高齢化社会で、ITに何ができるのか?(1)安否のグレーゾーン状態での電話への対応
はじめに
高齢化社会における課題といえば、介護あるいは看護される高齢者側の困難がクローズアップされがちである。
だが同時に、介護者側(介助者側)の困難も解決していかなければ、共倒れは時間の問題である。
本稿では、介護者側(介助者側)の負担軽減のために、ITに何ができるかを考えてみる。
本題に入る前に、ひとこと触れておくが、本稿は現場を知らずに書いた記事ではない。
が、私は在宅でも可能な仕事に就いているうえ親の介護度は低い。交通の便の悪い山間部に住んでいたり、介護度が高く食事や排せつの介助が必要なケースとは、苦労は比べ物にならない。
ただ、そういった背景があり、XML普及期の講演では、地図上にヘルパーの訪問先データを表示するサンプルなどをデモしていた。
※参考資料:1999年当時Webに掲載していた記事
※本稿では、便宜上、介護あるいは看護の必要な高齢者を、単に「高齢者」と表記しているが、もちろん介護の不要な高齢者を指すものではない。また、介護を必要としているすべての介護者と要介護者の状態が、本稿の内容に該当するわけではない。
※断わっておくが、ただいま療養中の突発性難聴の原因に、介護は無関係である。
安否確認方法は、進化する
この数十年の技術進化は、介護者の大きな助けとなっている。
携帯電話の小型化と普及は、出先からの随時安否確認を可能にした。
警備保障会社の緊急時通報サービスは、遠方への出張を可能にした。
また、ネットワークカメラや、各種見守りシステムも、既往症の種類によっては有効であろう。
ただ、どのようなサービスも、万能というわけではない。
心配症の人にとっては、プッシュ型の確認システムは、心理的な制約になるかもしれない。
また、通院途中に人気のない場所で倒れた場合は、感知できない。
夏場に畳の上に長時間ふせっている場合、寝ているだけなのか、異変が起きているのかを判断できない。
今後は、それらのリスクを打ち消すために、心拍、体温、血圧をセンシング、波形も解読、異変と判断したら、即座に緊急通報するウェアラブルシステム、ひいては埋め込み型のシステムが、安価になって普及するだろう。
もっとも、そういったサービスに完全に頼りきってはならない。
生命の危機には通報してくれるはずと安心しきってしまい、逆に、元気であればこれも気にかけず、では、結果としてネグレクトになりかねないからである。
PCに抵抗感のない世代が高齢化した時には、高齢者たちが自らネット上にコミュニティを作り、「今日も生きてるなう」とつぶやいて心配し合い、つぶやいていない仲間がいたら、近場のヒトが訪問するなどして支え合うこともできる。
昔は、病院の待合が高齢者のコミュニティの場と化していて、「あら、○○さんは今日来なかったけど、具合が悪いのかしら?」という本末転倒の会話がネタになっていた。そういったコミュニティの場が、ネット上にできるだろう。
安否のグレーゾーンへの対応をどうするか
以上のようなサービスやシステムは、安否確認や救急搬送に役立つものである。
では、健康と病気の間のグレーゾーン状態の場合は、どうすればよいのか。
高齢ともなれば、生命に異常があるほどではないが四六時中具合が悪いのが常である。持病の状態が、気象条件や生活上のトピックの影響を受けて、重くなったり軽くなったりを繰り返すのであって、「放置か、救急か」白黒ハッキリ付けられない状態であることも多い。
同居ではないケースで、グレーゾーンの状態の高齢者が電話をしてきた時、的確な対処には、難しいものがある。
病状の悪化が見込まれ、すぐに駆けつけて通院に付き添うべきなのか。
静かに休んでいる方が、むしろ状態が落ち着くのか。
単に、わずかな体調悪化のために落ち着きをなくしているだけで、大仰にとらえるほどのことではないかもしれない。
いや、淋しさから電話してきているだけで、身体の不調は、世間話でしかないのかもしれない。
どのようなことに対しても、100%人間が対処するのでは、その負担は大きいものがある。
かといって、高齢者の持病や性格傾向や日常生活をよく知っている者であっても迷うような判断を、いくら多数のパラメータを与えたとしても、計算機に、100%委ねることは難しい。
グレーゾーンへの対応は、アプリケーションによるフィルタリングと、ヒトの判断の併用が、理想的ではないかと考える。
グレーゾーン状態での電話への対応が困難な理由
介護を見たり携わった経験のない人からすれば、なぜ電話が介護者の負担になるのか、ピンとこないかもしれない。
ちょっと困った言動をとったとしても、コールセンターになったつもりで対応すればいいじゃないか、人間同士だものじっくり話をすれば分かり合えるはず、と思うかもしれない。
それは、大きな誤解である。
高齢者にとっては電話は「安心をもたらす」文明の利器となり、介護者にとっては電話は「不安をもたらす」文明の凶器となる、そういうケースだってあるのだ。
その原因は、主に、次の5つである。
(1) 思考・会話の速度の違い。
納期に追われ1分1秒を争う現場で働いている者にとって、高齢者の思い出しながらのゆっくりとした会話を待つことには難しいものがある。
(2) 会話の組み立て方の違い。
もの忘れが多いケースでは、話は枝分かれし、セッションがすぐに切れて別の話題に移ることがある。そのため、会話はキャッチボールにならず、共感のみでコミュニケーションを図らなければならないことが増える。これは論理的に考えるITエンジニアの苦手とするところであろう。
(3) 介護者の睡眠不足。
多くの介護者は、慢性的な睡眠不足状態にある。
だが、現在の高齢者の中には、右肩上がりだった時代の記憶があるため、介護者の疲労度合を推測しようにも、職場の状況を推測しにくい面がある。そのうえ、自身の身体の状態が辛いときては、介護者の健康を思いやる余裕がないのも無理はない。
そのため、過度の要求をしがちになる。
睡眠不足状態の介護者側にも余裕がないので、その要求に対して厳しい言葉を返し、コミュニケーションをいっそう難しくしてしまう。
(4) こだわりへの理解。
高齢者の軽度発達障碍は、昔のおおらかな生育環境の中で見過ごされてきており、幼少期の状態を記憶している人間も亡くなっているため、診断されることはない。また、脳の加齢に伴う変化もある。MRIを撮ってみたら病変が見つかるということもある。
こだわりがある場合、その特性を理解している者でなければ、電話の内容から意図を理解して的確な対応をすることは難しい(たとえば、食品にこだわりのある高齢者に、電話で「牛乳を買ってきてほしい」と頼まれたら、「どのメーカーの何mlの何という商品で消費期限はいつまでのものをどの店で買うか」まで読み取って返事する必要がある、など)。
(5) 加齢に伴う不安。
視覚、聴覚、味覚などのセンサが衰えて五感から得られる情報が減り(例外もあるが)、一度に処理可能な情報が減ってくると、世界との相対的なリアルの実感が失せていき、存在への不安が増大する。「淋しさ」ではなく「不安」である。ましてや、同年代の友人知人親族の訃報が届くという現実がある。
現在の高齢者でネットを利用できる人は少ないので、電話が不安解消の手段になってしまいがちになる。(もちろん、不安など見せず、飄々としている人もいる)
(1)と(2)については、介護者側の努力次第で、歩み寄りは可能である。
問題は(3)と(4)と(5)、特に(5)が、グレーゾーン状態での電話対応において問題となる。
不安に起因する電話を受ける介護者は、電話恐怖に陥ることがある。いわゆるナンセンスコール問題である。
電話そのものが怖くなっては、冷静な対処など、できなくなってしまう。
このナンセンスコール問題を、ITで、支援することはできないだろうか。
ナンセンスコールを、メタデータ技術で制御できないか?
まず考えられるのは、電話を直接介護者が受けるのではなく、一度アプリケーションを経由してフィルタリングされたものを受けるという方法である。
最初の3分ほどの会話の内容を解析し、ナンセンスコールをフィルタリングして、緊急性が全くない場合は、自動的に「この電話の相手は、ただいま重要な仕事中です。お身体に異変がある場合は、緊急通報装置のボタンを押してください。そうでなければ、後ほどおかけ直しください」と返すのである。
具合が悪いにもかかわらず、世間話から始める場合も考えられるため、一言二言では、本題に入っていないかもしれず、3分は必要であろうと思われる。
その3分の間に急変することも考えられなくはないが、その場合は、電話をかけるよりも、最初から緊急通報装置のブザーを押すはずであり、可能性としては極めて低いのではなかろうか(可能性がないとはいえないのが、怖いところではあるが)。
実際に高齢者の電話を受けたことのない人たちのために、仕事中にどのような内容の電話がかかってくるか、一例をあげてみる。私が経験したものもあれば、経験をもとに推測で書いているものもある。
たとえば、緊急性の高いものとしては、次のようなものが考えられる。
・「つまづいて転んで、足の骨を折った」
・「血圧が220あったので病院へ行って薬をもらって帰ってきた。すこし落ち着いて、いま計ってみたら150で、服用しようか迷っているが、大丈夫か?」(服用時間によっては日常薬と重なる場合がある)
・「今、朝なの夜なの?起きたら外が暗いので混乱している」(薬を重複して服用する恐れがある)
・「何時間か前から、片側がしびれたみたいで、歩きづらいんだけど」
・「エアコンをつけているのに、寒くなってきた」(ボタンを押し間違えて、冷房になっている)
どちらともいえないものとしては、次のようなものが考えられる。
・「明日通院なのに、鍵が見つからない」
・「茶碗を落として割ってしまい、台所に散らばって片付けられない」
緊急性の低いものとしては、次のようなものが考えられる。
・「固定電話にかけたら留守なので、緊急通報用の携帯の方にかけてみたw」
・(24時間営業の店がある町中に居住している場合)、昼間に「蛍光灯の電気がきれたようなので取り替えてほしい」
・春や秋の温度が安定した季節に、「エアコンのリモコンが見当たらない」
・毎日電話しているケースで、「2週間先の通院予定」
こういった緊急性の低い内容の電話を、勤務中に受けることを想像すれば、フィルタリングの必要性を痛感するのではないだろうか。
フィルタリングに用いたキーワードはデータベース化して学習させ、アプリケーション側で判断に迷うケースについては、音声をテキスト化して、介護者のケータイへメール送信するようなものがあれば、と思うに違いない。
では、どのようにフィルタリングすればよいのかといえば、次の2つが考えられる。
(1) 緊急性のある言葉が出現した時点で、介護者につなぐ。
(2) 緊急性のない言葉の出現回数によっては、制限する。
単純に考えれば、介護者(ユーザー)が、平生の会話から、フィルタリング用のキーワードを登録しておき、(1)の方法を採用すればよいと思われる。
だが、万が一、登録を誤ったために、緊急性のある電話を制限してしまい、悪い結果を招いた場合の、心理的な負担は計り知れない。
それならいっそ、アプリケーションに丸投げする方がマシだと思うかもしれない。
ただ、そこには、インフォームド・コンセントにも似た責任の所在の問題が浮上する。
しかしながら、フィルタリングのキーワードを、アプリケーション側に自動的に設定させるとなると、何を持って「緊急性がある」とするのか?
意味解析の専門家でもなければ、設計は不可能である。
このような思い付きをネタとして書くのは簡単だが、形にするのは、不可能に近いほど困難である。
だが、単なる思い付きが、なにかのきっかけになることもあるので、とりあえず書いている。
何より、介護者の精神面の支援も必要であること、ITが役に立つかもしれないことを、知らせるために書いている。
そうでなければ、重労働を支援するロボットやスーツや自動化装置、高齢者にやさしい介護用品が次々開発され、介護者の「身体的な負担」は軽減されても、共倒れは期待されるほどには減らないということになりかねない。
フィルタリング効果を高めるために、考えられる方法
メタデータによるフィルタリングは、言葉の意味を判断して行うものである。
この精度を高めるために、ひとつ考えられるのが、声そのものを判断して処理するフィルタリングである。
私は長年親からの電話を聴き続けた結果、ほぼ間違いなく判断できる方法がひとつあることに気付いた。
それは、声である。
具合が悪い時は、声がくぐもって若干ビブラートがかかるのである。標準的な聴力では聴き逃すに違いない、ほんとうに、かすかなビブラートである(私の元の聴力は標準以上である)。
ここ2~3年は、これを体調推測の判断材料としている。
声を解析すれば、ひょっとしたら、計算機に、電話の緊急性を判断させることができるのではないか、とも思う。
介護者と要介護者の関係を、ITが補う
高齢者が介護者に電話をかけて、安否を知らせる。ゆっくりと世間話をして、互いにほほえみながら、名残惜しそうに、電話を切る。
そういうケースも、たしかに、ある。が、割合としては、多くはないのではないか。
普通は、気分良く電話を終える時もあるが、どちらかあるいは両方が立腹する時もあり、しばらく冷却期間をおいて元通り、というパターンが多いのではないかと推測する。
私などは、会話に疲れると、仕事がら記者や研究者のような第三者的な立場で接してしまい、それが冷静さを保つことにつながっているので、親との関係は良くも悪くもない方だろうと思う。
だが、そういった関係ばかりではない。
きれいごとでは済まされないケースも、確実に、ある。
想像してみてほしい。さいきん子供の虐待事件をニュースで目にすることが増えているが、もし、彼らが長じて介護者となった時、高齢者側がかけてきた電話に、常に的確に対応することができるのだろうか?
介護にいたる以前の人間関係が、ヒトの判断を左右するのではないか。
その判断に、合理性と論理性を与えるのもまた、ITの役割なのではなかろうか。
次回は、電話ではなく、対面での会話について、ITの支援可能性を述べることにする。
ラフには書けているが長文であるので、掲載は1週間以上先になる。