オルタナティブ・ブログ > IT's my business >

IT業界のコメントマニアが始めるブログ。いつまで続くのか?

JASRAC 批判を考える

»

(コメントにエントリで返すことは推奨されていないのですが)以前から取り上げてみようと思っていた件なので、JASRAC に関する“事件”などをまとめてみます。

■オーケン事件
「大槻ケンヂさんが自分のエッセイに自分の歌詞を載せたところ、JASRAC から使用料を徴収された上に、還元されなかった」というもので、かなり前から伝わっていた話だと思います。これについて、「大槻ケンヂがJASRAC「オーケン事件」の真相を語る」(ナタリー)には、こう書かれています。

本日11月20日に発売された雑誌「ぴあ」にて、通称“オーケン事件”と呼ばれているエピソードについて大槻ケンヂ本人が「都市伝説だと思う」と公式に真相を語っている

大槻は過去の著作に自作詞を多数引用しており、さらに自作詞を中心にした詩集を2冊発表しているが、これまでJASRACから使用料を徴収されたことはなく、この事件についてもネットで初めて知ったとのこと。この都市伝説の発生について彼は「たとえば『印税って間で結構持ってかれんだ』みたいなぶっちゃけ話が過去にエッセイやMCであったとして、それが電報ゲームのように曲解・肥大していつの間にかオーケン事件に化けてしまった、ということはもしかしたらあるかもしれない」と分析している。

これに限りませんが、批判する際には、自分の主張を裏付ける根拠を疑ってかかるくらいの姿勢が必要です。その根拠が疑われて、ただの都市伝説だと判明してしまえば、何も言わない方がよいくらいだからです。

■週刊ダイヤモンドの報道
週刊ダイヤモンドが「日本音楽著作権協会(ジャスラック)、使用料1000億円の巨大利権、音楽を食い物にする呆れた実態」という見出しの記事を掲載したものです。冒頭の書き出しは、こうなっていました。

音楽著作権の管理業務を事実上独占している日本音楽著作権協会(ジャスラック)。年間1000億円に達する著作権使用料の徴収・配分の実体について、疑問が噴出している。監督官庁である文部官僚たちは、その組織運営の不透明さを黙認し、天下り人事を通じて巨大利権の甘い汁を長年にわたって吸い続けてきた。音楽を食い物にするジャスラックの実態に迫る。

この記事は大いに話題になり、Yahoo! JAPAN と Zasshi.net の共同企画「やっぱり雑誌がおもしろい!! 2005年記事大賞」の報道部門賞まで受賞しました。そして、JASRAC が名誉棄損で訴えました。ITmedia の記事「「JASRACが横暴な取り立て」は「真実との証明なし」 ダイヤモンド社に賠償命令」に以下のように書かれている通り、地裁では完敗でした。

判決はJASRAC側の主張を認めた上で、「原告(JASRAC)の名誉を毀損してその社会的評価を低下させるものであり、記事の内容が真実であることの証明がなく、意見・論評としても、その重要な前提について真実との証明がない」と指摘。「取材や判断にかなりの偏りが感じられ、取材・判断や意見・論評が正しいと信じる理由も見当たらない」として、記事による名誉毀損を認めた。JASRACが求めていた謝罪広告の掲載は認めなかった。

高裁では「悪意を持って誘導しようとした記事ではない」と認定されて賠償額が減額されましたが、ダイヤモンドが負けたことに変わりはありません(なお、最高裁への上告は棄却されたようです)。現在では天下り人事がなくなっていることもありますが、ここまで記事の真実性が否定された以上、この記事の印象で JASRAC 批判することは的はずれだと言わざるを得ません。

もちろん、私は JASRAC が「巨大な音楽利権」を持っていることを否定しません。JASRAC の業務や財務は情報公開されており、一般会計収入予算書には1300億円(※)信託会計収入予算書には1000億円もの予算額が記載されています。これを“巨大利権”と呼ばずなんと呼ぶのでしょう。そして、“JASRAC の取り分”(経常費用)は130億程度ですから、9割弱は権利者に分配されているわけです。「管理手数料規定(PDF)」も公開されていて、これを見ると、演奏の30%からCDの6%までさまざまな比率が設定されています。個別にホールと契約を結んだりするような手間がかかるものは高く、自動的に入金されるようなものは低く設定されているのだと思います。Apple の iTunes Store が一律30%の手数料を取っていることに比べれば、事業運営に使う分が回収した金額の1割強というのは、さほど暴利という気はしません

また、JASRAC の分配方法に不透明な部分があることも否めません。しかし、そこに歴史的経緯があることも推察できます。典型的なものが放送局との包括契約です。日本のテレビ局は JASRAC(および RIAJ)と包括契約を結び、ほぼすべての商用楽曲を自由に番組の中で使っています。今では全曲報告しているようですが、以前はどんな曲を使っても“包括契約”だけで処理されていました。これを分配するには、どう考えても“他の目的で使われた比率”を流用していたはずで、“何度も放送で使われたのに使用料が受け取れなかった”という事態があったかもしれません。そもそも放送での使用料は総額では30億程度ですが、一局あたりの費用はそれほど大きくありません。小さなコミュニティラジオ局の最低支払額は年間5万円ですから、1日あたり140円弱に過ぎません。それを分配するのですから、よほど繰り返して使われない限り、有意の金額にはなりそうもありません。

ちなみに、アメリカのテレビ局は昔から全曲報告が行われていると言われていますが、これは包括契約がないのだから当然です。そもそも勝手にドラマの BGM に映画音楽を使ったりできません。「ディープ・インパクト」では深刻なニュースを報道する際に「荘厳な曲を頼む」と音楽家に作曲を頼むシーンがあります。市販の楽曲を勝手に BGM に使えないためです。このような体制になっているので、ドラマを販売する際に、いちいち権利者の許諾を取り直す必要がない面はあります。法律上、包括契約は“放送”でしか有効でないため、日本のドラマを DVD 化したりネットで配信しようと思うと、許諾の取り直し(あるいは BGM の入れ替え作業)が必要になることもあります。

脇道にそれましたが、要するに JASRAC は放送局という“ユーザー”があまり細かく考えずに商用楽曲を使いやすい仕組み、平たく言えば“どんぶり勘定”を提供していたのです。分配方式を明確にすることは好ましいことですし、すでにそのような方向に動いています。しかし、過去の仕組みはユーザー(JASRAC も、ですが)の手間を省く理由もあったので、必ずしも理不尽な仕組みだったとは言えないと思います。なお、インターネット配信する場合の料率はストリーム形式で最低月額5000円ですが、これは今でもユーザーに全曲報告を要求しない“どんぶり勘定”です。

■ファンキー末吉さんと JASRAC
「ヤクザのみかじめと同じ」人気ドラマー・ファンキー末吉がJASRACに激怒!」などで、ファンキー末吉さんが経営する音楽バー「Live Bar X.Y.Z.→A」に対する JASRAC の“横暴ぶり”が報道されました。今回、これに関してファンキー末吉さんのブログを読み直してみたのですが、興味深い記述が見つかりました。2010年7月23日のブログには次のように書かれています。

このようにちゃんと正規に楽曲リストを提出した店の楽曲リストは、
あなた方が絶対に公開しない「モニター店」とやらの楽曲リストと一緒にして、
そしてその「絶対に公開しないリスト」に応じて分配するからという説明である。

つまり、JASRAC は収益を分配するために全曲報告のすべてのデータを使うのではなく、サンプリングして使っているということです。以前から全曲報告を受けたところで、それをすべてデータ化するのは膨大なコストがかかるはずだろうなとは思っていました。どの用途でもそうですが、1曲あたりの使用料というのは微々たるもので、いちいちデータ化していたら入力コストだけで赤字になってしまうでしょう。JASRAC 自身の運営経費を抑えるためにも、サンプリングすることには妥当性があります。あまり演奏されない楽曲はサンプリングにひっかからなくなってしまうおそれもありますが、いずれにしても少額なのですから大勢に影響はありません。

また、サンプリング店が公開されないのも理由があります。公開してしまったら、その店での使用比率が高くなれば全体の収益が高められるため、その店での演奏比率を増やしてもらおうと不正が働く可能性が大いにあるからです。実際、過去には日本テレビが視聴率を操作しようと本来非公開であるモニターを調べて不正を働こうとしたことが報道されたことがあります。どのようにサンプリング店が選ばれているか(無作為抽出など)は公開すべきですが、どの店が対象であるかが「絶対に公開しないリスト」になるのはしかたがありません。サンプリングですから、当然漏れが出てくることもありえますが、調査コストを抑えた上で、おおむね正しく分配するためには真っ当な方法であると言えます。ファンキー末吉さんの“怒りの書き込み”が JASRAC の正当性を示してしまったのは皮肉なものです。

■名古屋フィルハーモニー交響楽団のサロンコンサート
名古屋フィルハーモニー交響楽団のサロンコンサートを開催する際に、報酬のないボランティア演奏会でも楽曲の著作権使用料を支払いを要求されたということが報道されました。ボランティアなのに著作権料を取るのはけしからんという論調の記事でしたが、これは通常は営利目的のオーケストラが主催したためです。しかし、主催が自治体や学校なら使用料が不要という条件を満たすのに、わざわざ主催をオーケストラに変更したためのものでした。

また、JASRAC の使用料の算出方法によれば「1000人の会場で2時間の入場無料のコンサート」を想定する場合、使用料は4,000円(税別)です。それほど法外な使用料を求めているとは言えないでしょう。

■動画投稿サイトとの包括契約
JASRAC は動画投稿サイトとの利用許諾契約を結ぶようになりました(「動画投稿(共有)サービスにおける利用許諾条件について」)。おかげで YouTube やニコニコ動画では「歌ってみた」「演奏してみた」という動画を自由に投稿できるようになっています(原盤権は、ニコニコ動画が一部の許諾を得ている程度ですが、原盤権は JASRACの管理ではありません)。

実は、これより前にイギリスの PRS も YouTube と契約していたため「世界に先駆けた例」にはならなかったのですが、実は、PRS との契約はライセンス料が高いという理由で更新されませんでした。ドイツの GEMA(レコード協会のようなもの)も、いったんは契約を結んだものの更新されませんでした。よく知られている通り、アメリカでは VIACOM が YouTube に対して訴訟を起こしました。結果として VIACOM は敗訴しましたが、そうした各国の状況に比べれば、JASRAC は穏健に物事を進めているように見えます。

前述したインターネット配信でも使用料は徴収されるのですが、額がべらぼうに高いわけではありません。まさに「塵を集めて山」としていると言ってよいでしょう。塵を数える際に、すべての塵を分類するのではなく、サンプリングしておよその傾向をつかむというやり方を取っているので、誤差が生じてしまうのはやむをえないというのも理解できない話ではありません。

私は、JASRAC の中に横暴な職員がひとりもいないのだとか、すべての噂話がまったく火のないところの煙だと言うつもりはありません。そもそも私は一介のユーザーにすぎません。たとえば、アメリカでやっているような個人が配信するネットラジオ向けのライセンスなどを作ってもらいたいと思っています(これは JASRAC だけではできませんが)。

しかし、風評だけのデマカセを並べたり、理由を考えずに一面だけをとらえた批判は、まったく説得力を持ちません。“不当な根拠による批判”は“その批判は不当な根拠によるものだ”という反論を容易にするだけだからです。また、そうした不当な根拠による批判が“数の力”で説得力を持つようになるとしたら、そのような世界の方が恐ろしいとも考えます。

※2012/1/17。「一般会計」ではなく「信託会計」とのご指摘があり、本文を修正しました。

Comment(13)