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メルマガ連載「ライル島の彼方」 第6回 「はたらく」ということ ~私が会社をやめた理由(2)~ 転載(2015/2/23 配信分)

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「ライル島の彼方」の転載です。

第6回 「はたらく」ということ ~私が会社をやめた理由(2)~

■技術を理解したうえで、表現を企画する

前回からの続き )

再就職を考え始めていた筆者に打診してきたデザイン事務所は、JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)の会員で、C.I.から各種印刷物、映像制作まで広く手掛ける会社だった。

ちょうどそのころ、以前の出向先に出資参加していた企業が、CADソフト開発販売会社を興した。
デザイン事務所の社長は、その取締役に名を連ねていた。

出社初日、社長から「パソコンを使えるのだから、CADソフト会社に行って、代役を務めてこい。広告宣伝を担当せよ」と命じられた。 入社翌日から、客先常駐となった。

当時は、MS-DOS 3.0~4.0。黒い画面を見慣れているデザイナーの少なかった時代。
絵を描くのが好きでイラストレーターになったというのに、「パソコンを使えるから」という理由だけで、他の作業が増えていく。人生のベクトルが変わっていく。
自分が求められている社会的役割は何なのか?これまでの仕事に、共通点はないだろうか?

以前の職場でのサービス・マニュアルの仕事の目的は、「メーカーのサービスマンに、技術仕様を正確且つ効率よく伝える」ことだった。 今回の目的は、「CAD/CAM未導入企業の決定権を持つ経営陣には導入効果を、運用担当社員には詳しい仕様を、操作を担当する現場社員には操作方法を、それぞれ効果的に伝える」ことだ。

以前はサービスマン、今度はユーザー候補企業。ターゲットは異なるが、どちらも「技術を伝える」仕事であることに変わりない。
「『技術を伝える』技術」、をもとめられているのだと気付いた(★1)。
イラスト・デザイン・テキスト・サウンドといった表現方法は、手段なのだ。

その後の7年間で筆者が行った仕事は、ソフトウェア開発販売に必要とされる企画制作実務の、ほぼすべてだった(★2)。
当時、そういった企画制作ノウハウの解説書は見当たらなかった。前任者もいない。インターネットもない。
これは幸運なことだった。前例にとらわれずに考えたことを、自分の裁量で、実行できたのだから。

常駐先の社長は、話し好きだった。夢や目標やユーザーからの評価を語り始めたら止まらなかった。筆者は、しばしば社長室に呼ばれ、傾聴者となった。

社長は言った。 「我々は、製品の良さを、どう伝えればいいか分からないから、その作業を、プロに頼むのだ。自分たちで原稿を書けるなら、外注はしない。表現よりも前の段階の、表現すべきものを決めるところから始めてほしい。それには、製品の特長を、ユーザーサポート係以上に理解してもらう必要がある。まず、使いこなして操作マニュアルを作り、そのうえでカタログや広告を作ってもらいたい。」

社長の言うことは、もっともだった。営業部員たちが展示会で収集してきた他社のカタログを見ると、写真や配色やレイアウトはクールであっても、ソフトを使いこんだうえで企画制作しているとは言い難いものが少なくなかった。
ベンダーから提出されたテキストに美しいイメージフォトを配置した広告と、デザイナー自らソフトを使いこんだうえで企画した広告なら、後者の方が、より強く伝わる表現になるはずだ。

表面的な表現に終わらせないためには、表現する対象(製品)を理解する必要がある。
良いデザインとは、良いコピーとは、洗練された色彩や配置やカッコイイ言葉ではなく、対象を理解したうえでの適切な表現なのだ。

常駐先の社員4名が、テクニカルライターを兼務して、1000ページにおよぶ操作マニュアルを執筆した。筆者は、社長の依頼通り、操作をマスターしたうえで、その編集を担当した。

筆者の席には、当時最速のパソコン(PC-9801の時代)と大きなディスプレイ(ICM)が置かれていた。システム管理者が、パソコン雑誌に片端から目を通し、展示会に足を運んで、最良のDTP環境を構築した。社内LANを利用するためのIDを与えられた(★3)。最新のスキャナやデジタイザやプロッタを試すことができた。

贅沢な作業環境を提供されるということは、ハイリスク・ハイリターンを引き受けるということでもある。
新聞広告を企画する度、問い合わせ件数の目標値を設定された。
広告掲載日は、朝から戦々恐々であった。スタンバイする営業部員たちの目の前の電話機が鳴り始めると、ほっとした(★4)。

当時の新聞は、基本的にスミ一色だった。テキストの力だけで読者の目をとらえ、最後まで読んでもらい、問い合わせるというアクションにつなげなければならない。
目標値をクリアし続けるべく、何度も練り直し、書き直した。
読者に響く企画と表現のコツが、おぼろげながら分かり始めた。規定字数内に収める方法も会得した。
文章の長さと文体、言葉の選択、順序、句読点、改行の重要性を理解した。
文章を削りに削ってシンプルにする潔さと、「これじゃない感」を感じたら、締切前でも白紙に戻す勇気を持てるようになった。

一文字の、一行の、重さを、知った。

色や形以上に「ことば」が、仕事の中で重要な位置を占めるようになった。頭の中に、画面の上に、膨大な字数を書いた。
そうした経験があるからこそ、執筆は、開業後の業務の柱となったのだ。

ユーザー指向の高い開発力と営業陣の熱意、人間味あるサポートによって、常駐先の売上は年々飛躍的に伸びた。
バージョン1.0 発売から数年後、"黒船" Auto CADを迎え撃ち、鉄工分野の汎用CADでは国内トップシェアを獲得するまでになった。

■CALSをきっかけに、メタデータを知る

ヴィジュアル・デザインの必要な印刷物は、筆者が単独で制作することもあれば、チームで制作することもあった。
筆者は単独作業も好きだが、チーム・プレイも好きだ。作り上げていく過程が楽しいし、成果を分かち合える喜びがある。

勤務先には、グラフィックデザイン・撮影・フィニッシュワークを担当してくれる同僚たちがいた。
ディレクションをして方向付けをすれば、プロの仕事で応えてくれた。真夏の炎天下の町工場を借り切っての鋼材撮影にも、嫌な顔ひとつせず、協力してくれた。

そして筆者も、しばしば同僚たちの仕事を手伝った。他の技術系企業の印刷物の作図や、テクニカルプルーフなどだ。
また、ワープロ専用機(書院)が主流だった勤務先のコンピュータ化を推進するため、昼休みを返上して、DTPの講習を行ったりもした。

そんなある日、同僚たちを悩ませる事案が発生した。
ハイクオリティなデザインを練り上げることが身上の事務所に、迅速な情報伝達を最優先する超短納期のチラシの仕事が舞い込んだのだ。どうやら同業他社にセール価格を察知される前に広告を打つ、という戦略のようだ。

何種類もの4色刷のチラシを、手書き原稿の入稿から数時間のうちにレイアウトして版下を作成し、印刷会社に引き渡すというスケジュール。版下作成は、デザイナー全員で分担すれば、間に合う可能性があるという。ところが、写植を外注する時間は全くない。

相談を受けた筆者は考えた。
広告原稿を受け取ってから文字を打つ、という常識にとらわれなければいいのだ。

あらかじめ、取り扱い商品の品名、仕様、価格等を提出してもらって、データベース化しておけばいい。
セール情報が届き次第、掲載商品のデータを検索して、標準価格を広告掲載価格に変更する。商品データは、品名、内容量、価格、といった項目別に csv形式で書き出し、Aldus Page Makerにテキストとして読み込む。定義済みのスタイルを適用してレーザープリンタで出力すればいい。 写植と比較すれば見劣りはするが、クライアントが重視するのは、広告を打つタイミングである。それに、消費者がもとめるものも、書体の美ではなく、お買い得情報、なのだ。

データベースソフトは、新たに購入しなくても、CADの表計算機能(図面連携カード型データべース)で代用できる。常駐先に相談して、機器とソフトウェアの使用許可を得た。データ設計を行い、入力フォームを作成した(★5)。

データ入力には、経理担当者が名乗り出た。数字を見慣れているから価格データの入力が正確且つ速い。
なにしろ、PC-9801 FAと、PC-9801 BAの時代である。ハードウェアと操作の両方が遅くては間に合わないのだ。

PageMakerでのスタイルの適用は手動で行っていた。これは手間だった。さらに合理化することはできないものか? たとえば、個々の商品データに「品名」や「価格」といった、データの意味を付けたうえで PageMaker に渡し、意味に対応するスタイルを瞬時に適用できないものか。 しかし、それを実現するには、データだけでなく、データの意味も同時に渡す必要が生じる.....。

そんなある日、常駐先の社長に呼ばれた。「CALSって知ってるか?」
数名の来客が「御社の開発思想は、CALSのようですね」と言っていたのだ。
その言葉は初耳だった。これは重要なキーワードになる!と直感したから、書店へ日参した。そして、CALSの本が刊行されるや、購入した(★6)。

CALS(Computer-aided Acquisition & Logistics Support)とは、効率的なロジスティクス(物資・人員・設備の、調達・輸送・管理)を目的とし、標準化された構造のデータを共有・互換する取り組みだ。

CAD/CAMを使えば、レガシーデータの n次利用により、設計から製造までの全工程を一貫して合理化できる。
これにより、従来の手作業では不可能だった、3つのメリットが生まれる。
設計図データを単品図などに流用すると、二度手間が省け、転記ミスも防げる。NCデータに展開すれば、製造・加工までできる。図面中の部材データを積算見積や部材発注といった管理業務に利用できる。
さらに、ネットワーク(当時は NTTのINS回線)が整備されると、設計事務所から遠隔地の工場にデータを送信して、加工することが当たり前になる。 まさしく、これは一種のCALSなのだ。

CALSにおいて、電子マニュアルなどのドキュメントを表現する形式は、SGML(Standard Generalized Markup Language)である。データにタグを付けて、メタデータ(データについてのデータ、データの意味)を表現する。
筆者は、この「タグ」に関心を持った。データと、データの意味を、同時に扱う方法があったのだ!

そして、データベースがデザインワークを変える日が近づきつつあることを感じたのだった。

特価商品のデータベースをサーバーに置き、CATV回線を利用するなどして、一般消費者が随時アクセスして利用できる時代が来る。 ヴィジュアルデザインよりも、情報そのものに価値を見出す時代が来る。
これからのキーワードは、データベース、サーバー、メタデータだ。

CALSからSGMLを知ったことが、その後、XMLへの関心へとつながっていった(★7)。そして、筆者は、XML 1.0 がW3C勧告となった1998年2月、退職を願い出た。

<次回へ続く>

★1 XML黎明期、筆者は、業務経験を活かして「XMLという技術」を伝えようと努力した。CAD/CAMは、棒心(製造現場のリーダー)が使ってこそ価値が高まる。XMLも、それぞれの業界の現場を知る人が使ってこそ、価値がある。そのためには、「敷居は高く、壁も高く」だった技術の世界を、「敷居は低く、壁は高く」に変える必要があった。

★2 筆者が実際に手掛けた作業は、日経IT Pro連載「Webプランニングから始めよう!~SOHO,小規模事業者編」第6回「ブランド・イメージ統一のための,第一歩(2006/11/24掲載)」のリスト1「Webサイトとのイメージの統一を考えるべき他のアイテムの例」に列挙している。
これら以外に、現在なら、モバイルデバイス向けのアプリやfacebookページや動画サイトの開設も必要だ。

★3 DTPは、Windows 3.1版 Aldus PageMakerとAldus Photo Styler、CADソフトの試用版のオープニングタイトル制作は Super Kid、記事執筆は DOS版一太郎、社内LANは NEC Netware、ファイル管理は Ecologyだったと記憶している。

★4 媒体は主に、日刊工業新聞鋼構造出版の雑誌、日本経済新聞、地方紙など。

★5 DOS版CADのカタログ作成に、CADとMac版DTPを併用していたこともある。図面データを写真扱いにすると、印刷結果は不鮮明になる。かといって、ベクトル化するためにIllustratorで図面を引き直すなんてできない。そこで、CADデータを何度か互換することにより(主に汎用HPGL)、Illustratorに渡した。

★6 「CALSの実像~コストダウンの決め手~」円川隆夫・伝田晴久・城戸俊二著(日経BP社)

★7 筆者ブログ「イメージ AndAlso ロジック」「技術立国」から、「技術哲学立国」へ、シフトせよ。(1)「昭和のモノづくり、デジタル化の背景」


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