日本賞賛の嵐
今回のイメージ画像、どうですか、日本の満開の桜ですよ、それもお城をバックにして見事な景観です。
これが外国人に対するコメントだとしたら、自画自賛であり、自信たっぷりの自国の宣伝トークであったりします。
2011年の東日本大震災以来でしょうか、出版される書籍の傾向に、「こんなに日本人は優れているんだよ」とか「日本は世界に誇れる国だ」というような、我が国を賞賛するような内容の本が多く出てくるようになってきたことが挙げられます。
もちろん、当時の列島全体が被害の大きさに動揺し、誰もが自信を失い、未来に対して不安を感じるようになっていた中で、少しでも自信を持って欲しい、という意図で上記のような日本を賞賛する書籍が過去にないくらい多く出版されたことは、容易に説明がつきます。
実際に筆者にも多くの外国人の友人がいますが、彼らとスカイプで話していて最近感じるようになってきたのが、日本に対する興味の強さです。
今の時期でいえば、「桜の季節はもう終わったのか」とか「ゴールデンウィークにどこに行くのか」といった具合の質問が多く投げかけられます。
筆者は、このような傾向は歓迎すべきだと考えています。
彼ら外国人の間で、急速に日本に関する情報や知識が増えてきて、より自然な形として我が国に対して興味を抱くようになってきたことが推測できるからです。
以前は、この極東の、アジアの奇跡とは言われましたが小国に対して、海外メディアが現地で流す日本情報は非常に限られていて、めったにマスコミを賑わすことはなかったから尚更です。
例えば、英国でも日本に関するニュースはほとんど登場しないといいます。ところがそれが、錦織選手の活躍以来、ようやく彼に関する情報だけが急に増えてきた程度なのです。
彼らにとって必要な情報は、この広い世界中のあらゆる範囲、選択肢から人それぞれ興味の度合いによって配信、入手されるのであって、何も日本に関する情報だけが一番貴重である訳ではない、ということです。
今回の拙ブログで皆さんにお伝えしたいことは、何も我が国にあるモノやサービスだけが世界で一番優れている訳ではなく、世界にはとても多くの我々の知らない生活やビジネス、歴史や文化があるのであって、それらを知ろうとせず、自国内の自画自賛の対象物だけにずっと酔いしれていればいい、という考え方は捨てないといけないということです。
私たちは、もっと世界に飛び出して世界を知り、そして得たものを知見として自分の人生をより豊かにするために活用する、というおおよそ先達の人たちがいつの時代も繰り返してきたサイクルをひたすら回し続ける意外に、他には方法はないのだといえるのです。