気分一新をすることが好きな国民
今日2月4日(木)は立春ですが、時間は18時46分(午後6時46分)です。
時間の概念までは無いという人が多いのかもしれません。
余談ですが、立春の日時が毎年異なることをご存知でしたか?
例えば2021年は2月5日です。
歴の上では立春を境目に、いろいろとチェンジします。
例えば、未(ひつじ)年から申(さる)年へ、といった具合です。
日本人は、今日のような言い換えれば運勢の境目を古来より大事に過ごしてきました。
大晦日からお正月にかけてもそうですが、「来る新しい年が良い年でありますように!」と言った具合にです。
今日の立春のような事例に限らずですが、すがすがしいモノ、さわやかなコト、を尊んできた国民だと思うのです。
何かにつけ、理由をつけて古いモノやコトから新しいモノやコトに一新しようとする。物質的なモノが対象になることが多いのですが、実はあくまできっかけであり、実は精神面での一新を図ろうとしている、といったところでしょうか。
理由は以前の拙ブログでも書きましたが、我が国は古来より台風や地震などの自然災害に見舞われることが多く、人々はその都度、忍耐強くさらにつつましく耐えしのいで生きてきたことが背景にあり、我々にはDNAとして刷り込まれているのだという持論を筆者は持っています。
この季節ならではの田舎のお年寄りの典型的な事例を紹介します。
ただでさえ真冬で気温が低くて、風がす〜す〜通り抜けるような特に木造の古い家に住んでいるお年寄りですが、それでも暖房を点けることを出来る限り我慢します。
なぜでしょうか?
理由は彼らは贅沢すること、浪費することを嫌うからです。
これだけ豊かな先進国になった日本でさえ、今だにこういうお年寄りが数多く存在しているという訳です。
前述した質素倹約を良しとする国民性に合致するような行動だと思います。
暖房を使わない事例は、外国人からしたら理解できない行動だと以前に聞いたことがあります。自分の身体を酷使しているとしか思えないからなのです。
しかし暖房を節約する彼らからすれば、忍耐強く質素倹約に生きれば、いつかは必ず幸福がやってくる、という信念みたいなものだけが頼りであり、だからこそ、気分を一新することを何よりも尊ぶのでしょう。
日本的な文化や風習などはすべて、上記のような古来より受け継がれてきた精神性が根底にあるような気がするのです。