった。
※3 今回見た竜巻雲は、雲の巻き方が平板で、色も真っ白で、恐怖を感じるようなものではなかった。阪神淡路のときは、巻き方が立体的で、朝にもかかわらず血のような色で、原始心性を揺さぶる怖いものだった。
※4 大きな地震が起こるのであれば、わたしは倦怠感で外出できずに寝込んでいるはずなので、大丈夫だろうと思った。東北大震災の日は寝込んでいた。
※5 中村氏は在野の研究者であり、その手法は、いわば、地震予知分野での「コホート研究」のようなものだ。昭和南海地震の前の漁師たちの証言を集めている。
※6 宇佐港潮位観測の以前のウェブサイトでは資金提供を求めていた。そこで、お小遣いを協力しようと思いはするものの、連絡先が中村氏の電話しか記載されていなかった。尊敬できるすばらしい研究者すぎて、緊張して電話を躊躇しているうちにサイトがリフォームされた。新サイトは、資金提供お願いは掲載されていない。また、メールやフォームによる連絡方法はない。