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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

「オルタナトーク:あなたはなぜ文章を書くのか」効率いいから。

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あ、「あなたはなぜ文章を書くのか」というオルタナトークが出てきてる。ひょっとしてキックがとんでくるんだったら怖いから書いとこ。

なぜ文章を書くのか?

それは、自分が持っている出力方法の中で、作業効率と、伝達効率がよいから。
出力結果を作り上げるために使う時間の短さ、相手にどれだけ誤解少なくダイレクトに伝わるかという点において、文章(というか書き言葉の散文)は効率がよい。他の出力方法より、直截である。

絵は、文章よりも、描くのに時間がかかる。対面でその場でスケッチして伝えるぶんには、絵の方が早いこともある。が、すこし複雑になると、キーボードを叩く方が速い。私自身は絵がいちばん自分の考えを形にしやすいけれど、社会生活においては、絵よりも言葉で伝える方が伝達効率がよいケースが多々ある。

音楽は、さらに出力までの時間がかかる。
そして、文章ほど直截ではない。それがプロの手になる出力結果であっても、感動は伝えられても、感動のプロパティはリスナーに委ねられている。
そんなだから、出力技術が伴わない(自分で歌えずボカロを使ったり、Al Di Meolaの好きな曲を弾きたくて真似て指が吊りそうになってそれでも1/4倍速が精一杯)私をや。

コードとなればなおさらで、こんなものがあったらいいね、と言葉で書くのは簡単だが、実装には膨大な時間がかかる。作り上げた後は言葉と違って「体験」でき、よりダイレクトではあるけれど。
もっとも、それ以前に、私はプログラマではないし、作りたいものがあっても高度なものになると実装できるわけではないけれど。

伝達目的と対象によって、適した表現方法は違う。
伝える相手があってのことなので、出力方法は、TPOに応じて選んだ方がいいと思っている。

自分が社会的存在であることを考えないなら、私は絵と音楽と詩以外の表現手段からは逃げたかったりする。
だけど、現在の私には、文章(散文)が適しているケースが多いから、というより、社会生活ではそれが必要だから、文章を書いている。
その意味で、空野さんの考えに近いかも、と、思う。

今後、BMIがさらに進化し、頭の中の思考をそのまま出力し、相手にも伝わるようになったとき、私はPCに向かって文章を書くことはやめるだろう。
そもそも、この1時間で、頭の中ではコラムが3本書き上がっているのだが、こうしてキーを叩いている間に、完成していたはずの文章はスルリと逃げてしまった。
運よくメモをとっておいても、手書きではいくら速く書いても要点しかメモできないから、頭の中で書き上がっていた文章そのものは記録できない。今度は覚醒した意識状態で、肉付けをしなければならならず、1時間で考えたことを、メモ帳に定着させるのに、一日二日がかりになる。思考をそのまま出力するより、はるかに効率は悪い。
文章を書くよりも、作業効率と、伝達効率がよく、且つ、セキュリティ面も健康面も安全な出力方法が出現したら、私はサッサとそれに乗り変える。

......そのまま出力できていたら、今月のメルマガの原稿、もうとっくに書き終わっているのになあ。

Windows 界隈が賑やかである。Windows 8、Windows Phone 8。なぜそれについて書かない?と言われそうだが、まだ書けない。Win 8 入れるテストマシンは買った。が、置き場所がない(あ、私はデザイナーにつききれい好きでインテリアにもこだわりがあって汚部屋ではありませんから誤解なきよう)。今月末に、部屋の大幅模様替えをして置き場所を確保する予定。来月になったら、何か書くと思います。

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