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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

必然の出会いをいかに演出するか。ひとりのユーザーとして、ネットショップに望むこと。

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学生時代は、学校近隣の書店や学内の書店をしょっちゅう冷やかしていた。すると、学業には無関係で、自分の好みではなく、ベストセラーではないのだけれども、妙に気になる本が目につくことがある。あまりに気になり、食費を本にあててしまい、活字で腹を満たす羽目になる。

サラリーマン時代は、2軒の書店に入り浸っていた。当時、地方では、本を注文すると入荷までおよそ1カ月を要した。1カ月も近くなると、毎日立ち寄っては、店番を手伝っていた(?)兄弟のパグ犬とにらめっこをし、何度見ても区別がつかないので諦めて店主と世間話をし、店内をひやかす。
すると、これまた仕事にも無関係で、自分の好みではなく、ベストセラーではないのだけれども、妙に気になる本がある。小さな個人商店である、毎回手ぶらで店を出るのも気がひけて、ついつい買ってしまう。

そうして買った本が、後々役に立ったり、座右の書になることがあった。

たとえば、「触れ合う原子」という本がある。もう30年近く前に買ったものだ。原子のいろいろなふるまいについての解説書であって、当時イラストレーターのタマゴだった私には、全く無関係な内容である。だが、棚を眺めていて、「本と目が合った」。
学術的な素養も基礎知識もない私には「読んで理解して知識とする」ことはできず、「眺めてイメージして本質を感じる」ことしかできない。だが、今の自分には無関係でも重要な本だと思ったので、移転しても失うことはなかった。
後年、XMLの仕事を始めた時、私はすぐさまこの本を書棚から引っ張り出した。私には、原子がXML木のノードに見えた。初期のDOMで処理するネイティブXMLの設計を引き受けたとき、この本は、木を眺める視点を変えることを、私に伝えてくれた。

このような仕事に役立つといった実際的な結果をもたらすものではなく、精神を悲嘆の底から引っ張り上げてくれた本も何冊かある。それらのうちの何冊かは、自分の専門や好みには無関係だった本である。いや、無関係なように見えて、深海の水のように人生の底に流れており、表面とつながっているのだけれども、気付いていないだけなのかもしれない。
ヒトの成長や転機の背景には、(人だけでなく)本との必然の出会いがあると、私は感じている。本好きの人たちには、そういう類の何冊かが、あるのではないか。

ところが、現在地に移転してきてからは、近場に、そういった気軽に立ち寄れる小さな書店がない。そのため、もっぱらネットショップを利用している。

一度ネットショップを利用すると、必ず、おすすめ品のダイレクトメールが流れてくる。それは、周知のとおり、過去の私の購入品と同じカテゴリの品である。それはそれで有り難い。また、同じ商品を購入したユーザの、他に購入した商品の情報を知らせる仕組みも役に立つ。「ど真ん中の商品に絞り込む技術」が発展することは大歓迎である。

だが、一方で、それが高じて「ユーザーの好みに合う商品しかお勧めしない」ことが一般的になってしまったら、それはそれで、ちょっと残念な気もする。

人生を変えるきっかけをつくる本があるとしたら、そのいくらかは、「購入時点」で読者の好みに合っていた本かもしれないが、残りのいくらかは、普段の読者なら決して読まないが「未来の時点」で読むことになっている本、出会うべくして出会った本ではなかろうか。
そのような本が、「購入時点」より前に、「ユーザーの好みに合う商品しか掲載しない」ダイレクトメールの中にリストアップされることが、はたしてあるだろうか。
もっとも、ダイレクトメールや静的なWebページに、普段の読者なら決してもとめない商品情報を含めたからといって、リアル本棚の前に立つのとは違い、スルーしてしまうかもしれない。

もしも、と、私は想像する。
ユーザーが「ど真ん中の商品」しか載っていないダイレクトメールの掲載商品の中からしか、購入しないような世の中になってしまったら、たとえば「奇跡のリンゴ」のような新しいものが生まれにくくなってしまうのではなかろうか。多数の人が読んでいるだろうが、あの本には、リンゴの栽培方法を考えるきっかけをつくった1冊の話が出てくる。それは、買おうとした目的の本ではなく、棚から取り落としてしまい、買わざるをえなくなった本だったと書かれていた。

あくまで私のカンだけれども、ダイレクトメールでは、「ど真ん中の商品」が1割、「ユーザーの好みに合う商品」が7割、「ユーザーの好みではないかもしれず、ベストセラーでもない商品」が2割、あたりが、着地点なのではないかという気がする。
そして、3D技術などによる、リアル書店を彷彿とさせるような、好みに合わないからといってすぐさまユーザーがスルーすることのないショップの構築が、急がれるのではなかろうか。

ユーザーの好みをピンポイントで絞り込むこと、だけでなく、必然の出会いを演出することを、いちユーザーとして、これからのネットショップに切望したい。

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