クリスマスイブの思い出
今日はクリスマスイブですね。
最近は巷ではクリスマスよりハロウィンなのか、街中やスーパーでクリスマスの盛り上がりが一頃より落ち着いているような気がしますが、それは私の目が老いたからでしょうか。。
そして今日は休日。
休日のクリスマスイブのこの日、仕事をしているという殊勝な方はいませんかー?
私はクリスマスが来ると、必ず思い出すことがあります。それは長女が生まれて最初のクリスマス。
13年くらい前のその日の話をしてみようと思います。
=====
赤ん坊を抱えた家というのは、おむつ替えだとか、ゲロ吐いたとか、コップをはたき落として服びっしょりとか、意味もなく号泣が始まるとか、とにかくすべてのことが予定通りにいかないものなので、とりあえずクリスマスとは言ってもあまり気張らず、人参やらカリフラワーやらでツリーを作って、大人二人分だけのケーキを買ってきて、メインのご飯はパック寿司でいいか、、、ということになった。
夕方、もう日もとっぷり落ちて、凍えるような寒さのなか、私は赤ん坊に完全防寒対策を施し、抱っこ紐で腹にくくりつけて、家を出た。その日は確か雨だかみぞれが降っていて、傘も差していたように記憶している。
(ちなみに、なぜそんな寒い日にわざわざ赤ん坊を外に連れ出すんだ?家に置いておけばいいじゃないか?とお思いかも知れませんが、「ハイハイできる赤ん坊が家にいるとママが一切家事ができなくなる」「赤ん坊は環境が変わった方が機嫌がよくなる」「うまくするとそのまま寝てくれる」「何か仕事をする上では、寝た子ほど助かるものはない!」という理由があるのでした。)
マンションから10分くらい歩いたところに「ちよだ寿司」があるので、そこで寿司を2パック買った。この時間は半額セールをやっていて1パック500円なのだ。クリスマスイブに見切り品のパック寿司を買う、というのもなかなか貴重な経験だ。
その帰り道。私の携帯電話が鳴った。
嫌な予感がした。
というか、この日、電話があるとしたら、あの人からあの件で、しかない。
そして私の予想は的中した。一瞬出ようか出まいか迷ったが、家でパック寿司ディナーの真っ最中に話すよりは今の方がいい。
私はマンションの手前の小さな公園に入り、電話に出た。
「島村さん、今どこにいるんですか!?会社にかけても誰も出ないし!」
「ああ、和田さん。すみません、今日はクリスマスなので早めに上がらせていただいてまして。」
「クリスマスって、それどころじゃないでしょう!こっちは今日も会社に詰めてますよ!」
「申し訳ありません。でもシステムの評価版は今日の午後リリースしまして、それ、メールでご連絡したと思うのですが・・・」
みぞれがボタボタと落ちてくる傘を片手で持ち、同じ手の指にパック寿司を引っかけ、もう片方の手で携帯を握るのは大変だ。腹には赤ん坊もいる。
ただ顔を覗き込むと、彼女はすやすや眠っているようだ。(よかった)
「それ見て電話してるんですよ!」
「そうですか。。どうでしょう?」
「どうでしょうって、、、ありえないですね。これで「できた」とかとても言えないでしょう!」
「あー・・・。でも一通り買い物はできるようになってると思うんですが・・・」
「いやでも、たとえばカテゴリー検索とか無茶苦茶じゃないですか。『マフラー』のカテゴリーに『長袖』とか『半袖』とかあるし。」
「そちらのカテゴリー関係は前に話題になったところですねぇ・・・。まだ調整が必要です。」
「まだ調整が必要って、年内納期なのに、今日動いてなかったらいつ動くんですか!?」
「えー、、、遅くとも29日には必ず・・・」
「29日なんかに出されてもこっちは確認できねーよっ!!クリスマスとかふざけたこと言ってないで、今すぐ作業をしろぉっ!!」
-------
賢明な読者であればすでにお気づきだろう。
そのプロジェクトは若干炎上していた。
そして、初めて出会ったときには怒り顔を想像することすらできなかった顧客の和田氏はこのように、顔を真っ赤にして激怒している。電話越しだから見えないがきっとそうだ。
私は真冬の夜の公園で、赤ん坊を抱っこしながらおそらく15分以上お怒りの言葉を聞き続けていた。
話は1ヶ月前の11月最終週に遡る。
小春日和のその日、私と、本案件を紹介してくれた福原氏は、新橋の和田氏のオフィスにいた。
和田氏は従業員規模30人くらいの小さなアパレルショップの社長で、店舗は持たず通販雑誌からの注文に特化して業績を伸ばしていた。この日も打ち合わせスペースにはたくさんの段ボールが詰まれ、それを従業員達がせわしなく積み出したり積み込んだりしている。
今回の仕事はその通信販売事業をインターネットにも展開していこうというものだった。
和田氏のもとに私と一緒に伺った福原氏は、都内で小さなIT会社を経営しているが、独特の営業チャネルから獲得した案件を我々のような小さな開発会社に紹介してその紹介料を稼ぐというのを主な生業にしているため、プログラムも書けないし何が難しくて何が簡単かなどはあまり分からない。しかし、業務理解力が抜群によく、開発仕事の大枠は理解しているし、基本的にはいつも開発側の味方をしてくれる心強い味方だった。
その日、私は福原氏と事前に話し合ったとおり、和田氏から送っていただいた商品マスターや顧客マスターの情報がデータベースに取り込めないものだった、という苦言を伝えるとともに、納期を年明け15日くらいに延ばしていただきたいと懇願する予定だった。
和田氏「えー?こないだのデータ、ダメなの?なんで?なんでダメなの!?」
仏顔の和田氏は、最初半ば冗談めかして叫んでいた。
島村「あのデータ、持ち帰って見てみたらこちらの指示通りの形式になっていなくて・・・」
和田氏「えー、なってたでしょ?お宅からもらったExcelの雛形に書き込んでいったんだから。」
島村「確かに私がお送りしたExcelファイルではあったんですが・・・」
和田氏「だよねっ。あれうちの社員にずいぶん苦労させて作らせたのよ。多分延べで言ったら50時間はかかったんじゃないかな。みんな夜遅くまで頑張ってまとめてくれたのよ。」
島村「そうだったんですね。ただですね・・・。この商品カテゴリーとか、顧客の住所とか、この辺がこちらの指示と違う形で入ってまして。」
和田氏「どこよー?」
私はノートPCの画面を和田氏に向けて、和田氏から受け取ったExcelの中身を見えるようにした。
福原氏「あー、これダメだわ(笑)全部文字だからー(笑)」
和田氏「・・・文字?文字はそりゃ文字でしょ。何が悪いの?」
島村「この商品カテゴリーは、、、前にいただいていたこの「カテゴリーマスター」の番号で入れていただきたかったんです。数字です。」
福原氏「これねー、よくやっちゃうんだけど、そうなんですよ。ほら、ここに書いてあるでしょ?ハハハ」
和田氏の表情から笑顔が消えた。明らかに不機嫌そうに私のパソコンをこちらへ押しやった。
和田氏「そんなの知らないよ!第一こっちは素人だ。そこまでできるわけないよっ」
30秒の沈黙が1時間くらいに感じられた。私が次の言葉を探していると和田氏がこう言った。
和田氏「プログラムでなんとかなるんじゃないの?データは入れてあるんだからさ。」
島村「そうですね。それが、全部、一言一句間違いなく入っていればやりようがあるんですが、たとえばこれなんか・・・。」
そこには「Tシャツ(秋冬物)」というカテゴリー名が記載されていた。カテゴリーマスターには「Tシャツ」しか存在しない。私はそれだとプログラムでは変換できないことをできる限り丁寧に説明した。
和田氏はイライラを隠さずこう言った。
和田氏「で、なに?このTシャツ(秋冬物)ってカテゴリーを社内で話し合って、どのカテゴリーに入れるべきか決めて、その名前でこっちのカテゴリーマスターの表と突き合わせして、その番号を書けって言うの?」
島村「そ、そうなんです。。」
福原氏「そうなんだよなぁー。これが結構大変なんだ。」
和田氏「できっこない!そんな大変なことやらされるなんて聞いてないし!!」
福原氏「でも、こっちでは作れないしねっ、島村さん(笑)。これはやってもらわないと。それとも画面から1件ずつ登録していきます?ハハハ。」
島村「そうです。そちらを作っていただいたらすぐデータを入れ込みたいと思うのですが、ただこれまでの経験上、たぶん実データを入れたらいろいろと不具合や調整箇所が出てくると思うので、納期を半月遅らせていただけないかと・・・」
和田氏「ダメだよっ!!納期は絶対って最初に言ったでしょ!年初からこのシステム使ってがーっと売り出していくんだから!新春セール用の商品も用意してあるんだよ!絶対遅れたらダメだ!」
福原氏もヘラヘラしなくなった。
福原氏「ダメって言っても、契約書にも甲、つまり発注側からの資料の提出が遅れたら納期は遅れるって書いてありますからねぇ。」
和田氏「知らねーし!出したし!」
福原氏「出てないって言うんですよっ!こちらは納品が遅れれば、代金の回収も遅れんるです。こっちだって痛いんですよ!」
これは開発仕事で数年に一度見られる一つの修羅場だった。
和田氏は叫んだ。
「さっきから聞いてれば偉そうに!どっちが客だ!!」
和田氏は決して悪くない。開発会社が求めるデータというのは、一般の会社で求められている精度・粒度のものではない。そんなものを一発で作り上げてくるお客さんの方が珍しいのだ。今であれば、価格は高くなり納期は延びたとしても「できっこないことはやってもらわない」という方向で最初に提案するところだが、その頃の私は未熟だった。
そして、この福原氏のような上から目線の言い方をする業者というのは開発会社特有で、嫌悪感を抱くのも無理はない。ただこれ系の人種の人間というのは13年経った今でも無くならない。今の私なら「ああいうことは言わない方がいいですよ」というところだが。
しかし福原氏というのも、気概のある男であるのは間違いない。普通、仕事を集めてくる営業会社、コンサル会社というのはどうしてもお客さん寄りになってしまうもの。それをこちら側についてお客さんと戦ってくれるのはとても有り難いことだ。
仕事を取ってきた人間(≒営業)が、お客さん側に回ってしまうのは非常に簡単なのだが、それをやるとプロジェクトは完全に破綻する。お客さんは非協力的になり、必要な情報が集まらなくなり、開発はさらに遅れ、お客さんはさらに怒り、エンジニアは逃げだし、最終的に営業もお客さんも困り、誰も幸せにならない。
そういうことをしない福原氏であったので、ゆえに彼の会社の元には、私と同じような規模のたくさんの開発会社・フリーランスが集まっている。お客さんとしてはおそらく途中で手のひら返しをされたような感じで、酷く迷惑な存在に思うかもしれないが。
で、この中で一番悪いのは多分私だ。和田氏にExcelの入力用ファイルを渡すとき、あまり丁寧に説明しなかったのだ。実際に入力するのは社長ではないのだから、作業者を呼んで直接説明をしなければいけなかったかもしれない。
そして、2週間前にもらったCDを即座に開かず、開いたのは実は3日前だ。データがしっかりしていれば1日で取り込めると思い、他の部分の開発を進めていた。その罪は大きい。
しかし3日前、CDの中身を見たとき、私は(しまった!)と思ったと同時に、どこかでホッとした。これで納期を半月延ばしてもらえるかもしれない。
私はそのデータ不備のことを和田氏に伝えずに、それからの3日を作業工数をバグ修正、実装に充てた。忙しいのもあったし、言えば即座に呼び出されるとか面倒なことになって作業を中断させられる気がしたのだ。次のMTGまでにやっておくべきところまではやっておきたい。
そもそもデータコンバートにはある程度発注側にも開発側にも工数がかかることを知りながら、それを重要視せず、要件定義にも入れてないのが問題だった。要件定義にないので、見積りにも入っていない。見積りに入ってないからどこまでをどちらがやるのか線引きが難しく、お互いに「義務はないのにサービスでやってあげてる」みたいな感覚になるのだ。これは最悪だ。
それら一連の私の至らなさがこの修羅場のMTGに繋がっている。しかし若い私はそこまで頭がまわっていない。
私は福原氏がなんとか和田氏を説得し、彼が譲歩してくれることを願ったが、先方も一歩も引かず、福原氏も引かず、時ばかりが流れた。
会議は4時間以上になり、ついに私が根負けした。こんなことで時間を潰すよりもこちらでなんとかしてしまった方が早い。
「わかりました。私の方でこのExcelデータからカテゴリーマスターを作り直します。」
そう言っていた。
しかし、その一言によって、実はその後、カテゴリー名の中に空白が入っていたり、全角半角がバラバラだったり、あるフラグには『○』が入っているがその『○』が見た目では同じように見えるが実際は文字コードの違うものが含まれていたり、住所から都道府県部分を切り分ける必要があったり、商品価格に入っている「、」を「,」に直すなど、さまざまな作業を引き受けたことになってしまったのだが、それらすべて、その時には気づかなかった。
そしてやはり実データを入れると、初めて気づかせられる様々な問題に、いちいち対応を迫られた。和田氏へも何度か確認を入れたが電話越しの確認は要領を得ない。しかも返ってくる回答は『それは不合理だろう』と思うことばかりだ。
とにかく年明けから使い始められると言えるレベルまで動くようにしなければならない。
私は次第に和田氏へ確認をせず、よくわからないところは「たぶんこうだろう」「こうあるべきだろう」という勘で実装した。
それを基本認証のかかったデモサイトにリリースしたのが、安売りのパック寿司を買ったクリスマスイブの午後。リリースの報告をして、私は半ば逃げるようにして家に帰ってきたのだった。
まぁ怒られる。
確かに一通り買い物はできるが、おそらくお客さんが見ればあちこちまったく「できてない」ように思えるだろう。フリーランスに気のはえたような会社の「年内納期」は31日までだが、先方のそれは違う。
私は寒空の下、和田氏からの怒号を浴びながら、奥さんにどう謝って出勤しようか、私の分のパック寿司は会社に持っていこうか、そんなことばかりを考えていた。
(このお話はフィクションです。登場人物の「島村」は「島田」ではありません。またこのお話は13年ほど前の実話をベースに創作を交えながら展開されていますが、現在の株式会社プラムザではこのような雑な仕事はしておりません。そのあたり、なにとぞよろしくお願いいたします。)