NoSQL
最近、データベース業界(そんな業界があるかどうかは置いといて)でちらほらこの言葉が聞かれるようになってきました。
インターシステムズ社内でも、ちょっとした議論のネタになっていたりします。
ただ、このネーミングにはいささか反論が多く、実際には、No-Relational、もっと言うと、Non-Schematicではないかという意見のほうが多いようです。
またある人は、以下の様な比喩でこの一連の運動というか活動を表現しています。
The NoSQL movement is a lot like the Ron Paul campaign.
It consists of people who are dissatisfied with the status quo, whose dissatisfaction has a lot to do with insufficient liberty and/or excessive expenditure, and who otherwise don’t have a whole lot in common with each other.
- Curt Monash
Ron Paul氏は、前回の米国の大統領選挙の際の共和党候補の一人で、ここで言いたいことは、マケインがいやという人が集結して、インターネット上で結構盛り上がったけれども、団結したのはイデオロギーだとかが一致したとかじゃなくて、選択肢がこれしかなかった人の集まりということを表現したいのだろうと勝手に解釈しています。
つまり、NoSQLという活動に関わっている人の主義、主張はてんでバラバラだと
それで、結局の所、何でこんな話になるかというと、
"one size does not fit all" when it comes to data management.
万能なものはないよとのことです。
それで、極論すると、RDBMS以外のものは、何でもNoSQLなのかという話にもなって、オブジェクトDBもNoSQLに入るのではないかという議論もあるようです。
これを受けた社内の意見の趨勢は、これは、結局我々が昔から言っているポストリレーショナルという言葉が表現しているものと何も変わらない、結局振り出しに戻ったのか、やっと時代が追いついてきてくれたのか?
という話で落ち着いています。
ただ、SQLについては、これは決して完全なものではないが、これほど普及して広く使われているものを否定するのは間違っているので、今後もコミットを続ける。
データ操作のニーズは色々あるが、どんなデータソースに対してもadhocなクエリーが必要ないケースは非常にまれで、そういうニーズに対するクエリー言語としての現実解として、SQLが持っているエコシステムの大きさは絶大である
という結論になっています。